酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「ミニヤコンカ奇跡の生還」松田宏也

 手袋を手から取ろうとしたとき、僕は、高圧線に手が触れたような衝撃を受けた。
 スポッ!・・・と、絹の手袋のまず左の小指から取りにかかったところ、手袋の小指に、もう一枚の本物の小指の皮膚が指サックみたいに脱げた。皮膚がスッポリ取れた左の小指は、真っ黒だった。
 左手の指、五本ともすべて真っ黒だった。そして右手の指も、十本の指全部が真っ黒だった。
 指の痛みはまったくない。無感覚なのだ。だが、曲がらない。どの関節も動かない。

 指が死んだ。僕の知らないうちに、指が死んだ。

 日本人だけで14名が遭難死亡している魔の山ミニヤコンカからの壮絶な生還体験記。
 山菜採りにきた少数民族に奇跡的に発見され、中国四川省の病院に担ぎ込まれたときの著者の病状は、両手両足重度凍傷、敗血症、DIC症、厳重脱水、極度消痩、心身衰弱、急性胃穿孔、腹膜炎、肺炎性胸膜炎、真菌性腸炎、小腸劇性潰瘍出血、不完全性腸閉塞。まさに満身創痍、死の淵。実際に、開腹手術の途中で15分ほど心臓は止まったそうです。
 写真にも載せられていますが、現地病院の献身的な介護によって著者は回復し、生きて日本に帰国することが叶いましたが、両手の指を失い、両足は膝下15センチのところから切断されました。
 
 ヒマラヤ東端の中国領に位置するミニヤコンカは、標高7556メートル。
 8千メートルに及びませんが、非常な難峰として知られ、1932年にアメリカ隊によって初登頂されて以来、全員が無事で登頂に成功した登山隊はほとんどありません。
 1981年には北海道山岳連盟隊が滑落事故によって8名もの犠牲者をだしています。
 その翌年1982年に挑戦したのが、著者の所属する千葉県の市川山岳会でした。
 ミニヤコンカの麓の街との姉妹都市関係が縁だったそうです。
 パーティはBC以上総勢7名(女性隊員2名)。信じられない少数でしたね。ギリギリでしょう。
 実際の話、登頂アタックには著者(松田宏也)と菅原信で臨みましたが、サポートメンバーのアイゼンがなくなったり、滑落して怪我をしたりして、ベースキャンプと最前線のアタッカーとのブランクが開きすぎてしまいました。
 なぜアイゼンがなくなるのか。あまりにもミスがお粗末すぎる。
 この時点で失敗を認めて登頂を諦めるべきだったと思います。
 しかし、アタックするかどうかは頂上付近の2人の判断に任せられたのです。
 葛藤を抱えるふたり。高山病の症状もありましたが、結局、好天に恵まれたために登頂を決意しました。
 ところが、著者は未曾有の山岳事故を経験した北海道隊の隊長にも話を聞いていたのですが、同じような過ちを犯してしまうのですね。ガスに騙されて頂上を見誤ってしまうのです。すぐそこに山頂があると確信していたのに、ガスが晴れるとまだまだステップがあったのです。そして好天だった天候が急変。吹雪。雪壁に取り付いていたふたりは慌てて雪洞を掘ってビバークしましたが、この時点で登頂は諦めました。下山を決意します。
 しかしそのときには、降り続いた雪によって確かな下山ルートが消えてしまっていたのです。
 さらに不幸が追い打ちをかけます。トランシーバーが凍結で故障してしまいました。
 これで第1キャンプ(4900メートル)と連絡が取れなくなってしまいました。
 そのため、第1キャンプでふたりの無事登頂を祈っていた残りの隊員は、数日待ってふたりの凍死を決めつけてしまいました。キャンプを撤収して下山してしまったのです。

 下山を決意してから19日間。
 著者はその間にパートナーの菅原とはぐれ、手足に凍傷を負い、胃穿孔を起こして激痛に苦しみながら、夢遊病者のようにひたすら下を目指しました。山菜採りにきていたイ族の農民と出会ったのは2900メートル地点でした。
 救いの神となった彼らは、著者の体を暖め、塩水を飲ませたそうです。さすが高地民族だと思う。
 はぐれた菅原は第1キャンプすぐ下の岩場で遺体が発見されました。
 実はこのときの遺体捜索でも菅原と同期の市川山岳会のメンバーが高山病で死亡しています。
 あと数日、残りの隊員が第1キャンプで待っていれば、ふたりは助かったことでしょうが・・・
 それは結果論でしょうか。現に、著者は救助されて日本でリハビリに励みながら「私は被害者ではない、当事者だ」というコメントを残したそうです。

 やっぱり山は怖いとしみじみ思いながら読んでいたのですが、私、ある部分で全身に鳥肌が立ちました。
 前後を読んでも著者はさして深く考えていないと思われ、同じ部分を読んでも私と同じように恐怖の感覚を持つ方のほうが少数かもしれませんが、ものすごく不気味なところがありました。どことは言いません。それくらいどうかしている。
 高山病の症状には幻覚も伴うのは知っていますが、ふたり同時に同じ幻覚や幻聴を体験するはずがないと思うのですね。
 やっぱり山は怖い。でも危険を犯してでも山頂を目指す気持ちはわかる。難しいならなおさら・・・
 ミニヤコンカで亡くなられたすべてのクライマーたちのご冥福をお祈りいたします。


 
 
 
 

 
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