酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「健太さんは、なぜ死んだか」斎藤貴男

 2007年9月、佐賀市で、中度の知的障害のある安永健太さん(25歳)が仕事から自転車で帰宅途中、不審者と間違われて警官たち(最終的には15名)に取り押さえられ、路上で命を落とした。
 警察はあくまでも「保護」であり過誤はなかったと主張、遺族は「逮捕」だったとして損害賠償請求と特別公務員暴行凌虐罪を問う刑事・民事の両方の裁判で争った。
 最高裁は2016年7月1日、福岡高裁判決を不服とした遺族の上告を棄却し、警察側の勝訴が確定した。


 健太さんはわずか10分間で命を失っています。
 何が起こったのかというと、パトカーの追尾と警察官らによる取り押さえでパニックに陥った健太さんが、急激な心拍動の異常や過呼吸状態、血圧の急変から急性の血液循環不全(心臓発作)を起こして急死したものと考えられています。
 健太さんは、対人コミュニケーションに難を持つとされる自閉症スペクトラムという発達障害でした。
 テーマパークとして開園した知的障害者授産施設で真面目に働き、野球が大好きで社会人のチームにも入っていました。父親はPL学園野球部のテストも受けたことがあるほどの元野球少年で、健太さんにもその血が反映されていたらしく、障害がなければプロも夢ではなかったのではないかと言われるほどの才能があったそうです。また、養護学校3年生だった1999年の夏にはアメリカ・ノースカロライナで開かれた第10回スペシャルオリンピクスの陸上競技に参加しています。
 こういう言い方は語弊があるでしょうが、どうしても健常者は障害者を「とろい」と見てしまいがちです。
 しかし健太さんの場合、健常者以上の運動能力があったと見るべきでしょう。

 だから彼の身体能力の高さが、不審者と誤解した警察による「保護」を著しく困難なものとし、十重二重に囲んでの過剰な拘束あるいは暴力によって、あまりにも異常な状態に追いやられた健太さんの心臓がパニックを起こして突然死したという推測はある程度事実なのだと思います。
 いくら力が強くてもひとりの男性にプロである警察官がよってたかってと思われますが、私も実は武道格闘技の黒帯を2本持っているのですが、パニックを起こして火事場の馬鹿力をだした青年男性の取り押さえに四苦八苦してとてもひとりではどうにも出来なかった経験があります。殴り倒すのではなく取り押さえるとなると力に力を持って対処しなくてなならないので、非常に困難を伴うのです。いっそ頭を蹴り倒してやろうかと思ったくらいです。
 けっして警察は彼を死なそうと思っていたわけではありません。
 しかし、警察による重大な過失と考えるべきは、健太さんが知的障害者であり、警察官が彼を障害者であるとその時点で認識していれば、その対応はまったく間違ったものになったかもしれないということです。
 養護学校時代の健太さんの指導要録には、<性格的な影響から、理解できないものに遭遇した場合、走って逃げ、それを追いかければさらに走って逃げる性格である。不測の事態に遭遇した際はパニック状態になり、それを収めるには放置しかない>と書かれていたそうですが、これは多くの知的障害者の方にも当てはまることではないでしょうか。
 この時点で2004年に警察庁から全国の警察署に配布されていた知的障害者に対する対応のマニュアルには、ゆっくり穏やかに話しかけて近くで見守るように書かれています。
 ところが、この佐賀県の警察官(部署は書かれていない)は、そんなものは読んでいなかったか無視した、あるいは健太さんのことを知的障害者と認識していなかったということになります。実際に裁判ではそのことが争点となったわけです。
 不確かですが、当時付近では覚せい剤の関係者が逃亡したという情報もありました。
 警察官が「ゼロロク(薬物中毒者?精神錯乱者?)が暴れている」と無線連絡したという情報もあります。
 もちろん警察側は、健太さんを知的障害者と認識しておらず、結果的に死に至らしめることになったのは不可抗力であった、強引な拘束はやむを得なかった、殴ってはいないと主張したわけですね。本当のところはわかりませんが・・・
 私が思うのは、別に相手が知的障害者ではなくてもこういうことは起こりうるだろうかということです。

 謝れば責任を認めたことになるので、謝れないのでしょうね。ほとんどの警察官が真面目に仕事をしています。そのときに私が警察官だったとしても同じようなことになったかもしれません。死なそうと思ったわけではないのですから。無理に職務質問をしたわけではない。ただし、やりすぎた可能性はある。謝れないのだけれども謝れば、遺族の気持ちはずっと楽になったはずです。それができないのは制度の問題なのかどうか。他にも警察関係では怪しげな事例が全国でたくさんありますがね・・・
 人間ならば誰でも失敗はするものです。医者だって警察だって失敗する。
 問題は失敗してしまった後の対応なんですよね。
 日本という国はセクショナルインタレスト(組織的利益)が大きすぎると思うのは、国民性でしょうか。
 失敗しても謝ればいくらでもやり直せるんだよ、という文化を根付かせねば、この国はいつまでたっても「ごまかし天国」でしょうねえ。



 
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