第二級活字中毒者の遊読記

酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「福も来た パンとスープとネコ日和」群ようこ

 「パンとスープとネコ日和」の続編です。
 たろが亡くなって間なしなので、前作からのタイムラグはあまりないと思われます。

 3歳のかわいい盛りで亡くなってしまったネコのたろ。
 アツコはいまだに、たろの写真を見て泣いてばかりの日々。
 いや、仕事はちゃんとしている。仕事が終わって自室に引き上げて一人になると、たろがいない寂しさが堪えるのである。
 あんなに怒らずにもっと遊んでやればよかった。なぜ体の不調に気づいてやれなかったのか。後悔ばかり。
 実母のカヨの写真は、「わたしよりネコが大事なのね」と言わんばかりにムスッとしている。
 仕方がない。ネコ好きならばよくわかる話である。

 結局ですね、飼い猫が亡くなったショックは、新しい猫を飼うことでしか癒されません。
 もちろん、新しい猫が前の猫の代わりになるわけではないのですよ。
 「あの子はこうだった」と、なおさら思い出してふさぎ込むのは仕方ないことです。
 でもそのうちに、魂の連鎖とでもいいますか、前の猫のことを新しい猫の存在がのみ込むときがやってきます。
 それは、新しい猫に愛情を注ぎ込むからそうなるのです。
 私のような猫好きにはよくわかります、経験者ですから。
 前の飼い猫を思い出して泣くのは当たり前です。想像を絶する辛さですから。
 でも新しい猫を飼わなければ、その悲しさを乗り越える楽しさを得ることはできません。
 前の猫だって、悲しんでいる飼い主の姿ばかり見たくないはずです。
 しまちゃんが成り行きで見つけてきてくれましたけど、アツコはもっと早く、新しい猫を見つけるべきでした。

 お店「ä」は、開店当初の賑わいからだんだんと落ち着いてきて、お客さんも並ぶことはなくなってきました。
 アツコもそれをある意味でいいことを割り切る一方で、メニューの刷新を含め店の方向性を思案しています。
 そんなとき、向かいの喫茶店のママ、ドラマではもたいまさこでしたね、が自宅に呼んでくれるのです。
 そこでママの昔の話を聞いたり、お気に入りのイタリアンレストランに連れて行ったりしてくれました。
 ママの狙いはなんだったのでしょう。
 おそらくママも暇だったのでしょうが、商店街の古株として、昔からの顔見知りとしてアツコのことが気になっているのでしょうね。ママに子供がいる気配はありませんから。
 しまちゃんが、いい人だと思うけどおせっかいですね、と評したタナカさんがまた来ましたけど、年を取って暇で息子の嫁とうまくいってないような人だとこのようなことをしがちだと思います。
 今更昔のことをほじくり出してどうしようというのでしょう。
 でも、半分だけ血がつながっているかもしれない、お寺の住職夫妻との今後はどうなっていくか、新しい二匹の猫のことと同じように、興味ありますね。
 群ようこという人は、このような都会のなかの何気ない日常を描くことと、猫への深い愛情が魅力な方なのでしょうね。


 
 
 
 
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「パンとスープとネコ日和」群ようこ

 アマゾンプライムで観たドラマ(全4話)の原作です。
 ドラマのほうは主演の小林聡美がすごくいい味だしてて、とても雰囲気のいい作品でした。
 ですから、話がもっと広がっている原作のほうにも興味がでた次第です。
 群ようこさんの本は初めてになります。
 椎名誠の一派であるということは知っていますが、なるほどこういう本を書く人なんだ、と読み終えてちょっと驚きました。
 けっして文筆力は高いといえないと思うんです、失礼ながら。
 でも、つかみどころのないようでいて、後述しますが最後ピタッとくオチがついていました。不思議な力です。

 簡単にあらすじとドラマとの違いなどを。
 出版社でバリバリの編集者をしていたアキコ(53)は、6年前、女手ひとつで育ててくれた母を突然なくした。
 人事異動のもつれから会社を退職したアキコは、母の経営していた古い食堂兼居酒屋を改装し、美味しいサンドウィッチとスープを出す店をオープンした。アルバイトに、しまちゃん(29?)というよく気が利く働き者の体育会系の女性を得て、お店はオープンしてから順調に客も増え、そこそこ繁盛していた。
 そんなある日、なくなった母の古い知り合いという女性が現れ、アキコの出生の秘密を明かす。
 アキコは私生児で、父親は生まれたときからいなかった。父は妻帯者でお寺の住職をしており、早くに亡くなったという。
 お寺は電車に乗れば、すぐ行ける場所にあった。
 店の休日に散歩がてら訪れると、おそらくアキコと血の繋がりがあるであろうお寺の跡取りとなった住職夫婦に、思いがけずもてなされた。
 それからしばらくして、子供のように可愛がっていたネコのたろを突然なくして悲しみの淵に沈むアキコは、家族のいない寂しさから、再び父のお寺を訪問してしまう。

 ドラマと同じなのは、アキコとしまちゃん。
 特に伽奈の演じたしまちゃんはそのままだったと思います。
 逆に違ったのは、母のカヨの食堂の常連客だったドラマでは塩見三省とかがやっていたキャラクターで、献身的にアキコを応援したドラマとは違い、本作では新しくできた小料理屋の客となってアキコを無視するようになりました。
 話の筋としてびっくりしたのは、愛猫のたろの死が深く深く刻み込まれるように書かれていること。
 群ようこは愛猫家なのでしょう。それまでの淡々とした筆使いから急激に落ち込んでいったので、どうしたのかと思いました。
 私も愛猫家でネコを亡くしたことがあるので、痛すぎるほど気持ちはわかるのですがね。
 いっぽうで、猫をなくした悲しみから、父のいたお寺を再訪してしまうという話の流れはとてもスムーズでしたね。
 ちなみにドラマでは、たろは死んでいません。窓から脱走したことになっています。
 小林聡美も現実は愛猫家ですが、ここではサラリとそれほど悲しむことなく演じていました。それもそのはずで、本作の通り泣き悲しめばもはやなんの物語なのかわからなくなってしまうでしょうからね。
 たろの死のショックから、二度と動物は飼わないと決意したアキコですが、こちらはドラマと同じく、しまちゃんが近所で見つけたたろに似ている猫に惹かれ始めているようです。
 ドラマは完結しましたが、小説にはこの後の続きがまだまだあります。
 続編を読むのが楽しみです。


 
 
 
 

「反日種族主義」李栄薫編著

 私は、大衆の人気に神経を使わなければならない政治家ではありません。
 一人の知識人です。知識人が大衆の顔色を窺ったり、言うべきことを言わず、文章の論調を変えてしまったりしたら、その人は知識人だとは言えません。
 真の知識人は世界人です。世界人として自由人です。世界人の観点で自分の属する国家の利害関係をも公平に見つめなければなりません。そのような姿勢は政治家にも同じく要求されます。そうあってこそ国際社会が平和で、それぞれの国も平安になります。
 私は一人の知識人として、我々の憲法が保証する良心の自由、思想の自由、学問の自由を信じ、私の所信に従い発言するのみです。


 上記が本書を執筆、編集した韓国経済史の大家・李栄薫(イ・ヨンフン)氏の心情です。
 学者たるものかくあるべき、という心構えですが、韓国ではおそらく大変な目にあわれたことだろうと思います。
 かの玉ねぎのような韓国のやめた法相は、本書を「吐き気がする親日」とこき下ろしました。
 著者はすぐさま公開質問状を送付したそうですが、どうやら相手は反証もできなかったようです。
 それもそのはず、韓国の反日はすべて捏造に基づいた集団ヒステリーなのですよ。
 日帝を批判することが正しい歴史教育だと錯覚し、歴史そのものを歪曲し、捏造を神話化しました。
 著者は言います。韓国に個人の自由な民族主義などない、野蛮な種族主義である、と。
 韓国の民族はそれ自体でひとつの集団であり、ひとつの権威であり、ひとつの身分です。
 そのため、むしろ種族といったほうが適切なのです。隣の日本を永遠の仇と捉える敵対感情を持ち、ありとあらゆる嘘が作られ広がるのはこのような野蛮な部族の集団心性によるものです。すなわち反日種族主義なのです。

 本書では、日本企業が韓国の裁判所から損害賠償を命じられた強制連行問題から、韓国併合後に韓国の土地を収奪したという朝鮮土地調査事業、反日種族主義の象徴たる竹島問題、反日種族主義の教典である日本軍慰安婦問題まで、その真相を科学的に調査して捏造が論破されています。
 つまり、韓国の反日の根拠は全部でっち上げです。
 強制連行は、韓国と日本が仲が良くなればまずい立場の日本の朝鮮総連系の学者が作り上げたでたらめな学説で、すぐそれに韓国の人々が確かめもせずに飛びついたのです。
 韓国の教科書に日本が40%も朝鮮の土地を収奪したと載っている、朝鮮土地調査事業は、朝鮮史上初の地理測量事業であり、朝鮮人同士争いが絶えなかった土地の線引を個人に細かく定めこそすれ、日本が土地を収奪した事実はまったくありません。
 竹島は、近代まで韓国は自国の領土であると認識していませんでした。竹島が韓国の領土であるという歴史資料は韓国に存在していません。違う島のことを竹島にこじつけて自国の昔からの領土だと言い張っているだけです。
 慰安婦問題は、日本の詐欺師である吉田清治が嘘を書いて本にしたことが端緒です。日本軍が朝鮮人女性を強制連行して性の奴隷にした事実はありません。軍の中で朝鮮人が売春宿を経営して儲けていたのは事実で、慰安婦と呼ばれる女性たちは自由な存在でした。太平洋戦争後の韓国戦争(朝鮮戦争)でも韓国軍のなかに慰安婦は歴然と存在していました。在韓米軍にも慰安婦はありました。慰安婦が戦争の文化であるとまではいいませんが、日本を目の敵にしたいがために日本軍の慰安婦問題だけが大きく歪曲され、事実を捻じ曲げて大げさに報道されているのです。

 日本は悪いことをしたのだから何を要求してもいい、というのが韓国の国民感情です。
 そこに真実を調査する姿勢はありません。真相も知らずに信じ切っているのです。
 おそろしく集団ヒステリーな国です。
 このような国と国交をかわしている必要がありますか?
 まともに付き合える国ですか?
 安倍首相は最近とやかく言われていますが、私は、安倍さんの韓国に対する姿勢は少なくとも正しい、と思っています。
 韓国でもたくさんの方が本書を読んだそうですが、もっと読んでもらって、隣国の誤った歴史認識に疑いの光が灯ることを、その光が広がっていくことを願います。


 
 
 
 
 

「清明」今野敏

 隠蔽捜査シリーズ第8弾です。
 「清明」。タイトルの由来はクライマックス近くで明らかになるのですが、漢詩が根拠です。
 美しい詩ですよ。残念ながら、日本の短歌より深いような気がします。
 あと、今作から主人公に竜崎伸也が警視庁から異動になって、神奈川県警本部刑事部長に栄転しました。
 警察も栄転というのかな。おそらく言わないでしょうけどね。
 竜崎さん、相変わらず何の連絡もせずに急に着任しまして、「は?」みたいな顔されてましたけど笑
 とにかく、それまでの7作は警視庁大森署が舞台でしたから、まるっきり違う背景になりましたね。
 苦労するでしょうねえ特に人間関係、竜崎は気にしていないでしょうけど。
 妻の冴子なんて不便になるから車のペーパードライバー講習に行きますが、事故しちゃて、そのことで教習所の所長である神奈川県警OBの男と、竜崎が少し揉めることになってしまいます。
 他にも、神奈川県警は不祥事が続いていたらしいのですが、竜崎の直下の部下である参事官の阿久津隼人なんてキャリアですが何考えているかわからないし、組対本部長の平田清彦なんて少ししか登場してませんが難しそうな人間です。
 新しい組織に入れば、郷に入れば郷に従えといいますが、大変なわけですよ。

 さて、少しだけあらすじ。
 着任してそうそう、沢谷戸自然公園という東京と神奈川の境で殺人及び死体遺棄事件が発生します。
 町田署に捜査本部が立てられ、伊丹警視庁刑事部長の要請で、神奈川県警からも刑事が派遣されることに。
 竜崎も、阿久津参事官にハッパをかけられて捜査本部に詰めることになります。
 するといきなり、妻の冴子が教習所で事故を起こし、所轄署で拘束されて取り調べを受けているという報告が。
 気になった竜崎が駆けつけると、そこには教習所の所長をしているという地方(じかた)の県警OBがいました。
 このOB,滝口達夫といい、キャリア嫌いで竜崎に突っかかりますが、最後には仲良くなって事件の捜査にも協力します。
 公園の殺人事件の被害者は、どうやら不法入国の中国人であるということがわかりました。
 横浜といえば中華街が有名ですが、なかなか捜査には協力してもらえません。ここで滝口がひと肌脱ぎます。
 殺された中国人は、中国政府から監視されている思想の人物であることがわかりました。
 さらに町田の捜査本部に公安の外事二課の刑事を呼ぶことに成功し、事件の加害者が、どうやら以前から公安がマークしている中国国家安全部の工作員であることが濃厚となったのです。
 これが事実ならば、日本で中国の政府の人間が日本の法を無視して自国の人間を処刑したことになります。
 日本と中国の外交問題に発展しかけない事態に、神奈川県警と警視庁の合同捜査本部は、竜崎と伊丹の両刑事部長はどういう判断を下すのでしょうか・・・!?

 相変わらず一気読みの面白さでした。
 今野敏は色々シリーズがありますが、これが一番だと思います。
 小さな出来事まで面白い。竜崎という人間のおかげでしょうね。
 人間模様がなんともいえない味わい深いし、けっして悲劇が起こらないところも好きです。
 これからも非常に楽しみですね。


 

「逃亡者」中村文則

 度肝を抜かれました。
 帯に、世界で絶賛される中村文学の集大成と書かれていますが、そのとおりだと思いました。
 村上春樹と比べてどうでしょう?
 どちらも違う世界に連れて行かれますが、こちらのほうが全体の輪郭がくっきりしています。
 文学の完成度としては、肩を並べる場所にまで来ているのではないかと思いました。
 とても深い、わっかたようでわからない、わからないようでわかったような小説です。
 それでいて、とても面白いです。
 文学であり、ミステリーであり、歴史小説であり、芸術小説であり、そして恋愛小説でもあります。

 物語の骨子は、第2次世界大戦中、日本陸軍軍楽隊の名手によって吹かれたトランペットの行方です。
 悪魔の楽器と呼ばれたこのトランペットは、狂気に取り憑かれた熟練楽器工によって製作され、鈴木という天才的軍楽隊奏者の所有物となり、彼の奏でるトランペットは絶体絶命の日本軍を鼓舞し、敵中突破を奇跡的に成功させたことで知られています。
 戦後行方不明だったこの伝説のトランペットが、現代のフィリピンで発見されたのです。
 日本の政権はナショナリズム高揚に、このトランペットを利用しようとします。
 一方、鈴木の遺族を名乗る人間が所有権を主張するも、トランペットはまたも行方不明に。
 実はトランペットは数奇な縁で、フリージャーナリストの山峰健次の手に渡っていました。
 不慮の事故から恋人を亡くし、トランペットを手にして海外に逃亡した山峰ですが、得体のしれない凄腕の工作員や宗教団体が彼のあとを執拗に追い、山峰は命の危険にさらされながらも、トランペットにまつわる謎を解いていきます。
 そこには、戦争で生き別れることになった鈴木と許嫁の愛、そして長崎の潜伏キリシタンの時代にさかのぼる、深い深い人間の歴史が刻み込まれていたのでした・・・

 当初、軍楽隊のトランペットか、陳腐な、と思いながら読み始めたのですが、大間違い。
 作者の力量でしょうか。さながら私もトランペットの奏でるマーチに鼓舞されて突撃したような錯覚におそわれました。
 音楽もすごいし、アインの母国ベトナムの歴史にまで踏み込んだ歴史観も壮大だし、作家の宗教観もまたすごい。政治に対してもそう。物理学まで現れる。この世界を丸ごと表現しています。本当によく書けたな、と思います。
 人間にもっとも必要なのは死後の世界を信じること、なんて今更ですがなるほどと思わされました。
 「B」は恐怖の具現でしょうね。現実的にはアメリカの情報筋の人間で、アメリカそのもののメタファーであるとも思いますが・・・
 けっこう複雑だったので、4人の主要人物、山峰とアイン、鈴木とヨシコの過去の因果関係がわかりにくかったのが少し残念なところでありますが、想像するしかないミステリー部分の余韻といい、申し分ない作品ではないかと思います。
 過去、現在、未来という軸も、本作品の重要なテーマでしょうね。
 トランペットは誰が見つけさせたのか、そして山峰の行方はどうなったのか、気になりますねえ。
 トランペットは鈴木の手記を世に出すのが目的でリーダーが発見させたというのはどうでしょう?
 あまりにもやり方が回りくどいですかねえ。根拠もないし。でもそれくらいしか思いつかない。
 山峰の行方は・・・断末魔のとこでアインのハッピーエンドの回想が入るので生きているのではないかと思いますが、彼にとってはアインの場所に行くことがハッピーエンドだったのかもしれません。
 素晴らしい小説でした。