第二級活字中毒者の遊読記

酒の肴は一冊の本。旅の友も一冊の本。活字中毒者の書評と読書感想文。

「急降下爆撃隊」江間保・高橋定・水越良一ほか

 海軍艦上爆撃機搭乗員による戦記集。7篇。二段組なので長いです。
 珍しいのは、九九艦爆の鬼・江間保の戦記が入っていること。
 私は初めて目にしました。
 それを読んで、零戦隊長宮野善次郎大尉や特攻の関大尉の本にあったエピソードは、本書が元になっているのだなと知りました。

 急降下爆撃というのは、高速で急転舵して逃げ回る艦船、陸上の精密を必要とする小さい目標を攻撃する場合に適用される海軍独特の爆撃法のことで、海軍の九九式や彗星、銀河などが有名な機体ですね。
 厳密に言うと、45度以上の降下角度で、急降下爆撃照準器という特殊機材を使用し、爆弾投下高度、投下時の飛行機の対気速力、投下点の風向風速、敵艦の針路速力の要素を調整して行います。
 実際のやり方は、目標と水平距離30カイリで、飛行高度約8000メートルから30度ないし20度もゆるい降下角度で、エンジン全馬力で急速に敵に接近し、高度約3000メートルないし2500メートルから、降下角度45度ないし70度で敵に向かってダイビングして、800メートルないし600メートルで爆弾を投下するのが、標準だそうです。
 爆弾を投下して引き起こすときに、急激にGがかかるので搭乗員は一瞬、目の前が真っ暗になる(ブラックアウト)話は様々なところで記載されていますね。ものすごく危険で、搭乗員の体に負担がかかる攻撃方法です。

「空母瑞鶴艦爆隊の出撃」高橋定(瑞鶴艦爆隊長・中佐・海兵61)
 昭和17年10月27日の南太平洋海戦出撃の模様。著者は出撃後、グラマンに右翼タンクを撃ち抜かれ、海上に不時着しました。運良く油槽船玄洋丸に救助され、1週間後にトラック島に帰り着きましたが、停泊している瑞鶴の甲板では、著者らの葬儀が今にも始まる寸前だったそうです。
「空母翔鶴艦爆隊の出撃」有馬敬一(翔鶴艦爆隊分隊長・少佐・海兵64)
 著者は幹部偵察員。昭和17年8月24日の第二次ソロモン航空戦でエンタープライズを爆撃、南太平洋海戦でホーネットを爆撃した模様。
「銀河飛行隊の戦闘」鈴木瞭吾郎(大尉・海兵68)
 長らく内地で教官をしていた著者が第一線に出たのは、昭和19年3月でした。銀河爆撃隊の指揮官として。
 遅咲きですが、そこからは獅子奮迅の活躍。台湾沖航空戦では、戦端を開く索敵に出撃。敵機動部隊の輪形陣の真ん中を突破します。以後フィリピンになってレイテ湾攻撃、銀河特攻隊草薙隊指揮官、昭和20年3月には攻撃501飛行隊として沖縄戦を戦い抜きました。
「ダッチハーバー攻撃」阿部善次(隼鷹分隊長・少佐・海兵64)
 例のダッチハーバー三回連続出撃の模様(艦爆隊長の戦訓)。こちらが本名です。3回目の出撃のときの搭乗員割が載せられていて、山川新作や小瀬本国雄らの歴戦の艦爆搭乗員の名前もあります。
「命中」山川新作(隼鷹艦爆隊操縦員・兵曹長)
 昭和17年6月4日のミッドウエー陽動ダッチハーバー攻撃の模様を、第三回目の攻撃に出撃した著者の観点から書かれていて貴重ですね。阿部善次さんと一緒に出撃して離れ離れになり、単機で生還しています。著者は予定の集合地点に遅れたそうで、なぜ1機も味方がいなかったかというと、すでに敵戦闘機にやられていたのです。著者も帰投中、カーチス戦闘機7機に襲われましたが、尾関兵曹長ら2機の零戦が突如現れ、カーチスを全機叩き落として奇跡的に助かりました。
「空母艦爆隊突撃記」水越良一(瑞鶴・601空・少尉・39期偵察練習生)
 著者は歴戦の艦爆偵察員。旋回機銃は当たらぬものとすべて曳光弾ばかり給弾してもっぱら脅しに使っていたそうです。艦爆の攻撃法が犠牲の大きい単縦陣突撃法から斜めに広がって爆撃間隔を短くして対空射撃を散らす方式に変化したことなども書かれており、私は初見でした。さらには、母艦航空隊がラバウルに集結した「い号作戦」「ろ号作戦」の実体験談は大変貴重かと思います。その悲惨な消耗具合がうかがいしれます。
「九九艦爆と共に」江間保(701飛行長・少佐・海兵63)
 宮野善次郎大尉や関大尉とのエピソードもさることながら、珊瑚海海戦の模様は詳細にして一読価値ありですね。
 運命の5月7日。著者ら瑞鶴艦爆隊は索敵の誤認により油槽船ネオショーを爆撃後、夜間帰投中にあろうことか、敵空母を味方母艦と間違えて着艦しようとしました!太平洋戦争史の有名なエピソードなのですが、実際にその場面にいた方の言うことを読んだのは初めてです。どうやら翔鶴艦爆隊の高橋少佐が「着艦ヨロシキヤ」と信号を送ったところ、向こうも信号を送ってきてそれを高橋少佐が勘違いしたのが真相のようですね。
 

 
 
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「幸せな裏方」藤井青銅

 藤井青銅。
 いったいどれだけの方が、この人の名前を知っているでしょうか?
 
 第1回の星新一ショートショート・コンテストに入選したことをきっかけとし、ラジオドラマの脚本を書くようになり、さらにバラエティ番組の台本にも足を踏み入れ、脚本家・放送作家と呼ばれるようになりました。
 やがてステージの構成作家、歌の作詞、腹話術師いっこく堂などタレントのプロデュースや落語の脚本、企画本まで手がけるようになった、縁の下の力持ち、業界では有名なエンターテインメント・プロデューサーです、この方。
 本人曰く、仕事に一貫性がない(笑)
 まあ確かに(-_-;)
 でもまあ、けっして表には出ませんが、基本は人を楽しませる、愉快にさせることの専門職ということでしょうね。

 私がこの方を知ったのは、オードリーのオールナイトニッポン。
 ずっと番組に構成作家として付き添っています。
 オードリーがまったく無名のときに、若林のフリートークの才能に目をつけ、「オードリー若林のフリートークキング」というラジオ番組を、あれどこだっけ? ラジオニッポンだったかな? でプロデュースしました。
 いまではけっこう、若林に放送でいじられていますよね。
 番組の新年会のとき、もんじゃ焼きのヘラで叩いてやろうかと思ったて言われてましたから。
 たまにブースに入ってくるときもあります。
 そんなときは、自身が書いた企画本の宣伝をするとき。
 本書でも紹介されていますが、うなぎパイなど全国の変わったパイお菓子を食べ歩いて研究した「ゆるパイ図鑑」が番組で紹介されたときは、私もリアルタイムで聴いていました。
 それかぎり忘れていましたが、結果として肝心の本は売れなかったそうですが、ゆるパイの様々なイベントに波及して、メディアミックスのほうでは大成功したそうです。
 この方、こんなのばかりです。
 本はほとんど売れていないと思うのですが、その着想というか企画がすごくて、たとえば小説のようなひとつの物語ではなく、構想がこの方の売り物です。それで成功しているんです。
 私もラジオコンテストみたいなのに応募しようと頭をひねったことがありますが、数分数秒のものでも難しいですよねえ。
 ましてやそれを、ほとんど時間のない中で仕上げなくちゃならないなんて、才能がなければ絶対無理。
 努力だけでは無理な世界です。

 しかしまあ、本書が面白いかというと私にはサッパリ。
 本が売れない理由がわかりますわ。
 まあ、登場してくる方たちが時代が古すぎて私にはわからないというのもありますけど……
 古舘伊知郎、長渕剛あたりがせいいっぱい(*^^*)
 でもなんかエピソード自体が、自己満足といいますか、面白くないんですよねー。
 ただひとつ、ためになったのは、著者がホテルに缶詰じゃなくて館詰されて、時間が限られた中、小説を一気に書き上げたときに感じたという、「文章をちゃんと整えると気迫が消える」というエピソード。
 うまくしようとすると、そこで作家個人の特性が消えてしまうということなんでしょうけど、これはとても勉強になりました。
 整えようとすることはない、少々乱れた個性がそのまま勢いとなって、作品に力を与えるのです。


 
 
 
 
 

「おしまいの日」新井素子

 仕事一筋の最愛の夫の帰りを待つ妻の心がだんだん壊れていく……
 異色の作家によるサイコ・サスペンス。
 読んでるうちにこっちも狂いそう。
 1992年刊行。

 あらすじ。
 坂田忠春34歳と三津子30歳の夫婦は結婚して7年。
 忠春は大手企業の最年少課長で出世頭。朝早く出勤し残業接待で夜は遅く、休日出勤もいとわない。
 三津子は専業主婦。子供はまだできないので、いつ帰ってくるかわからない夫の帰りをひとりでじっと待つ日々。
 夫婦仲は悪くない。喧嘩したこともない。
 三津子はもともと他人にすっぽりと頼りきってしまう人間で、結婚して以来、忠春が甘えさせてくれるので、より一層、完璧に忠春に寄りかかってしまい、外界との接触がまったくない。
 三津子は、さみしさ、気の狂いそうなほどさみしいという感情を抑圧していた。
 しかし、最愛の夫がほとんど起きた状態で家にいない(たまの休日はずっと寝ている)、ほとんど会話すらない生活に、だんだんと押し殺していた正常な精神をなくしていく。
 そしてさみしさのあまり世話をしていた近所の捨て猫が急にいなくなったことを境にして、正気は決壊してしまう。
 12年ぶりに偶然再会した旧友の久美はそんな三津子を救おうと奔走するのだが……

 なんとも言いようがない話でしたね。
 1992年の小説ということで、その時代の会社人間の雰囲気がよく出ていると思います。
 新井素子というとラノベのイメージしかありませんが、こういうのも書けたわけです。
 異色という言葉が当たると思います。
 彼女だからこそできた表現もあっただろうと思います。
 ただ、三津子の日記ですね、あれは全部読んでいたらこっちまで頭がおかしくなりそうで辛かったです。
 白い虫が出てくる頃からは、とても読み物ではありません。
 今読んでもそう思うので、当時は衝撃だったのではないでしょうか。
 まったく存在を知りませんでしたけど(-_-;)
 そして、こういう無残な話でありながら、ラストの三津子の手紙には思わずホロッとさせられました。
 この趣向はおそらく当時の作者が新婚だったことも関係しているのではないでしょうかね。

 どこからおかしくなったのでしょうね、彼女は。
 おそらく「にゃおん」は、三津子が殺してしまったのでしょうね。
 ネズミを咥えてきて、その気色悪さに思わず忠春のゴルフクラブで殴ってしまった。
 あのリアルな表現はけっして夢ではないでしょう。そして庭の木のところに埋めた。
 これを機に、彼女の精神は加速度的に決壊していったと考えられます。
 一方で、にゃおんを殺すくらいだから、その時点ですでにおかしくなっていたとも考えられます。
 ラストの手紙を読む限りでは、自分で日記に書いていたほど狂ってはいないようにも見え、むしろ狂気を大げさに装っていたのではないかとも思いましたが、ついに失踪してしまった三津子が、とても子供を育てられたとはやはり思えません。
 どこでどうしていたのでしょうか。
 作者による作品の余韻を踏みにじるような脳天気なあとがきを読むと、そこらへんのことはまったく考えられていないようで、あの日を限りにすべては「おしまいの日」だったようですね。


 
 
 

「夜は一緒に散歩しよ」黒史郎

 夜の11時。
 決まってこの時間だった。
 千秋はそれまでぐっすり寝ていても、時間になると起きてくる。
 夜の散歩のために目を覚ます。
 夜の11時に、卓郎の腕を引っ張って「行こう、行こう」とせがむ。
 行き先は町を縦断する真っ黒な川。楽しい夜の散歩……


 第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞受賞作。
 2007年刊行の本です。
 名だたる審査員の選評も読みましたが、第1回目ということもあってか、ろくなことを言っていません。
 とにかく一番雰囲気があって、怖くて、これから活躍しそうな人を選んだという感じ。
 うーん。
 それほど面白くはなかったですねえ。
 物語の構成としての怖さはありませんでした。後付けみたいなオチもどうかなあ。
 少なくともミステリーとしては失格だと思いますよ。でも怪談ですから、とにかく怖けりゃなんでもありですかね。
 おそらくこの作品が選ばれたのは、作中の表現の怖さがあったからだと思います。
 文章の表現力の怖さ。
 例えば冒頭の首吊りシーンなんて、めったに味わえないグロさがありました。
 そこが売りの小説だったと思います。ストレートにどぎついですよ、表現がね。
 視点の転換が一風変わっていたのも特徴です。
 ランダムにね、脇役の視点に急に変わったりしますから、面白いですよね。

 簡単にあらすじ。
 ホラー小説家横田卓郎は学生時代から付き合っていた妻の三沙子を亡くした。
 彼女は画家でもあった。真夏、三沙子は娘の千秋を抱いたまま急性心不全で事切れていた。
 彼女が死んでから1年。4歳になった幼稚園児の千秋に不思議な変化が現れた。
 色鉛筆とらくがき帳を片時も離さず、一心不乱に絵を描くようになったのだ。
 はじめのうちは、芸術家だった妻の血を受け継いだのだと喜んでいた卓郎だったが、千秋の描いた絵を見て眉をひそめる。それは、妖怪のようなものであったり血まみれの人間だったりした。奇妙で斬新という表現を通り超えた、奇々怪々なものだった。
 そして千秋はある時から、常に同じ絵を描くようになった。
 それは、青い顔の女。どこまでも落ち窪んでいる眼窩、絶叫を発しそうな口。
 まるで処刑された直後の生首のようで、顔全体が青く塗りつぶされている、不気味な女の顔……
 この絵を描くようになってから、卓郎が執筆中の息抜きに行っていた夜の散歩に、強引に千秋もついてくるようになったのだが、その理由に驚くべき真相が隠されていたことを、このときの卓郎は知らなかったのだ。

 やっぱり構成に無理があると思う。
 こんなに人が死ぬ町はおかしいし、三沙子と摩耶美に何があったにせよ、あそこを散歩するのは変だと思う。
 だいたい、摩耶美のようなキャラクターが終盤にいきなり登場してきて、こうだったのよというオチも急すぎます。
 正一の一家はかわいそうすぎるのも、気に入らない。
 里中先生の死に千秋が関わっているのは明らかなのに、いまだにのんびり小説を書いている卓郎という人間の設定も考えてみたらおかしすぎるように思います。あそこで楠本に霊能者を呼んでもらって千秋が霊能者を負かしてしまうような展開があったらメリハリがもっとついてエンタメ性が増したのではないでしょうか。
 ほんと冒頭のシーンだけで大賞をとった作品だと思いますよ。


 
 

「祝山」加門七海

 その夜、私はとてつもなく怖い夢を見て、飛び起きた。
 体が小刻みに震えていた。
 襟足に触れると、ぬるりとした寝汗が掌につく。
 暗い部屋のベッドの上で、私は周囲を見渡した。
 何もない。誰もいない。当たり前だ。が、形容しがたい濃密な“負”の気配が夢から溢れ、漂っているように思われた。


 作者自身の実体験をベースにした怪異系長編ホラー小説。
 いかにも実話ベースらしいといいますか、作られたエンタメ系の派手な怖さはありません。
 ですが、じわじわ染み込んでくるような怖さがあります。
 ですから怖いのでネタバレはしません。
 あまり触れたくはありません。
 でもどこまで本当なのか気になるところ。
 おそらくですが、誰かが死んでしまうようなことが本当に起こっていたとしたら、それはいくら脚色しても書けないと思うのですが、事故くらいはしているのかもしれませんね。
 好奇心は猫を殺す……軽はずみなことはできませんねえ。

 簡単にあらすじと解説。
 主人公は鹿角南という女性ホラー作家。まあ、彼女が加門七海のことですわ。
 彼女は“地獄の釜が開く夏”に向けて恐怖小説を執筆中なんですが、どうも調子が出ない。面白くない。
 そこに、以前知り合った知人の女性から、ちょっと話を聞いてくれないかと連絡が来ました。
 言ってみるとそれぞれ二人ずつ男女4人が待っていてくれて、どうも身の回りで変事が起きているという話。
 鹿角南は霊能者ではありませんが、多少の霊感はありました。
 彼らが言うには、心霊スポットとしてネット掲示板で有名な群馬県の製材所跡に肝試しに行ってからだとのこと。
 悪夢を見たり、心霊写真のような不可思議なものが撮れたり、性格が変わったり、傷が治らなかったり……
 肝試しなど浅はかなオカルト遊びを嫌悪する鹿角南ですが、自分の小説が行き詰まっていることもあって、彼らの詳細な話を聞いてしまったのです。ネタにならないかという気持ちで……
 しかしそれは、まさに好奇心は猫を殺すという格言を地で行くものとなりました。彼女にもそれは伝播したのです。
 禁断の山で彼らは何を見、何をしたのか!?
 はたして謎の怪異の真相とは……

 私は超常現象の類は信じないのですが、どうにも説明できない不思議なことはあると思います。
 この作品のような、あまり怪談らしいエピソードのない、一見地味な変異は実はたくさんあると思う。
 人々が気づかないだけであったりしてね。
 その正体は永久にわからないんでしょうけども。
 この作品に限って言えば、地球の構造上もともと山はそこに存在していなかったはずですから、後から入れられたもの、つまり人の死に関するものが障ったのではないかと推測できます。
 舞台自体の設定はフィクションですが、同名の山は徳島にもあるというのは実話です。