酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「不参加ぐらし」富士正晴

 隠者と ひとはいいますなあ
 陰々滅々ではありますな 笑っておりますな
 ひとは のんきそうだといいます
 黙っておれば腸が七つ折り 喋れば胃がむかつきますなあ
 書くこと一切気に入らず 読むこと一切苦患なり
 先行き 茫々 人生 漠々
 人類の象徴は はばかりながら わしでっせ


 竹林の隠者と呼ばれた富士正晴の随筆集。
 もっとも、本書の中には「隠者と呼ばれるのは、お銭(おあし)と足(車)がないから出ていけないだけ」とうそぶいていらっしゃいますが・・・まあ、この時代では「この世嫌い」の代表格のような、ひきこもり親父です。
 1970年代後半のものがほとんどで、作者が65,6歳のときのもの。
 巻末のあとがきに、以前二冊と同じく馬場哲夫編集者に感謝する、と書かれているので、おそらく何かの雑誌に掲載されたものをまとめたもので、しかも本作で三集目となるようです。
 前の二作がどのようなタイトルなのかは調べていません。
 なにせ、私もポプラ社の百年文庫で氏の作品を読んで初めて存在を知ったくらいで、日本文学全集に収められているような文豪でもありませんし、山崎豊子や司馬遼太郎などと交流があったことからかなりの業界人であることはわかりますが、俗世間的には無名に近かったんじゃないかと思います。「豪姫」などの著名な代表作もありますが、それほど作品が多いわけでもない。まったく欲のない人に見えます。食えればそれでいいだろう、みたいな。家庭はあったようですけどね。
 まあ、変わったおっさんですわ。上の歯は5本しかなかったそうです。
 およそ40年前に書かれた随筆なのに、中国とアメリカと日本の関係に言及したところがあって、妙に鋭いなと思いドキッとしました。今、生きてたら何を言ってただろうと、気になりましたね。昔の随筆を読むのはこんな楽しみもありますね。
 竹林の隠者の化けの皮は剥がれませんでした。お見事です。

 「帝国陸軍に於ける学習・序」の通り、昭和19年6月から大陸の最前線の部隊に一兵卒として従軍した富士正晴は、人間を殺すことなく、戦時強姦もすることなく無事帰国し、1940年代後半から大阪府茨木市の竹やぶに囲まれた一軒家に住み着きました。幼い頃から徳島県の田舎、平壌、神戸、大阪と転々と住まいを変えてきた作者ですが、この竹林の一軒家を終の棲家としたようです。もっとも、本書の経過の途中で竹やぶは枯れて雑木林になり、付近にはトラック道もできたと書いてあるので、2017年の今現在ではまったく痕跡も残っていないことだと思いますが・・・
 竹やぶですからね、いたちやら蛇やら野鳥やらなんでもいる。この随筆でも触れられています。
 家の天井裏には、2メートルくらいあるアオダイショウが棲みついていたそうです(ー_ー;)
 その家で老境に入った作者は、座って本や新聞を読むかテレビを見るかしているだけ。
 たまに人恋しさのあまり深酒して長電話したりする(爆笑)
 何が竹林の隠者やねん、寂しいんやんけ(苦笑)
 まあ、隠者本人は自分は隠者などではない、と明言していますからね。
 少なくとも、悟りは開いておらんと思います。
 それがどうして変わり者のように云われていたのか。お金がなかっただけでしょうか。
 少しあるかもしらんけど、それだけではないだろうなあ。
 たぶん、ずっと読んでみたかぎりでは、人に会うというより外に出ることが面倒くさかったんじゃないでしょうか。
 何の趣味もありませんからね。散歩さえしないし。家の周辺には居酒屋どころか喫茶店もない。
 おまけに上の歯は5本しかないという、歯抜けじじいですから、億劫でしょうね他人と接するのは。
 家を訪れてくる人には、だいたい会って酒を飲んでいますから、人嫌いではないと思います。
 この世嫌いと書かれていますが、いわゆる不参加ぐらし、社会を遠目で眺めてるみたいな感じ。
 もちろん宗教はもとより、イデオロギーの類を一切信じていません。
 旧の三高(京大)中退ですから頭は相当良かったはずで、何もかもが馬鹿らしかったんだと思います。
 この頃は学生運動やらで社会が熱かったですから、こういう人はますます逆に頭が冷却化したはずです。
 新聞は4紙(読売・朝日・毎日・サンケイ)取って読んでたそうですから、隠遁の仙人ではありません。
 ユーモアもあります。というか、ユーモアでできてるような人でしょうな。
 作者が言うには、日本人は本来なら真面目くさった民族ではなかったそうなんですが、徳川幕府武士主権時代が長かったせいで、真面目で面白みがないようなことが徳とされる文化ができあがったそうです。どちらかというとお笑い芸人とか低く見がちではありませんか。これは日本人に付いてしまった悪い習慣で、真剣に真面目くさる文化のおかげで戦争になってしまったのかもしれんと。貧乏でもいい、もっとユーモアを持って生きようではないかと。江戸期以前の日本には狂言や随筆などの柔らかいユーモアが文化として根付いていたそうです。戦国時代の大名だって、そんな堅苦しかったわけじゃないですから。
 さすが、竹林の隠者。

 人間の一生は、人生を押し読みし、生き間違いをし、ついに物知らずに終わる。
 あに楽しからんや。


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