「天地雷動」伊東潤

 天正3年(1575)5月21日に起きた長篠合戦。
 この戦いで武田勝頼軍は、織田・徳川連合軍に対して、戦史にもまれな大惨敗を喫しました。
 甲斐のカリスマ・武田信玄が死してより約3年。
 風林火山の旗指物たなびき、戦国最強と謳われた甲軍は、如何にして敗れたのか。
 また、それまでの生涯の大部分を信玄に悩まされ続けてきた徳川家康、天下を統一するためには武田軍との決戦が逃れられない織田信長、そして信長の意向を汲んで対甲軍の必勝戦法を編み出すべく奮起する羽柴秀吉ら、戦国を彩るスターたちは、いかにして長篠までの道を辿ったのか。
 現在、国内最強との呼び声も高い歴史小説家・伊東潤が捉えた、歴史雷動の瞬間。
 そのとき、歴史は動いた(*^_^*)

 武田信玄が亡くなったのは、元亀4年(1572)4月12日と云われています。
 残したものは甲斐・信濃・駿河3カ国と飛騨・上野・遠江・美濃の一部合計130万石の版図と、3万4千余の兵。
 そして遺言が3つ。
 「3年のあいだ、我が死を隠せ(3年秘喪)」
 「3年のあいだ、戦を深く慎め(3年不戦)」
 「武田の名跡は、勝頼の子の信勝が16歳になったら継がせるものとし、その陣代を勝頼に申し付ける」
 しかし、信勝はこのときわずか7歳であったために、勝頼は自らが信玄の跡を継ぎました。
 己が当主にならなければ、武田家は分裂崩壊してしまうと思ったのです。
 当然のごとく、神のような存在であった信玄の遺言に逆らうとはと、これまで甲軍を支えてきた宿将らは反発します。
 特に、宿老筆頭格で“赤備え”で名高い山県昌景45歳、宿老最上席の内藤昌秀52歳、そして馬場信春60歳の武田家の軍配を預かる3人衆は、けっして勝頼の意のままになることはありませんでした。
 当初諏訪家を継いでおり、上の兄3人が様々な理由から後継者候補から脱落したため、偶然にお鉢が回ってきた勝頼は、すでに長坂釣閑ら独自の幕僚を抱えていましたが、この腹心らと武田家宿将らの仲も最悪でした。
 勝頼は、信長や家康と戦う前に、家中とも戦わねばならなかったのです。
 それだけに、偉大な父を超えて己を認めさせねばならない勝頼のプレッシャーは相当なものだったでしょう。
 長篠の大惨敗の遠因は、このときにすでに芽生えていたのですね。
 とはいえ、勝頼は生半な武将ではありません。さすがに父の血を引いた猛将です。
 信玄でさえ手を付けなかった、徳川家東遠江の要衝・高天神城の奪取に成功するのです。

 一方、対する織田・徳川方。
 領内をかき回され、始終後手に回っている家康はともかく、信長には、勝頼を倒すための秘策がありました。
 鉄砲です。
 もちろん、物語に下伊那の御印判衆(惣百姓)の鉄砲隊が出てくるように、武田にとっても鉄砲は戦闘に不可欠のものでした。長篠の戦いというと、鉄砲を卑下した武田の騎馬隊が突撃して織田の新式の鉄砲隊に惨敗したというイメージがありますが、この小説を読んでいるかぎりそんなことはありません。
 信長が秀吉に命じたことは、3千張の鉄砲と、3千斤から5千斤の玉薬、60万発以上の玉を手に入れること。
 これがどれだけ無茶苦茶な要求であるか、読めばわかります。
 この頃の鉄砲は粗悪な輸入中古品が大半でしたが、秀吉は堺の職人の手による完成品を、さらに近代工場の走りのように部品部品の分業制にして勝頼との決戦に間に合わせ、これも輸入が大半であった玉薬の原料となる硝石ですが、国内で作られているぶんは織田のものとして差し押さえました。
 具体的には、飛騨の姉小路領で本願寺が研究生産していたものです。
 さらに姉小路家の織田への鞍替えをもって、武田家へと収められるぶんの玉薬をストップさせました。
 これによって、武田軍は深刻な玉薬不足に陥り、戦を急ぐことによって自壊の道を辿ることになるのです。
 そして長篠合戦といえば忘れてならない、鉄砲の三段撃ち。
 いくら職人の作る鉄砲の数が間に合っても、鉄砲を撃つほうの人間はそんな急に育ちません。
 当たらなくてもいい、騎馬隊の突撃に対して弾幕を張る。そして3人の射手が交代で落ち着いて斉射すること。
 この新戦法によって、戦国時代の華・甲軍の騎馬突撃は息の根を止められたのでした。

 少し感想。
 勝頼、信長、家康、秀吉、そして宮下帯刀の、5人の人間の生き様の対称が面白い本です。
 あえていうなら、そこに織田家の鉄砲を司る橋本一把も加えていいかもしれません。
 人には人の生き方がありますね。価値観というべきですか。
 しかし、家康というひとが天下を獲れたのは、奇跡だったなあ・・・と思いました。我慢、だけではね。



 
 
 
 
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