酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「夜行」森見登美彦

 第156回(2016年度下半期)直木賞候補作になった「夜行」を読みました。
 とても幻想的な作品で、読み終えたあとはまるで夢を見ていたかのように、ぼんやり。
 物語全体が、濃霧のなかに包まれているみたいで、実感がありません。
 珍しい後味の作品だと思いました。変わってる。
 「蜜蜂と遠雷」が相手では仕方ありませんが、十分に張り合うことのできた一作じゃないですか。
 理系の作者ならではの、サラサラとしたねっちょりしていない文章は読みやすいですし、この方は京都を舞台にした物語が専門のようですが、魔境が似合う夜の京都の情景が目に浮かぶようで趣があったと思いますね。

 導入。
 鞍馬の火祭の夜に、仲間のひとりがまるで虚空に吸い込まれたかのように姿を消した。
 彼らは同じ京都の英会話スクールに通う生徒たちで、消えたのは長谷川さんという大学2回生の女の子だった。
 警察による捜査も虚しく、何ひとつ手がかりはなく、未解決のまま事件は風化した。
 そして10年。
 あのときの5人の仲間たちは、再び鞍馬の火祭に会合する。
 貴船の宿で、それぞれが旅の思い出話をするうちに、ある奇妙な符合に気付く。
 それは岸田道生という亡くなった銅版画家の描いた奇妙な版画が関係しているということだった。
 「夜行」と名付けられた全48作のシリーズで、ビロードのような黒の背景に白い濃淡だけで描きだされた風景は、永遠に続く夜を思わせる。いずれの作品にも、目も口もなく滑らかな白いマネキンのようなひとりの女性が描かれている。
 岸田道生は、日が昇る前に眠って日が沈んでから起きるという生活を続けていた。
 彼は連続する夜の世界で暮らしていて、そこで想像した日本各地の風景を作品にしていたという。
 10年ぶりに会合した5人の仲間たちは、それぞれの旅の風景で、「夜行」の場面に遭遇していた。
 そして、不気味な世界が彫り込まれた版画の漆黒の世界に、気づきもせぬまま魂を絡め取られていたのだった。
 おそらく10年前の長谷川さんと同じように・・・

 5人は、リーダーの中井、一番年かさの田辺、紅一点の藤村さん、一番年下の武田君、そして大橋。
 順番に、己の体験した不可思議な話を披露していきます。それが章構成になっています。
 トップバッターは中井で、彼が尾道に行った奥さんを連れ戻す話だったんですが、なんか違和感を感じました。
 ? みたいな。だって中井はホテルマン殺したんじゃないですかね。なんでのほほんとここにいるんだろと思って。
 その流れで次の武田君の話は、ほんとに怖かったです。これがマックスだったと思いますね。
 4人のうち誰か2人が死ぬような話で、私は武田君自身が死んだと思いました。おそらく武田君と美弥さんの内通していた2人が霊感おばさんの予言通り死んだと思いました。でも、貴船まで来てるということは武田君は生存していたということです。
 ?? ですよね。
 最年長の田辺の話で、あることに気づきました。
 天竜峡に向かう電車の中で出会った不思議な女子高生が「悩んでるつもりですけどね」っていうセリフを言うのですが、これ、中井の話であった長谷川さんのセリフそのままなんですよ。
 「あ、これ、ひょっとしたらそれぞれの話に長谷川さんが姿を変えて紛れ込んでいるんじゃないか」と思ったんです。
 武田君の話ならば瑠璃、藤村さんの話では佳奈ちゃん、というふうに。
 10年前に消えた長谷川さんは、形を変えてそれぞれの人生に登場しているのではないかと。
 
 結果、違ったわけですけどね。
 マルチバースといいますか、表と裏、、陰と陽、夜行と曙光という多元世界が種明かしであったわけです。
 もちろん、10年前の鞍馬の火祭で消えたのが長谷川さんや大橋ではなく、中井であったり藤村さんであったりした世界もどこかに存在するのではないでしょうか。人間消失はともかくとして、その時その時の選択によって宇宙は無限に分岐していくというのが、現在の物理学の考え方の主流になっています。
 私やあなたがブログをやったり見ているのではなく、既に死んでしまっている世界もどこかに存在しているはずです。
 結局、「夜行」という版画は、怪奇現象を引き起こしたわけではなく、謎を解くモチーフになっていたということです。
 でも、夜のほうの世界は少しおかしいと思いますけどね・・・
 ひょっとしたら、夜の方は完全に閉ざされているのではなく、たまに光が紛れ込んでいるのかもしれません。


 
 
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