酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「罪のあとさき」畑野智美

 横浜。
 14年ぶりに、もう人生で絶対に会わないと思ってた同級生に会った。
 彼の名は、卯月正雄。
 彼は、中学2年の冬、教室で同級生を殺した。


 青春・恋愛小説の書き手である畑野智美にしては、毛色がちょと違う作品。
 「小説推理」に連載されていたということは、ミステリーを書くつもりだったのかもしれません。
 確かに冒頭は極めて不穏であり、伏線を張るような部分もありましたが、結果、ミステリーは無理ということで落ち着いたのでしょう、しだいにこの作家の本領である青春ドラマにペースを取り戻し、そのまま終わります。
 ミステリーにする大きなチャンスは、猫を誰が殺したのかという一択にありました。
 しかし、作者は結果的に無難な道を選び、最悪の後味を読者に残すハメは避けたものの、なんとなく中途半端な残尿感みたいなものが残ったことは否めないでしょう。
 まあ、それでも畑野智美はセンスあるから面白いことは面白いし、テーマ的に映像化もあり得ると思います。

 少しあらすじ。
 主人公は渡辺楓、28歳。長野県出身。現在は横浜のカフェハギワラでアルバイトしています。
 5ヶ月前、彼女は5年間勤めた東京の会社を辞めました。
 同じ会社の先輩で3年間付き合って婚約までしていた恋人にストーカーされ、無茶苦茶にされたのです。
 中学からの親友で同じように東京で働いていた芽衣子の紹介で、彼女の親戚が横浜でやっているカフェを紹介され、ひっそりと引っ越してきました。これまでの傷ついた生活を清算するつもりで・・・
 そこで働いているうちに、彼女は思いがけない人物に出会います。
 カフェの家具を注文している家具製造工房で、弟子入りしていた男性。
 それは、忘れようと思っても忘れられない人物でした。
 彼の名は、卯月正雄。中学校のクラスメイトです。
 奥二重の割にはくりっとした大きな瞳。長身でスタイルのいい彼は、パット見、女性にはモテるかもしれません。
 ただし、彼の過去を知らないならば・・・
 卯月正雄は、14年前の中学2年の冬、教室で同級生の首を小刀で切りつけ殺した少年殺人犯でした。
 クラスメイトのみんなをトラウマに突き落とした張本人との、思いがけない再会。
 はっきりと断りきれないままに、連絡先を聞かれ、楓は彼と連絡を取り合うようになります。
 その事件の後は、家具工房で働き始めた去年の冬まで話が飛ぶ、彼との会話。
 いったい、その間に彼に何が起こっていたのか、そして彼がクラスの人気者だった永森くんを殺してしまった事件の真相とは。

 まあ、自他ともに認めるフワフワ好きの私にとって、猫殺しなどというネタは許されないわけですよ。
 永森が殺されてよかったと素直に思う、ブスの仇だよ。
 それでも、どんでん返しのミステリーにするならば、楓が帰郷したときがチャンスでした。
 正雄が、千尋が、あるいは母が、ジロちゃんや芽衣子だって展開的に猫殺しの真犯人になり得た。
 正雄がそのまま佐山さんを殺す線だって作ろうと思えば、簡単に作れたはずです。伏線はあった。
 でもあえてそこから逃げたのは、あまりにも後味が悪くなったからでしょう。
 横浜までやってきた佐山さんは結局、結婚の報告だったのかよという形に収めてしまいましたね。
 そこがこの作家の優しさでもあり、限界でもあったのかなあと。
 それでもこの作品が読むに値するのは、キャラクター作りがいいからです。
 特に千尋。4歳まで言葉が喋れなかった彼女と家族の葛藤は読み応えありましたし、そんな面影を残した彼女が兄に会いに来たのは物語に違う味わいを与えたと思います。


 
 
 
 
 
 
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