酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「空母機動部隊」遠藤昭

 タイトルから連想されるような空母と海軍航空についての戦闘史ではありません。
 空母の誕生から技術的発展過程を主として、運用思想や構造の変化をたどり、現代空母に至るまでその機能をさぐった、まあいわば「空母機動部隊基礎理論」みたいな感じの教科書的な本です。
 海戦史ではありませんから、地味で面白い内容でもないのですが、これはこれで勉強になるかとは思います。
 空母だけではなく護衛艦の兵装にまで言及されていますし、日本だけでなく米英との比較論も研究されています。
 高角砲と対空機銃の優劣論であるとか、空母の構造における日本と米国の工業力格差など、本書を読むことによって改めて考えさせられた点も多かったと思います。

 俗に大艦巨砲主義と言われますが、実際にそれとの兼ね合いはどうだったのかなと。
 日本初の空母は「鳳翔」で、大正11年(1922)12月の竣工です。
 これはフラットトップ(平らな発着甲板を持つ空母らしい空母)としては、世界初のものでした。
 日本海軍といいますと頑迷な艦隊決戦主義の巨砲信仰が思い浮かばれますが、航空に興味もあったのです。
 それもそのはず、日本と同じような島国である海洋国家イギリスは空母思想の生みの親です。
 空母とは移動する飛行機基地です。陸上から飛ばせないので空母が必要なのです。
 ですから、ソ連やドイツなど陸で敵と国境を接しているような国家では空母は発展しませんでした。
 空母というまったく新しい軍艦種を思想し、発展させてきたのは日本とアメリカとイギリスです。
 それも試行錯誤の連続でした。はじめは空母は小さい方がいいのか大きいほうがいいのかさえ不明だったのです。
 当初空母に期待された運用方法は、航空機を搭載した強行渡洋偵察だっと考えれています。
 ですから、巡洋艦なみの対艦兵装が施される予定だったのです。
 アメリカなどは正規空母よりも巡洋艦を改造した航空巡洋艦のほうに重心をおいていたくらいです。
 この頃は、飛行機が空母が重装備の巨大戦艦を海上から抹殺する時代がくるなど夢にも考えられていなかったのでした。

 日本海軍では昭和7年上海事変で、初めて実戦に空母が使用されました。
 孤立した陸戦隊を救い陸軍の攻撃を支援すべく空から艦上機による攻撃が行われました。
 500キロ爆弾に耐える装甲空母「大鳳」が起工されたのは昭和14年です。
 間違いなく、日本は太平洋戦争開戦の数年前から空母の集団機動作戦を考えていました。
 ですから真珠湾攻撃が挙行されたのです。他の国では起草されていないでしょう。
 大艦巨砲主義の幻影のなかにあってなお、当時の空母機動部隊の最先進国は日本だったのです。
 それがなぜ、日本にやられて空母運用に目が覚めたアメリカにいとも簡単に逆転されてしまったのか。
 これは日本とアメリカの工業技術力の格差であると書かれています。
 日本の空母ってアメリカに比べてぐんと搭載機数が少ないですが、これはアメリカの艦載機が翼を折り曲げた状態で積載されているからです。ですから場所を取らないぶん、たくさんの数が積めるのです。工業力に問題があった日本にはこれは無理な相談でした。設計の思想でも差があります。アメリカの空母の格納庫は開放型でした。日本の格納庫は閉鎖型です。ですからミッドウェイで爆撃されたとき、密閉空間で爆弾が破裂して被害が大きくなりました。仮に開放型であったなら爆風は外に飛び出して正規空母赤城は内地に帰還できたかもわかりません。対空兵装にも差がありました。空母が太平洋決戦の鍵を握ると気づくやいなや大量に空母を量産できたアメリカとの工業力の差は言わずもがなですが・・・
 地味ですが一見の価値のある本でした。
 現代空母にまで至る発着艦技術や兵装の変化も一読の価値ありと思います。


 
 
 
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