「百年文庫 日」尾崎一雄・高見順・ラム

 ドローンが飛ぼうがアップルウォッチが出ようが、たとえ時代は大きく変わっても地球にとっての「日」は変わりません。それは、地球上のどの時系列であろうと生きている人間にとって平等に刻まれていくものであるはずです。
 1日24時間は同じですから光速に関係なく、物理的に相対的なものではないはずですね。
 しかし、その「日」は過ごしている人間の主観によって、人間の総人口ほどの感じ方の違いがあるのです。
 あなたにとっては最悪の一日でも、彼にとっては人生最高の一日だったかもしれません。
 「日」はそれを過ごしている人間にとって、それぞれに違うものなのです。
 こんなこと、本書を読むまでは考えてもみませんでした。当たり前過ぎてわかりません。
 わたしたちにとって平等なはずの「日」とは、いったい我々の何なのでしょうね。
 真っ白なキャンバスですか、あるいはベルトコンベアみたいに我々を運んでいるだけのものでしょうか。
 時間じゃありません、「日」ですからね。時間は割り切れませんが、「日」は割りきれて1年経つと歳をひとつ重ねます。
 百年文庫No.38のテーマは『日』。
 当たり前過ぎて考えもしなかったことを、振り返ることができる一冊に仕上がっています。
 
「華燭の日」尾崎一雄(1899~1983)
 娘の結婚式が近づくにつれ、妙にせかせかし出した緒方。32歳のときに生まれた初枝は23歳になった。
 床を並べて眠るのも今夜限りだ。“さようなら”の1日が始まる。
「痩せた雄鶏」
 全くの病人であり、4年間も寝たきりの小説書き・緒方昌吉。31才の時に再婚した今の妻とも16,7年暮らして、妻は36歳になった。次女の貞子が8つ、長女の初枝は17歳だ。天然ボケ(原文は天然記念物的面白み)だった妻は生活の現実味が増したが、いまだ緒方が効いているラジオのクラシックを突然止めたりと、その心を何が刺激しているのか理解不明な面もある。しかし、家族だけが変わっているのではない。他ならぬ緒方こそ痩せた雄鶏ではないが、夫として父として日々成長しているのである。
 ふたつとも私小説ですね。前者は人生のターニングポイントとしての「日」、後者はもっと穏やかな流れでの変化を綴った「日々」というところだと思います。

「草のいのちを」高見順(1907~1965)
 戦後まもなく。上海で知り合った内瀬が帰ってきたと聞き、家を訪問する倉橋。
 肝心の内瀬本人は外出していなかったが、世話になった奥さんの進めるがまま、大勢でごちそうをいただく。
 上海では新聞社に勤めていた内瀬だが、いま奥さんは進駐軍相手の土産物屋をしている。
 奥さんの妹は舞台女優を目指しており、相談にのってやってくれという。
 結局その日は会えなかったが、貴重品のブランデーを片手に再び訪れると、はたして内瀬は熱を出して寝ていた。
 彼の弟もいた。弟は特攻隊崩れでいまだ精神が混乱しており、暴力をふるうという。
 ここでの「日」は、日本の戦争が終ったという一大転換点としての「日」でしょうね。
 女優を目指す女性の登場はまさに平和を実感する出来事でしょう。そして感動的な草の詩は、生きてさえいれば誰にでも平等に「日」は訪れるということ、つまり「日」こそ命そのものであるというメタファーだと思われます。


「年金生活者」ラム(1775~1834)
 商売には不向きの私。計算違いとか、帳簿への誤記とか、その類のありもせぬ恐怖のために昼間の勤めのほかに、一晩夢の中でまた勤めを繰り返した。私は、わたし自身が事務机となり、机が私の魂の中に食い込んでいたのであった。
 そんな不毛のサラリーマン生活が30数年続いた50歳の私に、思わぬ素晴らしい恩典が与えられた!
 重役たちが、従前のサラリーの3分の2の終身年金を保証してくれて、私は退職したのである。
 永遠に家に帰った私は、最初こそ長年監獄に囚われていた囚人は釈放されたかのように、ぼんやりと気抜けした幸福なのか幸福でないのかわからない日々を送っていた。そして歩き回った。自由を謳歌し、隠士然とした穏やかな瞑想生活の境地に入れたのである。私は50年生きていたが、自分のためにではなく他人のために生きた時間を差し引くとまだまだ若僧である。人間は働いている間は、自分の本質から離れているのだ。
「古陶器」
 白い下地に青い絵具で模様を描いている中国のツボがあるでしょう? それをイメージすればいいかと思います。
 ツボの説明をする相手はなぜか従妹ですが、この従妹がいきなり「昔はよかった。ほどほどに貧乏だった昔は、金持ちになってなんでも買える今よりどれだけ楽しかったことか」と振り返ります。
 ラムはイギリスの随筆家です。
 前作の年金の話もそうですが、ここでの「日」は昔と今の生活の転換という意味かと思われます。
 余談ですが、ほどほどに貧乏なのが一番生活に張りがあって楽しいというのは同感ですなあ。
 値打ちというんですかね、インフレでもデフレでもなくて自分の中のお金の価値観は持っているお金の量によって変化するのでしょうが、買い物が一番楽しいのは貧乏でもなく金持ちでもないほどほどの懐具合のときだと思います。
 なんか森博嗣のエッセイを思い出したね。
 人間は働いている間は、自分の本質から離れているというのは確実だと思いますよ。どれだけ仕事が楽しくともねえ。



 
 
 
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