酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「百年文庫 街」谷譲次・子母澤寛・富士正晴

 ポプラ社百年文庫ナンバー53のテーマは『街』。
 毎度いつも感じていることですが、今回ほど収録作品とテーマの繋がりがわからないのは初めてです。
 おそらく、“街”というのは市井、暮らしという感じほどの意味で捉えているのでしょうが、あんまりだと思います。
 これではテーマの意味がないような気がするなあ。
 作品自体も、味わいはあるのですが面白いと思えるものはありません。
 唯一収穫と言えるのは、富士正晴という人物の存在を知ったことでしょうか。
 この方、徳島県の山奥の出身なのですが、三島由紀夫の才能を見出したり、嫌々兵隊にとられたり、大阪の竹林で数十年間も隠者のような生活を営んだりと、なかなか面白い人物のようです。
 あくせく働かなくとも人生はそれなりに面白い、という考えも煮詰まったこの現代に合っていると思います。
 機会があれば、作品を蒐集してみたいと思います。
 まあ、ポプラ社の選抜が杜撰なせいで完璧にスベって世間の評価が低いこの百年文庫シリーズですけれども、まったく知らなかった作家との出会いはやはり楽しいものです。どんどん広がっていきますしね。

「感傷の靴」谷譲次(1900~1935)
 作者は渡米経験があるみたいで、20世紀初頭の在米邦人の雰囲気がよくわかる点がいいかもしれません。
 メリケン・ジャップなる言葉があったのですね。何気なくさらりと書かれていますが、物語のラストを読むと、実は作者はこの言葉にけっこう傷ついていたんじゃないかと思います。サムライ、とまで言っていますからね。やはり、人種差別は当時は激しかったんだろうなあ。この小説の根底にはそんな僻みがあるような気がします。
 物語は、倶楽部で給仕人をしている語り手(作者)が主人公で、彼がいつもバカにされていた通りの靴屋の鼻をあかすために新しい高価な靴を買ったところ、それを見ていたヘンリィ河田なる年中盛大に貧乏している新大陸浪人の男が、明日の独立戦争記念式典に出るのだが履いていく靴がないのでそれを貸してくれとやってくるのです。
 で、当日の式典を観に行ってみると・・・

「チコのはなし」子母澤寛(1892~1968)
 ある雨の日、女中のおときさんが、濡れそぼった子犬を拾ってきた。
 子犬はチコと名付けられ、おときさんに大切に飼われていた。
 チコは左目が開かなかった。兵隊にとられて死んだおときさんの倅も、左目がすが目だった。
 やがておときさんが肺病で入院し、語り手はじめ家内や他の女中が世話してもチコは餌を受け付けない。
 結局、おときさんは病院で亡くなるのだが、チコもそのまま餌を食べずに殉死のような形で死んでいるのが発見される。
 うーん、この話はどうなんだ。
 作者が子母沢寛というのが曲者で、ひょっとしたら限りなく実話に近いと見せかけたまったくの大ぼらかもしれない。


「一夜の宿・恋の傍杖」富士正晴(1913~1987)
 戦後まもなくの頃。ハアちゃんという、六尺近くある今で言うモデル並みの美人作家が同棲相手と痴話喧嘩を起こし、それに一夜巻き込まれた小男の編集者の話。
 徳島県三好郡出身の富士正晴という作家の存在を知れたことは大変な収穫でしたが、この話自体は面白いようでいて、時代がかっているせいかイマイチのめり込めません。当時に読めばドタバタ劇で楽しめたかもしれない。
 今では蚤の夫婦なんて別に珍しくありませんしね。
 

 
 
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