第二級活字中毒者の遊読記

酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「日航123便 墜落の新事実」青山透子

 1985年8月12日、日航ジャンボ機123便(ボーイング747)が、東京羽田空港を離陸して、大阪伊丹空港へ向かう途中、突発的非常事態に陥り、群馬県上野村の御巣鷹山付近に墜落、乗員乗客524名中520名が死亡しました。
 当時日航のスチュワーデスだった著者は、墜落した123便に仕事を教えてもらった先輩が多数乗っていたこと、彼女たちが最期の瞬間まで乗客のために奮闘していたことへの想いを込め、そして圧力隔壁修理ミスという事故調査委員会の公式発表した事故原因への疑問をまとめて、前著「日航123便墜落 疑惑のはじまり」を出版しました。
 本書は前著から7年(2017)経ち、新たな情報や目撃者による新証言を経てまとめられたものです。
 前著では疑惑に対して踏み込んでいませんでしたが、本書ではかなり具体的な記述も見られるようになっています。
 事故当時運輸大臣だった山下徳夫氏(2010年11月10日で91歳)との二人きりでの対談など、かなり貴重なエピソードや資料も細かいところまで調べられており、一方的に陰謀論だとは言い捨てられない好著になっています。
 事件か事故か? 墜落の真相や如何に・・・

 圧力隔壁が事故の原因かどうかはともかく、外側からの衝撃とするとちょっと証拠が弱いかもしれません。
 オレンジ色で機体に吸着する爆弾など聞いたことありませんし。
 パイロットは機体を制御不能でしたから、横田基地に着陸しようと思って旋回したわけではないと思います。
 現場には灯油に近い航空燃料ではなく、ガソリンとタールを混ぜたような臭いが立ち込めており、遺体は骨の中まで炭化しているほど異常な状態であったことから、ガソリンとタールを混ぜたゲル状液体を使用する火炎放射器で自衛隊が真の事故原因を抹消するために周辺を焼き払ったのではないかと書かれていますが、いったいどれだけの火炎放射兵を投入しなければなりませんかね。それだけ大きい単位の部隊を使用すれば秘密は必ず漏れると思います。
 秘密にできるのは、少人数で隠蔽工作ができることだけです。飛行機事故など規模が広範囲に広がるものでは隠蔽などできないのではないですかね。焼くことでさらに不自然になりませんか?
 私はそう思いますが、陰謀論が生まれるような、おかしい点があることは事実なようです。

 一番おかしいのは、前著でも少し書かれていましたが、救助隊が遅れすぎたことです。
 事故から2時間程度で米軍のヘリが現場に到着しているのにもかかわらず、自衛隊の到着はそれから10時間もかかってしまいました。これはおかしいですね、説明できません。第一空挺団も東京消防庁も待機していて、墜落現場の上野村では場所を把握して中央に連絡していながら、どうしてそんなに救助隊の到着が遅れたのでしょうか。
 1985年というとだいぶ昔ですから、大きな地震も発生しておらず、こういう緊急対応が幼稚だったのでしょうか。
 非公表にされたファントム2機の追尾は何故なのでしょうか。
 おそらく百里基地から来たであろうファントム2機は、日航機の墜落前から見守るように追尾しており、その姿は自衛隊員の手記にも載せられるなど多くの目撃者が存在します。おそらくおよその墜落地点は把握していたはずですが・・・
 事故当時航空関係の最高責任者たる運輸大臣だった山下徳夫氏が、著者の本を読んでなぜわざわざ会いにきたのか。
 真相を知りたい遺族を今になって事故現場を統括した警察関係者が脅迫したのは本当なのでしょうか。
 陰謀論は大げさすぎると思うのですが、事後処理など偶然にしてはあまりにもおかしなことがある事故だというのが感想です。
 このままで亡くなった520名の方々が納得できますかね・・・


 
 

 
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「日航123便墜落 疑惑のはじまり」青山透子

 私の果たすべき宿命とは何か。
 突然起きた事故の原因も分からずに、必死に仕事をしながら亡くなっていった先輩たちを想う時、もしそれが私であったなら、一番知りたいことは何か。
 あの時、一体何が起きたのか、なぜ死ななければならなかったのかということだ。
 今、私に出来ることはこのことを調べて先輩たちへ伝えることではないか・・・


 著者の青山透子さんは、元日本航空の客室乗務員。
 墜落した日航123便には、彼女が仕事を教えてもらった先輩たちが多数乗務していました。
 墜落する直前まで、乗客の無事を考えて懸命に仕事をしていた先輩たちへの熱い想いが、本書を著す原動力になっています。そして・・・事故が起きたのは1985年8月12日ですが、約15年経って事故を振り返ってみると、あまりにも不自然なところが目についた。ゆえに、当時の事故処理のあり方や事故調査委員会なりの事故原因発表に疑念を持ったそうです。
 本書はあくまで「疑惑のはじまり」であり、3作からなる日航123便関連の著作の第一弾になります。
 墜落現場である群馬県上野村の故黒沢丈夫村長(この方は有名な零戦パイロットでした)をはじめ、地獄の現場で遺体の特定に献身的な作業をした大國勉歯学博士や群馬県警の飯塚訓氏らとも面会するなど、魂のこもった著作だと感じられます。

 1985年8月12日。
 羽田発大阪行き日航123便(JA8119号機・ボーイング747SR100型)は、18時12分に大阪へ向けて飛び立ち、長野県と群馬県の境で18時56分ころにレーダーから消えて、墜落(群馬県上野村御巣鷹山付近)が確認されました。
 乗員乗客524名中520名が死亡し、単独機世界最大の航空機事故となりました。
 航空機事故調査委員会が発表した事故原因は、亀裂が生じた圧力隔壁が破壊されて、急激な減圧による爆風が吹き、垂直尾翼を内部から吹き飛ばしたという隔壁破裂原因説で、同機が1976年に大阪空港で着陸時に尻もち事故を起こした際、隔壁の修理をボーイング社のスタッフがミスをしたことも明らかにされました。垂直尾翼を失えば航空機はコントロールが効きません。運航乗務員たちは突然、予想不可能な事態に陥り、自分たちの置かれた状況が理解できないままに、エンジンの出力加減のみで奇跡的にコントロールのまったく効かないジャンボジェットを30分ほど必死に飛ばし続け、ついに力尽きたのです。
 
 しかし、事故原因は専門家の間でも非常に疑問の余地を残したものでした。
 これより後にタイ国際航空で起きた隔壁破裂事故と同様の現象が、123便では起きていないと思われるからです。
 また、破壊された垂直尾翼や補助動力装置など最も重要な部分はまだ相模湾に沈んだままだと言われています。
 いったい、本当の墜落原因は何なのか。
 それは青山さんの次作で伺うことにするとしても・・・

 本書はあくまで「疑惑のはじまり」ですが、読んだ私なりにこれは妙だな、と思われるところを少し列挙します。
 一番の謎は、事故から10年後、アメリカの元軍人が、自衛隊が墜落現場に入る12時間も前に米軍海兵隊救難チームのヘリコプターが現場に到達していた、と公表したことです。そして司令部から「すでに日本の自衛隊が向かっている」との命令を受け撤退したというのです。実際には、自衛隊が現場に到着して救助を開始したのはそれから12時間後でした。
 なぜですかね? 当時の中曽根首相の動向と照らし合わせても納得がいきません。
 一番の謎というか、これがもっとも最大の謎でしょうね。
 あとは上野村の消防団の黒澤さんが言っていたという、現場に登る途中で墜落現場のほうから降りてきた足だけ山装いの謎の男性。上野村の人口は2千人足らずですが、地元の人間ではないそうです。なぜ道を知る地元の消防団さえ難儀するのに先に着いていたのか?長野県側から来たのか? よくわかりません。
 そして、骨まで炭化した遺体の謎。普通、航空燃料ではそこまで燃えないそうですが・・・
 隔壁の亀裂にしても、いかにJALの整備がゆるかったとしても見逃すのはおかしいと思わざるをえません。
 真相はどこに眠っているのでしょうかね・・・
 
 520名の方々のご冥福をお祈りします。


 
 
 

「激闘の空母機動部隊」別府明朋・小沢治三郎・野元為輝ほか

 戦争の様相を劇的に変貌させた空母を基幹とする機動部隊の登場。
 本書は一整備兵から司令官まで空母の乗組員として太平洋の戦場を駆けた勇士たちによる実戦手記。
 なかでも、終戦まもなくの昭和20年10月16日に行われたアメリカ海軍少将による小沢治三郎へのインタビューは「あ号作戦」の貴重な資料であると思います。他にも、ミッドウェー海戦で撃沈された空母の飛行長たちによる対談も興味深いです。

 少しだけ収録されている手記の内容と著者を紹介します。

別府明朋(飛鷹艦長・少将)
 空母の艦長が語る空母のシステム構造と、航空機の発着艦など機動部隊の戦闘の手順。
福留繁(連合艦隊参謀長・中将)
 真珠湾で空母の威力を示しながら最後まで空母手兵に転換できなかった日本海軍と米国の差などについて。
福地周夫(翔鶴応急指揮官・大佐)
 史上初の空母対空母となった珊瑚海海戦における翔鶴の対空戦闘と被弾による応急処置の様子。
榎本哲(飛龍乗組・大尉)
 第4期予備学生。整備科。着任後すぐミッドウェー海戦に出撃。艦内爆発など飛龍の最後の様子。
 飛龍の最後については、機関が生きていたという説もあり、本手記のように艦内爆発多々という証言もあります。
増田正吾(赤城飛行長・大佐)天谷孝久(加賀飛行長・大佐)川口益(飛龍飛行長・大佐)森拾三(蒼龍雷撃隊・大尉)
 空母飛行長によるミッドウェー海戦の振り返り。生々しい。返す返すも残念。
 もう飛行長が亡くなられてたのか蒼龍だけ艦攻パイロットの森さんが参加。森拾三氏は戦記の著作あります(奇蹟の雷撃隊)。写真からすると戦後まもなくの対談と思われますが、一番階級の低い森さんですがさすが搭乗員、飛行長連中に対して歯に衣着せぬ物言いは清々しい。生還して生き恥などととやかく言われた赤城の青木艦長について、赤城の飛行長が真相を述べられています。
玉手修司(龍驤戦闘機分隊・整曹長)
 珍しい龍驤の戦記。オトリとして出撃撃沈された第二次ソロモン海戦の様子。
別府明朋(飛鷹艦長・少将)
 ガダルカナル攻防戦の模様。生還率の低い航空機搭乗員に対する空母艦長からの想いなど。
中島親孝(第三艦隊参謀・中佐)
 ミッドウェー海戦の仇を討つべく戦った南太平洋海戦の模様。日本の完勝だったと著者は言う。
野元為輝(瑞鶴艦長・少将)
 武運艦「瑞鶴」の南太平洋海戦。ミッドウェー海戦敗北の心理的影響が海軍を蔓延していたと著者は回顧する。
大前敏一(第一機動艦隊参謀・大佐)
 戦争末期の艦隊参謀によるレイテ沖海戦、マリアナ沖海戦の回顧。搭乗員錬成の難しさを嘆く。
小沢治三郎(機動艦隊司令長官・中将)R.Aオフスティ(米海軍少将)
 質問者は米海軍の少将で、昭和19年6月19日から20日にかけてのマリアナ沖海戦について小沢長官に尋ねている。機動艦隊と基地航空兵力の命令系統のことなどについて。最終的に航空兵力の消耗が勝敗を分けたと小沢述。
塩山策一(海軍技術大佐)
 大鳳に乗り組んでマリアナ沖海戦に参加。あっけない不沈空母の最期の様子。
横井俊之(飛鷹艦長・少将)
 昭和19年2月より飛鷹艦長。マリアナ沖海戦に出撃。悲惨な戦闘の模様。大鳳の無線封鎖無視、搭乗員が未熟であることをわかっていながらのアウトレンジ戦法など、第一機動艦隊司令部への批判多々。
阿土拓司(冲鷹運用長・中尉)
 著者は冲鷹がサンフランシスコ航路の豪華客船新田丸であったころからの乗組員。珍しい筋金入りの護衛空母戦記。冲鷹は昭和18年12月3日八丈島沖で米潜水艦による雷撃を受け沈没した。生存者約170名。
安部井稠也(653空付・二整曹)
 最期の艦隊航空隊付整備兵として瑞鳳に乗り組み、エンガノ沖海戦の出撃。迫真の対空戦闘と武勲艦の最期。
諏訪繁治(信濃乗組・上兵曹)
 満載排水量7万1千トン世界最大の空母・信濃は、昭和19年11月28日から29日にかけてのわずか17時間の航海の途中、熊野灘沖で米潜水艦の雷撃を受け沈没。戦記にしては情緒ある筆致で書かれており、幻の空母の儚さがなおさら偲ばれる。



 
 

「紀州のドン・ファン殺害『真犯人』の正体」吉田隆

 2018年5月24日夜、和歌山県田辺市の自宅寝室で野崎幸助氏が急死しました。
 享年77歳。第一発見者は55歳下の新妻。
 野崎氏は、「美女4000人に30億円貢いだ男」「美女とエッチするためにオレは金を稼いだ」とうそぶき、「紀州のドン・ファン」と呼ばれるようになった、破天荒な人物でした。
 野崎氏の死因が事件性が疑われる急性覚醒剤中毒であり、わずか3ヶ月前に結婚したばかりの名の通った資産家であったために、連日テレビのワイドショーを賑わせる結果となりました。まだまだ記憶に新しい方もおられるかと思います。
 本書は、野崎氏の自伝のゴーストライターを務めるなど生前より親密な関係を築いていたばかりか、氏がなくなる数時間前に電話でも会話している元フライデーのスクープ記者による、事件の真相を追う超一級のルポルタージュです。

 著者が、本書はドン・ファン事件における第一級の捜査資料であると書いてあるのは、うぬぼれではありません。
 著者だけが知る野崎氏の交友関係、事件後の野崎宅での出来事、そして世間から疑いの目を向けられた新妻と元ホステスの家政婦との長時間のやりとりなどが、本書には網羅されています。
 正直、ワイドショーからの生半可な知識しかなかった私は、目からウロコでした。
 びっくりすることがたくさん書かれていました。
 おまけにとても読みやすく、スリリングな展開と相次ぐ謎掛けは推理小説顔負けであると思います。
 野崎氏や関係者の方々にはたいへん不謹慎で申し訳ないですが、とても面白く読ませていただきました。

 事件からはや一年が経過していますが、依然未解決のままです。
 野崎氏と新妻は2018年の2月8日に電撃入籍しましたが、亡くなる5月24日まで一ヶ月半ほどしか一緒に暮らしていません。一説には肉体関係はなかったとも言われています。野崎氏には他に長い付き合いの愛人などもいましたが、新宿に住んでいた新妻にも他に男がいなかったという確証はありません。
 新妻は過去にアダルトビデオに出ていた事実を隠そうとしていました。
 著者は野崎氏に請われて事件当日和歌山に行くことを了承しましたが、ひょっとしたら野崎氏が著者を呼んだ理由は、新妻の過去に関する相談だった可能性もあります。
 30億円といわれる野崎氏の遺産は、普通に相続されれば22億円超が新妻のものになります。
 言うまでもなく一番怪しいです。
 しかし、著者はそれでもなお、本書の最後で、真犯人は新妻ではないと思う、と言っています。

 それでは、誰が犯人なのか。
 ネタバレはできませんし、著者もハッキリこいつが怪しいと書いているわけではありませんが・・・
 いくつかの謎の中から、特に私がおかしいと思ったのは、死んでいるはずの野崎氏の携帯電話から7時半に発信された会社宛ての発信記録と、どこかに消えた2億円の移動資産の謎でしょうか。
 このふたつが事件の鍵のような気がしてなりません。
 新妻と家政婦さんの話では夜10時に野崎さんの身体は死後硬直していたそうで、そのことから著者は野崎氏は夜の早い時間には死んでいたと推測していますが、警察の見解では野崎氏の死亡推定時刻は夜の9時です。
 死後硬直していたという見立ては間違いだったかもわかりません。とすると、閉まって誰もいないはずの会社に、夜7時半に野崎氏は何かの用事で電話をかけた可能性があります。そこに待っていたはずの人物がいたかもしれません。
 そして電話を待っていた人物こそが、消えてしまった2億円のジュラルミンケースの行方を知っているかもしれないのです。
 しかしそれが真相であっても、死角のないように張り巡らされた防犯カメラに映らずに邸宅に侵入し、野崎氏に致死量の覚醒剤を飲ませて殺すことが可能であるとは思えません。
 いったい、どこに真実が眠っているのでしょうか。



 
 
 
 

「ファーストラヴ」島本理生

 聖山環菜、22歳。
 女子アナ志望だった彼女は、都内でキー局の二次面接を受けていた。
 しかし突然具合が悪くなり、途中で辞退してしまう。
 数時間後、彼女は父親で画家の聖山那雄人が講師を務める美術学校を訪ねる。
 そして女子トイレに呼び出した父親の胸を、購入したばかりの包丁で刺した。
 血を浴びたリクルートスーツを脱ぎ捨てて、その場から彼女は逃走する。
 しばらくして、顔や手に血をつけたまま、多摩川沿いを歩いていたところを目撃されて通報された。
 逮捕されたとき、彼女は「動機はそちらで見つけてください」と言ったという。


 聖山環菜事件の真相は何か?
 事件のルポを執筆することになった臨床心理士が、闇に隠された真実を追求するミステリー。
 第159回(平成30年上半期)直木賞受賞作です。

 恋愛小説を書かせたら右に出るものはいない島本理生さんが、ついに直木賞受賞。
 したのは良かったのですが、正直言いますけど、あまり面白くはありません。
 ミステリー小説なんて書いたことなかったと思いますけどねえ。
 こういう言い方が当たってるかどうか知りませんが、ミステリーを書くには、小説家として巧すぎたかもしれません。
 エンターテインメントに成り切れていないのです。
 掘り下げなくていいところを、ついつい腕があるから掘り下げてしまっているような感じ。
 意味深なスタートの割には、プロットも大したことないです。
 環菜の心の闇を描ききれていません。家族関係の背景描写も弱いです。
 父親の画家が結局、何者だったのかいまいちよくわからない。
 環菜の男関係も複雑でややこしい。ファーストラヴは誰やねんて。
 だいたい、偶然包丁が刺さるなんていうオチが許されるのでしょうか?
 私は唖然としましたけど、真実が最後はひっくり返るだろうと期待したのに、そのまま終わりましたね。
 さらに、主人公の臨床心理士と義理の弟の弁護士の関係が、輪をかけて話を複雑にしています。
 作者は何を言いたかったのでしょうか。
 人間の成長過程における性的なトラウマを描きたかったのかあ、中途半端でしたねえ。
 尊敬する島本理生の作品とは思えない、思いたくない駄作でした。
 クライマックスの法廷シーンは迫力がありましたから、映画向きでしょうかね。展開からして。

 その中で、私が見つけた、いかにも島本理生さんらしいフレーズはこれ。
 孤独と性欲と愛の区別は難しい。
 もうひとつ。
 愛情とは尊重と尊敬と信頼である。
 考えさせられる言葉です。
 さっそく、飲み屋で使わせてもらいました(*^^*)
 特に、孤独と性欲と愛の区別は本当に難しいと思いました。

 島本さん、次は「ナラタージュ」「Red」を超える恋愛小説をお待ちしています。