酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録」太永浩

 「チョッパリ(日本人の蔑称)はやはり信用できない。アメリカ人のほうがまだマシだ」

 2002年9月の電撃的な小泉首相訪朝。
 日本からの100億ドルの経済支援を喉から手が出るほど欲していた金正日は、強硬な日本外交団の意気に屈し、日本人拉致を認めて謝罪しました。まさかの事態に西側諸国どころか当時の側近の北朝鮮外交団さえ息を呑むほど驚いたといいます。
 しかし、拉致解決ありきに日本世論は急速に傾き、100億ドルの支援はいつにまにか泡と消えました。
 それが決定的となったとき、冒頭の言葉を金正日はつぶやいたそうです。

 著者の太永浩(テヨンホ)氏は、元北朝鮮駐英大使館公使。
 出身階級は平壌の中流階級ながら秀才で、中国に2回の留学経験があり、専門は英語。
 外交官となってから、どうして家庭が幹部階級ではない自分が留学要員に選ばれたのか調べたそうですが、見つけた文書によると、「幹部の子弟ばかりが選ばれれば依怙贔屓という印象を与える」だったからだそうです。
 デンマーク大使館、スウェーデン大使館な在ヨーロッパ大使館員を歴任。このとき、3200トンものフェダーチーズを無償で北朝鮮に支援してくれる契約を取り付け、一躍金正日に激賞され、表彰されました。このチーズは、金正日が各地の軍視察に赴いたときのお土産にされたそうです。
 北朝鮮とイギリスとの関係を取り持ち、国交樹立、駐英北朝鮮大使館の設立に尽力。
 2015年、金正恩の兄である金正哲が大ファンであるエリッククラプトンのコンサートを観るためにロンドンに来た時には、付きっきりでアテンドしました。
 2016年、長男の教育問題を理由として、家族みんなで韓国へ亡命。亡命した北朝鮮外交官の中では最高位。
 現在は、韓国国家安保戦略研究員の研究委員として、南北統一に向けて活動中。本書刊行時56歳。

 分厚い本です。読み応えがあります。
 北朝鮮は金日成、金正日、金正恩と、世界史初の共和政指導者の三代権力世襲となったわけですが、その3人について興味深いエピソードを交えながら、しっかりとした主観によって書かれています。北朝鮮外交官としての、人間としての。
 タイトルにある三階書記室とは、韓国でいう青瓦台、米国でいうホワイトハウス、日本の内閣官房のこと。
 今は金正恩執務室となっている、約200名が勤務する朝鮮労働党中央委員会の三階建の建物です。
 金正恩につていは、改革開放路線を志向しながら、現在の核兵器恐怖路線へ転換したわけを、叔父である北朝鮮実力者・張成沢の粛清に絡めて説明されていました。
 金日成は北が戦争に負ければこの地球は滅びてもかまわない、と言いました。
 朝鮮戦争のときにアメリカの原爆の恐怖に怯えきる人民を見て、毛沢東に厳しく反対されながら、金日成は核武装を保持する決意を立てました。核の心理的威力こそが北朝鮮の核問題の根源です。
 身の丈を超えた長年の核への執着と、共産主義どころか王朝奴隷社会としか言えない世襲政治。
 金正日が北朝鮮をこうしてしまった最大の悪者で海千山千の切れ者だそうですが、毛沢東が死去したときにあまりにも中国人民が手のひらを返したのを見て、金日成は他人への政権譲渡をためらったそうです。しかしながら、著者が公職についた1980年代後半にはすでに政治の実権は、金日成ではなく金正日が握っていたそうです。
 海千山千の切れ者で二枚舌の実利主義者ながら、金正日をして北朝鮮の国家運営は破綻し、保身のために粛清につぐ粛清を繰り返し、それは現在の金正恩体制となってさらにエスカレートしてしまい、もうのっぴきなりません。
 著者は遅かれ早かれ、北朝鮮は崩壊すると言っています。

 小泉訪朝や、それに関する横田めぐみさんの偽遺骨事件などの裏側が知れて相当勉強になりました。
 もっともヨーロッパ専門ということで、日本に関する記述は多くありませんが、北朝鮮外交官が日本の帝国陸軍中野学校を参考にしていたとは驚きでした。金正日は陸軍中野学校を非常に高く買っていたそうです。
 しかし、龍川駅爆破事件の真相だけは謎ですね。金正日が狙われていたのか、あるいは…


 
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