酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「家と庭」畑野智美

 下北沢の住宅街にある中山家。
 赤い屋根に白い壁、2階建てにプラスして屋根裏部屋があり、広い庭には季節ごとに花が咲き乱れる。
 春の桜、5月の薔薇、6月の紫陽花、夏の向日葵。
 その家で、望は生まれ育ち、6年間も漫画喫茶のバイトをしながら、24歳になる今も暮らしている。
 何も不自由することなく育ってしまい、何をしたいとか何かになりたいとか考えたこともなかった。
 望は長男で、姉と妹しかいない。中山家は家の他に土地もアパートも持っている。
 上の姉の葉子は29歳。娘のメイを連れて品川のマンションを家出して、帰ってきた。
 下の姉は文乃、25歳。幼いころのトラウマで、いまだにひとりで電車やバスに乗れない。
 妹の弥生は17歳。大学受験を控えている。どうやら東京脱出を目論んでいるらしい。
 インドネシアの工場に出張中の父。大のヅカファンの母。そして入院中の祖母。
 中山家の集合から離散までの1年間、そして望の成長を追った、青春的家族小説。

 今のところ、これが畑野智美の新刊。
 最近、この作家の作品をよく読みましたが、これでしばらく打ち止めですかね。
 どこという特徴もありませんが、なにかこう、惹きつけられる作家です。
 東京を舞台にしたものが多いと思ったら、この方東京出身だったんだ。どこだろう。下町ではないと思う。
 本作は下北沢ですよ。
 ちなみに「下北沢」という地名は存在しないそうで、世田谷区北沢~丁目なんだって。
 劇団の街だね。
 私も明大前に彼女がいたときに、よく観に行きました。
 好きな女優さんがいて、ゴボウみたいな前説のオッサンとできたという話を聞いてショックを受けた覚えがあります。
 最近は、再開発であったり外国人観光客が増えたりして、新旧が混在しているそうですね。
 それでも、下北沢は、居心地の良さでは東京の中でも特殊なんだって。
 ダメな人間に優しくて、いつまでもいられるという。
 なんかバンコクのチャイナタウンかインドのゴアビーチみたいだなあ。
 本作の主人公である中山望クンも、そんな下北沢を抜け出せないクチなのです。沈没しています。

 で、物語の流れ的には、そこはかとない中山家の面々の日常がほのぼのと綴られていくのですが、2年間彼女がいないという望の恋愛がどうなるのかというのが、大きな見どころとなっています。
 上の姉の葉子の娘であるメイが通う英語学校の講師の晴美さんと、幼稚園から高校までの幼馴染で、中山家の持っているアパートに母子家庭で住んでいたあまねちゃん。このふたりの間で揺れる望くん。
 外見から入って晴美さんに惹かれるのですが、実は望自身も気づいていない潜在意識のなかで、本当に大切だったのはあまねちゃんだったのですね。
 しかし、将来は財産持ちになるとはいえ、バイトをしながらのんべんだらりと暮らしている望にとって、真剣に生活している女性たちが振り向いてくれるかといえば、そこは簡単にはいかないのですな。
 男として、好かれる資格がないといいますかね。けっして望の性格が悪いわけではないのですよ。
 彼は沈没しているだけです。何かのきっかけがあれば、彼も何かをやりだすのですから。そういうドラマですね。
 最後の数十ページは読み応えありました。どこに落ち着くのだろうと。
 よく言ったと思う、望も。遅かったけど、言わなかったよりかよかった。
 そして、鮮やかに期待を裏切ってくれました。このへん、作者はさすがだと思う。
 あれから、どうなると思いますか?
 私は・・・
 望は、オーナーのところで働くようになると思います。
 で、最後に望が気持ちを伝えたことによって、いつの日かあまねが帰ってくるフラグが立ったと思いますね。
 今までずっと近くにいたからこそ、離れることによって気持ちは近づくと思うんですよ。
 これは故郷や土地や環境でも同じことであって、ある意味、この小説のテーマはそれだと思っています。


 
 
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