第二級活字中毒者の遊読記

酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「背中の蜘蛛」誉田哲也

 過剰な監視社会をテーマにネットに依存する現代の危うさを描いた問題的警察サスペンス。
 2019年刊行。シリーズものではありませんが、ひょっとしたら続編もあるやもしれません、てな終わり方をしてます。
 しかし、ラスト付近の「命題」について、解決策はあるのでしょうか?
 それが作者に見えたときには続編も出ると思いますが、出たら誉田哲也さんは大したもんだと思いました。
 うまく原子力の問題で例えていらっしゃいましたが・・・

 簡単にあらすじ。
 池袋署刑事課長の本宮夏生は、西池袋五丁目路上殺人事件の捜査本部にいましたが、しばらくして捜査が難航したとき、本庁の捜査一課長から極秘の特命を受けました。そのネタによって真犯人を検挙できましたが、犯人逮捕につながった元ネタがなにであったのか、捜査一課長に尋ねる機会はありませんでした。
 数年後。本庁捜査一課管理官として新木場爆殺傷事件の捜査本部を担当していた本宮は、事件の捜査が停滞したとき、再び同じような不思議なタレコミによって容疑者の検挙に至ったことに、不審の念を抱きます。
 この真犯人検挙につながる、唐突でありながら確実な情報の出どころはなんなのか?
 いよいよその謎を明かすべく行動を開始したとき、本宮はある場所で既知の後輩警察官を目撃します。
 男の名は、上山幸宏。彼の所属は警視庁総務部情報管理課運用第三係。
 調べてみると、この情報管理課運用第三係は警視庁副総監直属の新設組織であることが判明しました。
 彼らはいったい何をしている組織なのか?
 天の声のような情報は彼らが極秘裏に掴んだものなのか、それとも・・・

 巻末の参考文献にある通り、本作の着想はスノーデン事件です。
 アメリカが全世界のインターネットや通信を傍受して監視していることが告発された衝撃の事件でしたね。
 実際に全世界のネット情報はその約90%がアメリカを経由しているそうです。
 さもありなん、かな。
 本作のスティングレイ(携帯端末の追跡と監視を可能にする装置)やスパイダー(ネットを回遊して情報を手当たり次第に収集してくるプログラム)が実在しているかどうかは知りませんが、おそらく存在するのでしょう。
 しかし、いくら同盟国とはいえそれら現代社会のツボを抑える機密がアメリカから日本に借り出されるとは、にわかに信じがたいですがね。
 通話もメールもその他のメッセージも、警察が令状なく検閲し、必要とあらば取り締まるという、人権意識からいったらありえない過剰な国民監視は、普通ならば許されることではありません。特に日本においては。
 ただ、もしもそれが可能であるならば、刑事事件の解決率は格段に上昇するでしょうし、あらゆるテロ犯罪を未然に防ぐことも可能であると思います。
 前に友人と議論したことがありますが、友人は防犯カメラはあればあるほどいい、個人情報などどうでもいいからと言ってました。私はそれに対して、極論でたとえは悪いですが、犯罪を犯す自由があってこその平和ではないかと言いました。
 どっちもどっちですね。
 最近のコロナの状況を見ていると、国家権力による完全な封鎖が必要なのかどうか考えさせられます。
 また世界において、日本が特有の国であるというのも今更によくわかりました。
 本作においてもラストで命題が提示されていましたが、結局は使う側の人間性だと思います。
 仮に都市封鎖などが行われれば、相当数のデモが引き起こされるでしょうが、そのデモをする人間が逆の立場に立てば、もっとひどい権力の乱用を強行するかもしれません。人間とはそういうものではないでしょうか。
 イデオロギーが問題ではありません。一番重要なのは上に立つ者の人間性です。


 
 
 
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「金正男暗殺」乗京真知・朝日新聞取材班

 2017年2月13日、マレーシアのクアラルンプール国際空港で金正男が暗殺されました。
 現在の北朝鮮首領・金正恩の異母兄である金正男は日本人のほとんどが知っている有名人でしょう、千葉のディズニーランドに遊びに来てて偽パスポートで捕まりましたから。
 あの事件以来、金正日の跡目からは滑り落ちましたが、海外を転々としながらオープンにメディアへの露出もありました。
 そんな彼が突然、暗殺されてしまったのです。一部始終を防犯カメラの見守る中という異常な暗殺の形で・・・
 本書は、事件発生から2年半を費やして真相を追求した朝日新聞アジア総局員・乗京真知(のりきょうまさとも)を中心とした朝日新聞取材班が、新聞デジタル版連載「金正男暗殺を追う」をもとに、その後の取材結果を盛り込んで刊行した渾身のルポルタージュです。

 事件の経過は覚えている方も多いことでしょう。
 アイドル志望のベトナム人女性とマレーシアの風俗店で出稼ぎをしていたインドネシア人女性の二人が、マレーシアからマカオに向かって出発しようとしていた金正男を、衆人のなか手にすりこんだ猛毒の神経剤VXで襲ったのです。
 二人の女性の影には数人の北朝鮮工作員が存在しており、女性たちは「イタズラ番組の収録」と騙されていました。
 事実、結構なギャラをもらって、同じようなイタズラの収録をあらゆる場所でふたりは重ねてきたのです。
 しかし今回だけは手にすり込んだのがベビーオイルではなく、VXでした。
 VXは神経伝達を阻害する猛毒です。徐々にVXが浸透した金正男は、血中酵素量が急激に低下し死亡しました。
 当初、マレーシアの警察は死んだのが金正男だと気付きませんでした。
 彼のパスポートの名前は「キム・チョル」という名前になっていました。
 さらに、国籍を北朝鮮ではなく韓国と勘違いして読み間違え韓国大使館に通達し、韓国大使館から間違いを指摘された上で死んだその男性は金正男だと推測されると知らされたのです。
 慌てたマレーシアの捜査機関は北朝鮮大使館からの遺体引き渡し要請を拒否し、重大な案件として捜査することになったのです。この勘違いがなければ、名もなき北朝鮮国籍男性の急死としてこの事件は闇に葬り去られていたかもしれません。
 司法解剖からVXによる毒殺であると認定したマレーシア警察は、空港の防犯カメラから一部始終を解析し、実行犯であるふたりの女性を割り出して逮捕、さらに防犯カメラに写っていた怪しげな東洋人数人を北朝鮮工作員と特定し、友好関係にあったマレーシアと北朝鮮の国際関係を揺るがす事件となったのです。

 以後は周知の通り、ふたりの操られた東南アジアの女性は釈放され、真実の暗殺者である北朝鮮工作員たちは捕まることなく北朝鮮に帰国しています。あとに残されたのは金正男がついに殺されたという結果だけです。
 なぜ彼が殺されたかというのは、もはや謎ではないと思います。金正恩にとって目の上のたんこぶですから。
 金正男がマレーシアに来た理由は友人が多いからではなく、アメリカ情報機関と接触した形跡があります。
 今となっては不明ですが、金正恩にとって、許しがたい何かが進行していた可能性もあります。
 ただ本書では、私は観ていませんがNHKの特番を引用し、2013年12月の張成沢粛清の真相は、2012年に張成沢が当時の中国国家主席だった胡錦濤に対し金正恩を降ろして金正男を後継とすると提案したという事実を、中国の誰かが金正恩に密告したからだと書かれていました。ゆえに金正男は絶対に生かしておくことは許されなくなったのだというのです。
 これは、さもありなんと思います。
 もしもそれが実現していたら、東アジアに平和が訪れたからあるいはもっと大荒れになったかは知るよしもありませんが・・・

 実行犯の女性が手にVXを塗り込んでなぜ死ななかったのかというのは、皮膚が厚いのと毒物に混ざりものがあった、すぐトイレで入念に洗浄したからということで、謎ではないと思います。
 唯一、この事件に謎だと思えることがあるとすれば、どうしてこういう暗殺のやり方をしたのかということでしょう。
 人目のない目立たない場所でこっそりと殺せなかったのでしょうか?
 殺そうと思えば殺せたはずです。わざわざ目立つ国際空港でなくとも。それではなぜか?
 本書の見解は、金正恩体制に刃向かう者を威嚇するための、みせしめの公開処刑だということです。
 つまり全世界に対してのアピールという意味があったのでしょうねえ。
 くわばらくわばら・・・


 
 
 
 
 

 
 

「老潜水艦出撃す」原田太蔵・吉良勝秋・小池英策ほか

 第一次世界大戦型の老潜水艦が敵泊地に潜入し敵艦に雷撃成功「老潜水艦出撃す」
 飛行時間5千時間を超える最後まで生き残った陸軍戦闘機エースの回想「疾風レイテ強襲」
 強行輸送22回ガ島出撃回数レコードホルダー第19駆逐隊の激闘「魔の海ガ島補給戦」
 マリアナ沖海戦からレイテ沖海戦へ零戦戦闘爆撃機パイロットの貴重な回想「空母戦爆隊の突撃」
 陸軍特攻モーターボートマルレイと地獄の沖縄戦「マルレイ敗れたり」
 開戦以来のベテラン中攻偵察員による中攻の墓場ソロモンの激闘「強襲雷撃戦」
 考案製作者の語る必中の人間機雷伏龍の真相「海底をのし歩く必中機雷」
 陸にあがった河童海軍特別陸戦隊の勇敢な死闘を描く「燃ゆるマニラ」

 昭和43年刊行の古書太平洋戦争ドキュメンタリー第6巻です。表題作ほか7篇。
 ペーパーブックの痛みの激しい本で長らくほったらかしにしていましたが、読んでビックリ!
 あまりの内容の濃さに驚きました・・・
 昨今刊行されている丸編集の文庫本とはまた違った、迫真で貴重な戦記であると思います。

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 「老潜水艦出撃す」原田太蔵(呂61潜乗組)
 潜航限界深度48メートル、竣工20年超だがイギリス製エンジンはまだまだ元気な老朽潜水艦呂61潜水艦の戦記。呂61潜は総員63名、艦長は徳富利直大尉。著者は発令所機関科伝令。呂61潜はアリューシャン作戦において勇敢にもアトカ島の敵港湾に防潜網を突破して侵入、敵水上機母艦に(作中では巡洋艦)雷撃を敢行、命中させました。しかも、いったん閉じられた防潜網を艦長の機転で再度突破して湾外に脱出するという離れ業を演じました。L型随一の戦果を誇る老潜水艦の活躍!
 「疾風レイテ強襲」吉良勝秋(第5飛行集団戦闘機パイロット)
 著者は飛行時間5千時間、南太平洋からフィリピンまで死闘をくぐり抜けて生き残った陸軍戦闘機隊のエースパイロット。准尉。隼、四式戦を駆ってB24,B17,P38,P39などと激闘をくりひろげた貴重な記録です。
 「魔の海ガ島補給戦」小池英策(第19駆逐隊司令部付)
 昭和17年から昭和18年までガ島強行輸送に従事した第19駆逐隊の戦記。著者は司令部付庶務部将校で、主に乗艦していたのは駆逐艦浦波です。駆逐艦の墓場といわれるソロモンで強行輸送22回成功のガ島出撃回数レコードホルダー。アメリカ哨戒艦艇(作中では米輸送駆逐艦リトル、グレゴリー)との戦闘や、毎度毎度の対空戦闘の記述は迫真。第三次ソロモン海戦で戦艦を含む敵艦隊に突入孤軍奮闘した駆逐艦綾波の記事もあり。
 「空母戦爆隊の突撃」東富士喜(653空搭乗員)
 開戦時飛龍の艦攻パイロットだった著者は、戦闘の激化に伴い胴下に250キロ爆弾を吊った零戦戦闘爆撃機のパイロットに転身。艦攻から零戦への転身、初めて聞きました。マリアナ沖では空母龍鳳(45機中零戦・零戦戦爆)から出撃して初撃墜を記録、捷一号作戦では最後の正規空母瑞鶴の甲板から飛び立ち、敵艦隊に迫りながら死地を突破、生き残りました。
 「マルレイ敗れたり」西村友憲(海上特別挺身隊隊員)
 沖縄の米軍上陸に備えて配置された陸軍の特攻挺身隊の記録。マルレイは敵艦に体当たりする特攻モーターボートです。海軍の震洋みたいなものです。著者は海岸に迫った敵艦隊に突入を敢行しますが、失敗。死地を脱して陸兵として沖縄の地獄戦を戦い抜きました。終戦後の8月24日に少女ひとりと洞窟で救助されています。
 「強襲雷撃戦」桜井秋治(705空搭乗員)
 著者は、開戦以来の老練搭乗員が多くラバウル陸攻隊唯一の夜間爆撃隊として奮闘した美幌空(701空)のベテラン偵察員。当初、96式陸攻でラバウルに進出しましたが、ライターと揶揄された一式陸攻と違って96式は燃えないからと期待されたそうです。著者はそんなことない96式だってライターだと反論しています。激戦だったレンドバ島沖雷撃戦に出撃、雷撃後命からがら不時着して原住民に殺されそうになりましたが、生き残っています。
 「海底をのし歩く必中機雷」清水登(海軍横須賀工作学校研究員)
 昭和20年1月、横須賀の工作学校の研究員だった著者は、軽便潜水器を考案製作せよとの命令を受けます。当初それは敵航空機が内地の港湾にばらまく機雷を人力で掃海するための器具でしたが、余談を許さぬ戦況によりそれは海軍特攻兵器伏龍として生まれ変わったのです。潜水具を着た人間が15キロの炸薬に約7メートルの竹竿のついた棒機雷で、敵上陸舟艇の舟底を突くのです。著者は伏龍の考案だけでなく演習にも参加してその真相を知りぬいた人物でした。幸運にも伏龍の出撃の機会はありませんでした。
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 「燃ゆるマニラ」宮沢宝一郎(軽巡木曽防空指揮官)
 著者は軽巡木曽の対空機銃指揮官。海兵73期。木曽は捷一号作戦直後、傷ついてブルネー湾に停泊していたレイテ殴り込みの生き残り艦艇への補給のため、空母隼鷹と駆逐艦3隻とともに派遣されました。これはまったく初耳でした。駆逐艦秋風は敵潜に撃沈されましたが補給は成功し、さあ内地に帰れるかというところで木曽には待ったがかかり、このまま水雷戦隊の旗艦としてレイテに突入するよう命令が下ります。やむなくマニラ港外に停泊した木曽でしたが、19年11月13,14の二日にわたる執拗な空襲でついに着底擱座、廃艦しました。艦を捨てた著者ら生き残りは陸戦隊となってマニラを死守すべく死闘を繰り広げますが・・・

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「飛族」村田喜代子

 第55回(2019年度)谷崎潤一郎賞受賞作です。
 作者の村田喜代子さんは芥川賞作家でもあります。

 簡単にあらすじ。
 物語の舞台は、おそらく五島列島の端っこくらい、日本の国境線近くに浮かぶ架空の島・養生島。
 かつては漁業で栄えたこの島だが、今はもと海女の老女がふたりぼっちで暮らしている。
 ふたりの老女は、鯵坂イオ92歳と、金谷ソメ子88歳。
 イオの娘で、大分の山間部に嫁いだウミ子(65歳)は、子供が独立し夫にも先立たれたのを機に、本土へイオを連れて帰るべく、島を訪れる。しかし、イオは頑なにウミ子の申し出を拒み続ける。
 高校に入学してから本土に住み続け、たまに島に帰ってくるだけだったウミ子は、改めて島に暮らしてみると、様々な問題、風習を島が抱えていることに気付く。週に一回の定期船に生活必需品を頼り、雨水を貯めて自給自足の生活、そんな日々をイオは悩みもない安穏な暮らしだという。
 しかし現実には、国境線なき海上を不気味に忍び寄る外国の密猟者の船団も存在しているのだった。

 恥ずかしながら、村田沙耶香さんの書いたものと間違えて読んでしまいました。
 それは読む前に気付いたのですが、高名な文学賞受賞作それも最近ということで、躊躇なくそのまま読みました。
 結果、読んでよかったと思います。
 まあ、文学作品ということで、エンタメのような面白さはありませんが、上質なドキュメンタリー映画を観たような感じですね。
 舞台の養生島は架空の島ですが、長崎県の五島列島に属する国境沿いにあると思われます。
 たったひとりでも人が住んでいれば、そこにはインフラが必要です。
 生活を支える定期船の費用は年間で何千万にもなります。
 通常ならば、最寄りの大きい島か本土に移り住んで欲しいと行政は考えるはずです。
 しかしそれでも、無人島になるよりはマシだという考え方もあるのです。
 なぜなら、人が住んでいるということは、密航者への抑止力になるからです。
 「わしは島に突き刺ささった生きた棒杭じゃ」というイオの言葉がありました。
 年老いた島人にために巡回する行政、それはすなわち他国からのちょっかいを巡視していることにも繋がるのです。
 まったく国境に関係のない場所に住んでいる私は、本作を読むまでは、こうしたことに気付きもしませんでした。
 役場の鴫という青年が、ここの役所は小さな政府のようだと言っていましたが、そうした意識と機能があるのでしょう。
 
 そしてもちろん、文学としても見事なものでしたね。
 なかでも海女の潜る海中のシーンは美しかったです。高所恐怖症、とはね。
 あとひとつ、物語の重要なテーマに「鳥」がありました。
 25年前、シケで遭難したままになっているイオの夫でウミ子の父である功郎は鳥になったのでしょうか。
 ふたりの老女は鳥が羽ばたくような不思議な舞い踊りをします。
 物語の最後のほうにちょっとしたオチがあって、島の反対側の墓地でソメ子がモノ憑きになった場面がありました。
 あれは擬態でしたね。
 つまり、信仰と現実は違うということだと思います。
 信仰と現実。虚構と実像。このふたつの柱で構成された作品でした。
 みなさんは、どちらが幸せでしょうか?



 

 
 
 

「長く高い壁」浅田次郎

 もしやこの戦争には、大義がないのではなかろうか。
 あるいは戦いながら、大義を探しているのではあるまいか。
 大義どころか、戦う理由がわからない。
 張作霖爆殺も柳条湖の鉄道爆破も、関東軍の謀略である。
 盧溝橋の一発が支那事変の発端になるはずがない。
 満州はともかく、長城を越えてまで戦争をする必要はない。
 要するに日本は、わけのわからぬ戦争をしている。
 そんな戦争の中で日本軍は軍隊としての正体をなくしたのだ。

 


 すっかり文豪になられた、浅田次郎さんのミステリー戦記小説。
 ま、ミステリーはともかくとして、得意分野ですね。舞台は大陸、キャラは軍人、時代は昭和ということで。
 好きですよね、この方は兵隊さんが。
 簡単にあらすじ。
 従軍作家として北京に在留している人気探偵小説家の小柳逸馬は急遽、帝大出身の校閲班長、川津中尉と共に、軍司令部の機密事項に属する案件で、万里の長城の一角である張飛嶺に赴くことになった。
 方面軍参謀長の肝いりである。なにやら現地の憲兵隊の手に負えぬ重大事件が発生したらしいのだ。
 張飛嶺は、満蒙と河北を結ぶ要路にある。北京から半日かけて最寄りの憲兵隊の駐在する密雲に到着し、さらに険しい山道を登っていったその先には、驚くべき光景が広がっていた。
 張飛嶺守備隊の一個分隊にあたる十名の兵隊が、分隊長戸田見習士官以下全員血の一滴も流さず死亡していたのだ。
 小柳は毒殺を疑った。では一体誰が?
 現場には日章旗が翻り、勝てば必ず日章旗を焼き討ちする匪賊(抗日ゲリラ)の仕業ではないと思われる。
 それでは身内の守備隊のなかに実行犯がいるのだろうか。軍規の厳しい日本軍にそのようなことがありえるのか?
 小柳と川津は、現地憲兵隊の先任下士官である小田島曹長と共に、事件の推理を開始する・・・

 240ページあたりで「ああ、そういうことなのかな」と真相が推測できました。
 いささか強引な気味はありますが、いかにも浅田次郎の好む筋書きだったと思います。
 物語だけではなく、背景といいますか、日本と支那との戦争(当時の日本に言わせれば宣戦布告がないため何十万の兵隊を動員しても戦争ではなくて事変)を捉えていると、ストーリー自体に奥行きがでてくると思います。
 実際に、南京を落としても武漢を落としても支那は降伏などせず、結局、日本軍は面ではなく点を占領していただけです。
 中国は広大です。そこに無理やり攻め入っている日本軍は、次第に腐ってくるわけですよ。
 補充兵の質はどんどん落ちる、しかもこの勝ち方のわからない戦争に大義がないことが明らかになってきますから。
 戦争中ですから、戸田見習士官のような所業も各地であったことでしょう。
 敵という名の人の命を奪い、またみずからもいつ殺されるかわからない戦場における正義とはいったいなんでしょうね。
 難しい問題ですね。つくづく、この時代に生まれまくてよかったと思います。
 もし生まれていたら、海野伍長になれたでしょうか、それとも・・・