第二級活字中毒者の遊読記

酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「飛族」村田喜代子

 第55回(2019年度)谷崎潤一郎賞受賞作です。
 作者の村田喜代子さんは芥川賞作家でもあります。

 簡単にあらすじ。
 物語の舞台は、おそらく五島列島の端っこくらい、日本の国境線近くに浮かぶ架空の島・養生島。
 かつては漁業で栄えたこの島だが、今はもと海女の老女がふたりぼっちで暮らしている。
 ふたりの老女は、鯵坂イオ92歳と、金谷ソメ子88歳。
 イオの娘で、大分の山間部に嫁いだウミ子(65歳)は、子供が独立し夫にも先立たれたのを機に、本土へイオを連れて帰るべく、島を訪れる。しかし、イオは頑なにウミ子の申し出を拒み続ける。
 高校に入学してから本土に住み続け、たまに島に帰ってくるだけだったウミ子は、改めて島に暮らしてみると、様々な問題、風習を島が抱えていることに気付く。週に一回の定期船に生活必需品を頼り、雨水を貯めて自給自足の生活、そんな日々をイオは悩みもない安穏な暮らしだという。
 しかし現実には、国境線なき海上を不気味に忍び寄る外国の密猟者の船団も存在しているのだった。

 恥ずかしながら、村田沙耶香さんの書いたものと間違えて読んでしまいました。
 それは読む前に気付いたのですが、高名な文学賞受賞作それも最近ということで、躊躇なくそのまま読みました。
 結果、読んでよかったと思います。
 まあ、文学作品ということで、エンタメのような面白さはありませんが、上質なドキュメンタリー映画を観たような感じですね。
 舞台の養生島は架空の島ですが、長崎県の五島列島に属する国境沿いにあると思われます。
 たったひとりでも人が住んでいれば、そこにはインフラが必要です。
 生活を支える定期船の費用は年間で何千万にもなります。
 通常ならば、最寄りの大きい島か本土に移り住んで欲しいと行政は考えるはずです。
 しかしそれでも、無人島になるよりはマシだという考え方もあるのです。
 なぜなら、人が住んでいるということは、密航者への抑止力になるからです。
 「わしは島に突き刺ささった生きた棒杭じゃ」というイオの言葉がありました。
 年老いた島人にために巡回する行政、それはすなわち他国からのちょっかいを巡視していることにも繋がるのです。
 まったく国境に関係のない場所に住んでいる私は、本作を読むまでは、こうしたことに気付きもしませんでした。
 役場の鴫という青年が、ここの役所は小さな政府のようだと言っていましたが、そうした意識と機能があるのでしょう。
 
 そしてもちろん、文学としても見事なものでしたね。
 なかでも海女の潜る海中のシーンは美しかったです。高所恐怖症、とはね。
 あとひとつ、物語の重要なテーマに「鳥」がありました。
 25年前、シケで遭難したままになっているイオの夫でウミ子の父である功郎は鳥になったのでしょうか。
 ふたりの老女は鳥が羽ばたくような不思議な舞い踊りをします。
 物語の最後のほうにちょっとしたオチがあって、島の反対側の墓地でソメ子がモノ憑きになった場面がありました。
 あれは擬態でしたね。
 つまり、信仰と現実は違うということだと思います。
 信仰と現実。虚構と実像。このふたつの柱で構成された作品でした。
 みなさんは、どちらが幸せでしょうか?



 

 
 
 
スポンサーサイト



「長く高い壁」浅田次郎

 もしやこの戦争には、大義がないのではなかろうか。
 あるいは戦いながら、大義を探しているのではあるまいか。
 大義どころか、戦う理由がわからない。
 張作霖爆殺も柳条湖の鉄道爆破も、関東軍の謀略である。
 盧溝橋の一発が支那事変の発端になるはずがない。
 満州はともかく、長城を越えてまで戦争をする必要はない。
 要するに日本は、わけのわからぬ戦争をしている。
 そんな戦争の中で日本軍は軍隊としての正体をなくしたのだ。

 


 すっかり文豪になられた、浅田次郎さんのミステリー戦記小説。
 ま、ミステリーはともかくとして、得意分野ですね。舞台は大陸、キャラは軍人、時代は昭和ということで。
 好きですよね、この方は兵隊さんが。
 簡単にあらすじ。
 従軍作家として北京に在留している人気探偵小説家の小柳逸馬は急遽、帝大出身の校閲班長、川津中尉と共に、軍司令部の機密事項に属する案件で、万里の長城の一角である張飛嶺に赴くことになった。
 方面軍参謀長の肝いりである。なにやら現地の憲兵隊の手に負えぬ重大事件が発生したらしいのだ。
 張飛嶺は、満蒙と河北を結ぶ要路にある。北京から半日かけて最寄りの憲兵隊の駐在する密雲に到着し、さらに険しい山道を登っていったその先には、驚くべき光景が広がっていた。
 張飛嶺守備隊の一個分隊にあたる十名の兵隊が、分隊長戸田見習士官以下全員血の一滴も流さず死亡していたのだ。
 小柳は毒殺を疑った。では一体誰が?
 現場には日章旗が翻り、勝てば必ず日章旗を焼き討ちする匪賊(抗日ゲリラ)の仕業ではないと思われる。
 それでは身内の守備隊のなかに実行犯がいるのだろうか。軍規の厳しい日本軍にそのようなことがありえるのか?
 小柳と川津は、現地憲兵隊の先任下士官である小田島曹長と共に、事件の推理を開始する・・・

 240ページあたりで「ああ、そういうことなのかな」と真相が推測できました。
 いささか強引な気味はありますが、いかにも浅田次郎の好む筋書きだったと思います。
 物語だけではなく、背景といいますか、日本と支那との戦争(当時の日本に言わせれば宣戦布告がないため何十万の兵隊を動員しても戦争ではなくて事変)を捉えていると、ストーリー自体に奥行きがでてくると思います。
 実際に、南京を落としても武漢を落としても支那は降伏などせず、結局、日本軍は面ではなく点を占領していただけです。
 中国は広大です。そこに無理やり攻め入っている日本軍は、次第に腐ってくるわけですよ。
 補充兵の質はどんどん落ちる、しかもこの勝ち方のわからない戦争に大義がないことが明らかになってきますから。
 戦争中ですから、戸田見習士官のような所業も各地であったことでしょう。
 敵という名の人の命を奪い、またみずからもいつ殺されるかわからない戦場における正義とはいったいなんでしょうね。
 難しい問題ですね。つくづく、この時代に生まれまくてよかったと思います。
 もし生まれていたら、海野伍長になれたでしょうか、それとも・・・


 

「『毒婦』和歌山カレー事件20年目の真実」田中ひかる

 それにしてもなぜ、状況証拠のみ、自白もなし、動機も未解明のまま、林眞須美は有罪、死刑とされてしまったのだろうか。
 確定死刑囚となった眞須美とは、面会はおろか文通もできなくなってしまった。面会が許されている長男によれば、57歳になる眞須美の頭髪はすっかり白くなり、歯もほとんど抜け落ちてしまっているという。
 収監以来20年、一挙手一投足、独り言からトイレまでカメラとマイクで監視されながら、眞須美は今日も無実を訴え続けている。彼女は逮捕の日、長女と交わした「すぐ帰ってくる」という約束をまだあきらめていない。


 1998年7月25日、和歌山市園部で発生した毒物混入カレー事件。
 疑惑の夫婦としてマスコミに取り囲まれ、連日テレビを賑わしていた林眞須美・健治夫妻は10月4日に保険金詐欺で別件逮捕されました。そして、4人が死亡したカレー事件の実行犯として2002年12月に和歌山地裁は眞須美に死刑判決を下し、2009年に最高裁で刑が確定しました。(弁護団は現在再審請求中)
 日本中のほとんどの人が、眞須美の有罪を疑っていないんじゃないですかね。
 私もそうでした。終わった事件でした。眞須美の長男が書いた「もう逃げない。」、そして本書を読むまでは・・・
 本書で書かれていることが本当であるならば、ひょっとしたら真犯人はいまもどこかに潜んでいるやもしれません。

 20年にわたる収監中、眞須美は一貫して無実を訴え続けており、証拠や証言にも次々と綻びが生じています。
 特にもっとも有力な証拠とされたヒ素の鑑定結果について重大な過誤が見つかりました。
 事件に使われたヒ素と林家の台所にあったヒ素は同一とされてきましたが、京都大学大学院工学研究科の河合教授によってヒ素は別物であると再鑑定されたのです。
 もっとも、見つかりやすくて毒物を置くには危険な台所にヒ素があったことは眞須美も健治も否定しており、弁護団は警察の捏造であると主張しています。早く事件を収束させたかった和歌山県警の工作であると。ちなみに、この事件を担当した和歌山県警科捜研主任研究員は、数件にわたる証拠偽造で書類送検され有罪判決を受けている方だそうです。
 だいたいね、カレーに入れられて被害者の生命を奪った毒物はヒ素じゃなくて青酸カリだという説もあります。
 ヒ素はすぐに吐かないそうですが、青酸化合物は吐くそうです。事件の被害者はカレーを食べてすぐに吐いています。
 青酸は化学変化を起こすために、科捜研が鑑定をしたときには消えてしまっていたんじゃないかと。
 カレー事件の起きるだいぶ前から、飼い犬が毒で殺されたりした事件があったそうですからね、この地区では。
 もしも青酸が使われていたとなると、眞須美は無実である可能性が高いです。
 住民の目撃証言も、それぞれにあやふやで時間の幅があり、わざと警察が時系列を鮮明にして眞須美をわかりやすく真犯人に仕立て上げた可能性もあります。

 しかし、この夫婦が叩けばたくさんホコリが出たからこそ疑われたのは間違いありません。
 もっとも疑われてしかるべき人間です。誰が見ても真犯人に近い。
 夫婦とも働かずに贅沢な暮らしをし、騒音やゴミの不法投棄などで近所の評判も悪かったそうです。
 保険金詐欺で稼いだ金は8億円とも言われています。詐欺に使われたのはヒ素ですからね。
 ある意味、逮捕されて当然だったかもしれないですね。あれだけ国内を賑わした事件ですから。
 もしも他に犯人がいるとして、どこにいたのかいつ毒を入れたのか、動機はなにか、さっぱりわかりません。
 それに比べたら、ヒ素を使った保険金詐欺の常習犯であり、カレー鍋に張り付いていた眞須美が、なにかカッとするようなことがあって事件を起こしたとするほうが、説得力十分であると思います。
 ですがそれでも、もしも冤罪であれば大変なことなのですよ。
 私が思うのは、もしも眞須美がヒ素を本当にカレー鍋に入れたとして、4人も死ぬような致死量を入れるのかとと思います。懲らしめるだけならば、ごくごく少量でいいし、自分も飲んでたのなら分量はわかっているんじゃないですか。
 なんかちょっと違う、違和感があるんですよね。
 はたして、真相はどこにあるのでしょうか・・・


 
 
 

「猫脳がわかる!」今泉忠明

 猫に魅せられて約半世紀の哺乳動物学者が、人間にとっては不可思議で理解し難い猫の行動を、最新の解剖学、動物行動学の研究成果を踏まえて「猫脳」脳科学の観点から分析した、ネコ好き必読の書。

 ちょっと前のラジオで紹介されているのをぼんやりと聴いてまして、今回読んでみました。
 私は生来のネコ好きで、動物愛護センターにもよく行きますし、色々と調べたり聞いたりしているのですが、本書で初めて知ったことも多くありました。やはり人間にとってこれだけ身近なネコですが、まだまだ研究段階の途中なのだなあ、と思いましたね。
 野良猫のオスは子育てに参加する、なんてことすら最近わかったことですしね。
 9500年も前から人間と一緒に生活していた痕跡が発掘調査されているネコですが、まだ理解できていませんね。
 そういった意味では、本書も研究段階の途中発表みたいなものかもしれませんが、読む価値は大いにあります。
 主なテーマは「猫脳」です。猫の脳からネコの行動を分析していることが、本書の主題です。
 脳科学の分野の発達によって、人間と猫の脳の違いとその意味が明らかになってきたのです。

 猫の脳が人間と一番違うところ、それは人間など霊長類が発達している大脳新皮質が小さく(薄く)、人間では退化した大脳辺縁系という部分が発達しているということです。
 大脳新皮質は人間をして人間たらしめている高度な社会的な分野を司る部分ですが、大脳辺縁系は動物本来の本能的行動を司る分野です。ネコはここが発達しています。
 つまり、猫はイエネコの祖先であるヤマネコから数十万年の進化の過程で、体はもちろん、思考も行動も狩りという本来の目的のために発達してきました。ネコの狩りは犬のように集団行動ではなく単独行動がベースです。とても独立心が強く、警戒心も強いです。そのために、イエネコという可愛らしい姿になってさえなお、飼い主であっても付かず離れずの関係を好むのがネコという動物の生態なのです。犬のように人間から命令されることをよしとすることはネコの生態にはありません。孤独なハンターという大昔からの遺伝的記憶が、いまだにネコという動物の行動を支配しているのです。ある意味、誇り高い生き物であると思いませんか?

 野生の本能というべき大脳辺縁系が猫脳を読み解く鍵であるとするなら、猫の行動はそこから理解できます。
 爪とぎや大運動会、おもちゃへのちょっかいなどは、狩りをしていた時代の名残なのです。
 来客があったときの警戒心や、縄張り意識によるマーキングなども単独で狩りをする猫本来の行動なのです。
 一方で、猫の世話は犬ほど手がかかりません。これも、猫が独立心が強い動物であるためです。
 実に都合よく、飼いやすくできているのです。
 さらに、本書を読んで猫脳からのネコの行動を理解することによって、さらに愛猫との生活が深まることでしょう。
 愛猫に対して感情的に怒ることも逆効果だとわかるでしょう。
 一般に犬のほうがネコより利口だと思われているのは誤解です。
 ネコは犬と同等の知能を持っていると、著者は断言しています。
 犬が人間に服従する動物であるために、人間の命令を聞くために、犬のほうが賢いと思われているのです。
 ネコは人間の言うことを聞くようにできていない、訓練できる動物ではない、というのが正解です。
 研究によると、実際の短期記憶力などは犬より優れているそうです。
 また、嫌な記憶は長い間、忘れることがないそうです。飼い主さんも心しておかねばなりませんね。

 ただちょっと心配なことも書かれていました。
 猫は100匹に1匹の割合で、慢性の脳の病であるてんかんを発症します。薬でコントロールできますが、激しくパニックを起こす病気です。愛媛の動物園の有名な白熊ピースもてんかんの発作があったなあ、と思い出しました。
 100匹に1匹はかなりの高い確率です。
 聴覚や嗅覚、遠方の視力には驚異的な能力のある動物ですから、脳の神経伝達が敏感にできているのかもしれませんね。


 

「もう逃げない。」和歌山カレー事件林眞須美死刑囚長男

 1998年10月4日、日曜日。
 ぼくは朝寝坊だった。でも、あの日だけはもう少しはやく起きればよかったと、いまも後悔している。
 前の晩、母と交わした会話を思い出す。
 「明日の運動会、大丈夫だよね?」
 「大丈夫や。超豪華弁当をつくっちゃるから、頑張れよ」
 母はそう言うと、親指を立てて笑った。なぜそんなことを尋ねたかといえば、子供心になんとなく胸騒ぎがしたからだ。
 「大丈夫や」と笑った母は、起きるといなくなっていた。
 以来21年間、ぼくは一度も母に触れることができないでいる。


 1998年7月25日に発生、4人が死亡し63人が急性ヒ素中毒に陥った和歌山毒物混入カレー事件の容疑者として逮捕され、2002年12月に和歌山地裁で死刑判決を受けた林眞須美死刑囚の長男による告白本。
 事件前の家族の成り立ちであるとか、事件当日の出来事、そして一週間ぶんの衣類を持って放り込まれた児童養護施設でのカーストの最底辺としての地獄の日々から、一人前の社会人になってからも死刑囚の子供としてあらゆる局面で差別を受けてきた苦悩の日々が、当人の言葉で真摯に語られています。
 私は知りませんが、この方、SNS等で発信してらっしゃるのかな? そっちのほうの内容は知らないですが、本書はなかなか内容もあり、私はこの約20年前の事件のことを林眞須美、その夫である林健治の容姿を中心として鮮明に覚えているので、興味深く読むことができました。
 4人子供がいたそうです。著者と2人の姉と妹。全員、林眞須美と健治の実の子供だったのですね。
 資産家の娘だった林眞須美が16歳年上のシロアリ駆除業者だった健治に引っ掛けられたのがなりそめのようです。
 事件当時、記憶に残っているのは片足を引きずっている健治の姿でしたが、それはヒ素中毒の後遺症であり、それでわかるように、ふたりはカレー事件で脚光を浴びるまで他人は言うに及ばず自らも毒を飲んで入退院を繰り返す保険金詐欺の常習犯でした。億単位の金を引っ張っていました。だから当時、健治は無職だったわけです。著者は競艇一レースで2千万円すった健治の姿を覚えているそうです。
 ですから、4人の子供も贅沢な暮らしをしていました。
 両親が逮捕されたことによって、そういう暮らしが一変したわけですね。
 当時の和歌山の児童養護施設は相当なものだったようです。
 姉弟4人共々同じ施設に入れられたのが不幸中の幸いとはいえ、特に、当時4歳だった末の妹さんは悲惨だったと思います。

 逮捕されて以来、一貫してカレー事件との関与を否定している林眞須美。
 そんな妻の無実をずっと信じて、離婚を拒否し続けている林健治。
 ヒ素を使った保険金詐欺を繰り返していたのだから、真っ先に疑われて当然だとは思います。
 しかし万が一、これが冤罪だとしたらどうなるのでしょう。
 逮捕直後に行われた鑑定では、事件に使われたヒ素と林家の台所にあったヒ素(健治がシロアリ駆除に使用していたもの。ただし家族全員は台所にヒ素があったことを否定している)が同一のものだとされていましたが、2012年に京都大学の河合教授が再鑑定した結果、事件に使われたヒ素と林家のヒ素は「別物」であるとの結果が出たそうです。
 再審請求が受理されるのかどうか、気になるところですが・・・

 本書で、母がやったのなら死刑で仕方ないと著者が書いている通り、あくまでも本書のテーマはカレー事件の真相ではないと思います。本書のテーマは、殺人犯、死刑囚の家族を社会がどう扱うのかを問うたものだと私は思います。
 殺人犯の親はともかく、子供、ましてや未成年に罪はありますかね。
 そりゃ私だって、事件被害者だったら実行犯の家族全員八つ裂きにしたいかもしれない。きっとそう思うでしょう。
 しかしたぶん、正解は違うのですよ。
 「親は人殺しかもしれないが、君は関係がない」と言い切れる、そしてそう言い切った人を理解してあげられる、そういう姿が目指すべき成熟した社会なのではないですかね。