「最後の飛行艇」日辻常雄

 終戦から約3ヶ月後の昭和20年11月11日。
 13:00,私は最後の離水を開始した。
 詫間の波を蹴り、万感胸に満つ。あの戦いを、亡き友を偲びながらわが生涯で最後の二式大艇の離水である。
 翼を振りながら詫間に別れを告げた。
 実は、日本人のパイロットが、日本機で、日本の空を飛んだのはこれが最後だったのである。
 戦いに敗れたものの、ゆうゆうと飛ぶ二式大艇の偉大さをしみじみ痛感した。
 やがてこの傑作飛行艇を生んだ川西航空機(現・新明和工業)の上空にさしかかった。
 シルバー中尉が気がついて言った。
 「これが川西ですね。ずいぶん焼けてしまったのですね。しかし再興するでしょう。やがて再び世界一の飛行艇が誕生するものと信じています」


 著者の日辻常雄は海兵64期、茨城県出身。
 海軍飛行艇のエースパイロットにして、数少ない貴重な飛行艇専門幹部としても戦時中活躍された方です。
 戦後も海上自衛隊で飛行艇の育成に多大な貢献をされました。
 この方の生涯というのは、現在のインドに輸出されることになったUS-2飛行艇となって結実したとも云えるでしょう。
 戦後、米軍に引き渡すことになった二式大艇を操縦したのは、最後に残った飛行艇基地である香川県詫間空の飛行隊長だった著者(当時少佐)でした。この二式大艇はアメリカで保存されていましたが、昭和54年に日本に返還されました。
 本書刊行から約27年、著者が最後に操縦したこの機は、現在、海上自衛隊鹿屋航空基地資料館の保管されています。

 飛行艇のパイロットとして、そして飛行艇隊の幹部として活躍した著者の証言は大変貴重です。
 前に読んだ長峯五郎氏の「二式大艇空戦記」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)と合わせて読むべきです。
 全編通して圧巻の内容ですが、特に目を引く箇所は以下の5点かと思います。
 その1、特設水上機母艦「神川丸」の活躍。
 飛行学生期から大艇パイロットとして有望視されていた著者ですが、支那事変当時は水偵の操縦員でした。
 「神川丸」は支那の沿岸封鎖作戦で海上哨戒、奥地への支援攻撃に大活躍した水上機母艦で、著者は昭和15年5月に配属されました。陸軍の参謀が「陸軍機は頼りにならない。低空まで降りてこないから」と神川丸までやってきてお願いしたほど、海軍の水偵隊は決死の低空爆撃、銃撃で陸軍の進撃を支援しました。その様子が詳述されています。
 その2,ハワイ第二次攻撃。
 話には聞いていましたが、実施されていたとは知りませんでした。昭和17年3月4日、海兵60期の橋爪孝夫大尉を指揮官とした、試験段階の二式大艇2機が、潜水艦の支援を受けながら、日本軍の奇襲からの復興を急ぐ真珠湾を爆撃しました。
 その3,ツラギ飛行艇基地の壊滅。
 昭和17年8月6日、突如として連合軍に襲撃されて壊滅した、ソロモン第一線のツラギ横浜空飛行艇隊基地。
 連合軍によるガダルカナル反攻の先駆けとなった戦闘ですが、これまで読んだソロモン関連の書籍では、その実態はわかりませんでした。本書では、生き残ったツラギ基地の宮川整備兵長の証言から、どのようにして飛行艇隊が襲われたのか、その経過を知ることが出来ました。
 これも著者が飛行艇を専門とする人間であったからで、本書を読む上でこれは資料的に一番貴重だったかもしれません。
 その4,飛行艇への電探(レーダー)実装。
 消耗する機材を補給するために内地に帰った著者の元に現れたのは、レーダーの大家、有坂磐雄中佐。
 まだ試験が完了していなかった試作品の電探(のちの三式空六号)を急遽、九七式大艇に実装することになります。
 有坂中佐はそのままソロモンまで便乗、著者の機は初めて電探で敵艦隊を捕捉して打電した第一号となりました。
 以後、レーダーは飛行艇を主として実装され、夜間索敵に活躍することになります。
 その5,梓特別攻撃隊。
 これは長峯五郎さんの著者と関連する意味で、非常に興味深い内容になっています。
 著者は、部下であった長峯氏の著作を読んでいます。長峯さんの著作でも著者のことは書かれていますが、信頼し合う上下関係であったようです。とはいえ、特攻を命じる側と命じられる側、その苦悩の内容の違いが、本書を読むことによってよくわかりました。梓隊の行動についても、長峯氏の「二式大艇空戦記」とはまた違う証言が載せられており、刮目いたしました。

 取り立てては以上の五点ですが、
 常に華々しい攻撃隊のかげにあって作戦の捨て石的存在であり、労多くして報われることの少ない索敵行、戦闘機搭乗員の救難、開戦後実施された被害ばかりの飛行艇による雷撃など、南溟の空に北海の海に、黙々と大任を果たし散華していった海軍飛行艇隊の鎮魂歌として、支那事変以来392回の戦闘飛行を誇る著者によるこの「飛行艇戦記」は真の太平洋戦争を知る上で避けて通ることのできない一冊であると思われます。


 
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