「池田屋乱刃」伊東潤

 これはなかなかの良作かと思います。

 風雲急を告げる幕末、元治元年(1864)6月5日。祇園祭の宵々山で賑わう京の街。
 三条木屋町の旅館・池田屋で寄合をしていた尊攘派志士たちを、会津藩配下の治安組織新撰組が急きょ襲撃しました。志士たちは約20名、建物に踏み込んだ新撰組は局長近藤勇以下4名。これが世に云う“池田屋事件”です。
 数的不利を物ともせず、この事件は新撰組の活躍で幕府側の圧倒的勝利に終わりましたが、壬生浪と蔑まれていた新撰組はその名を一気に天下に高らしめた一方、尊攘志士側は指導者的立場であった宮部鼎蔵ら維新回天の原動力となるべき逸材が多数死亡し、「明治維新が数年遅れた」とまで云われています。
 でもね、この「池田屋事件」のことを、どれだけの方が詳しく知っているでしょうか。
 切り込んだ沖田総司が血を吐いたことなど新撰組側からの視点はともかく、池田屋で寄合をもって急襲された志士側のことは、ほとんどの方が知らないんじゃないでしょうか。私が知っていたのは宮部鼎蔵という名前だけです。
 志士側には、どんな人間がいたのか。そして、そもそもこの寄合は何のために行われたのか。
 寄合を決めたという桂小五郎は、この事件にどのように絡んでいたのか。
 常説では、桂小五郎は池田屋に行ってみたが、まだ人が集まっていなかったので、いったん対馬藩邸に寄ったために襲撃から免れた、ということになっていますが、それは真実なのか。
 史実を根底に、知られざる池田屋事件の可能性を追う、作者渾身の5連作歴史ロマン・ミステリー。

「二心なし」
 食い詰めた伊予松山藩・中間の福岡裕次郎は、死のうとさまよっていたところを夜鷹のお吟に救われた。そのままお吟と暮らし始めた裕次郎は、彼女の勧めもあり、新撰組の入隊考試を受ける。自信のあった剣術はまったく通用しなかったが、全藩挙げての佐幕派である伊予松山出身ということが重宝し、土方歳三の命を受けて尊攘派に潜入し、新撰組の間者となった。三条家家士の丹羽正雄の用人となった裕次郎は、知らぬ間に政局の中心に放り出される。そして、己の損得勘定抜きで命を捨てて奔走する志士たちの情熱に、スパイでありながら、ほだされてしまうのだが・・・
 新撰組側の死亡者のひとりである奥沢栄助を絡めたラストは、脚色ながらも秀逸だったと思います。

「士は志なり」
 「自分らが帰ってこなかったら、龍馬には京を通らずに長州に行けと伝えよ」と言い残し、池田屋の寄合に出掛けた北添佶摩。土佐勤王党だった佶摩は、土佐藩江戸屋敷で龍馬に感化され、28歳で脱藩、蝦夷地海防の重要性を説き、彦根藩探査行や高野山遊説で名を馳せた、優秀な志士だった。長州藩の諜報網に一翼である桝屋こと古高俊太郎が捕縛され、事後の対策を協議するため、佶摩は宮部鼎蔵から池田屋に呼び出される。
 桝屋の土蔵には、中川宮邸に砲火するため、佶摩らが集めた武器弾薬が貯蔵してあった。
 土佐藩脱藩の北添佶摩は、池田屋事件で倒れた志士のひとりですが、初めて名前を知りました。

「及ばざる人」
 宮部鼎蔵は、豊臣秀吉の家臣として活躍した宮部継潤を祖とし、熊本藩兵学師範を務めた名門の出である。
 のちに140日間の奥州探査旅行を共にする、吉田松陰との出会いが彼の運命を大きく変えた。維新回天のために宮部は東奔西走し、文久3年(1863)には全国諸藩から集められた禁裏守衛のための御親兵3千の総監の座に就いた。
 松陰亡き後、池田屋事件のときは45歳。名実ともに、尊攘派志士たちの中心的存在だった。
 長州藩藩邸に居候していた宮部は、古高捕縛の急報を受け、この4月に長州藩京都留守居役を拝命したばかりの桂小五郎と善後策を協議するが、桝屋の土蔵に武器弾薬を貯蔵していたことを咎められる。
 
「凛として」
 松蔭門下四天王と謳われた俊英・吉田稔麿はこのとき24歳だった。彼は長州藩の穏健派として、今にも千切れそうな長州と幕府の間を懸命に周旋してきた。桂小五郎の尽力により、偽装脱藩した稔麿は、間者として旗本奥右筆の妻木田宮の家臣となり、すべてを見通していた妻木田宮にも気に入られ、幕臣として栄光に彩られた人生さえ眼前に開けつつあった極めて優秀な人材だった。尊攘派志士の暴発を防ぐため、桂小五郎に頼まれて池田屋へ志士たちを周旋した稔麿は、次の日、江戸へ出立する予定だった。寄合ですぐにでも囚われた古高を奪還しようとする京都商人の志士、西川耕蔵と言い争いになった稔麿は、桂に促されて一足先に藩邸に戻されるのだが・・・

「英雄児」
 明治10年。56歳になった元長州藩京都留守居役・乃美織江は、木戸孝允(桂小五郎)の京屋敷に呼び出される。桂は45歳にして死の床に伏せっていた。かつては同じ京都の最高責任者である留守居役として相役で、幕末の修羅場をくぐり抜けてきたふたり。しかし乃美織江は志士ではなく、藩の定期異動で京都に行かされただけの吏僚であり、彼では京の役目が果たせないため、国元よりやって来た桂は、明らかに年上の乃美を見下していた。お互いに嫌悪していたと云える関係だった。なのに、なぜ死期が迫ったこの時期に、桂は乃美を呼んだのか。
 明治維新の元勲・桂小五郎の、今生最後の望みとは、誰にも言えなかった「池田屋事件の真相」の吐露だった!
 ま、じゅうぶんあり得るでしょうね。
 でも、桂小五郎は剣術の達人でありながら、常に逃げる人でしたから、今更逃げたことを恥として体裁を繕うような作り話をするでしょうか。そこが問題ですね。
 いずれにせよ、長州の工作員である古高俊太郎の捕縛は、桂および長州にとって大きすぎる痛手でした。
 池田屋の寄合を前にして、志士たちの暴発を抑えなければ、たちまち会津藩や桑名藩と長州の戦争になりますし、だからといって何もしなければ拷問によって機密を知っている古高が口を割る可能性もあります。
 桂のことですから、ひたすら悩んだことでしょう。
 差料を回収したことは、池田屋が長州藩に近いという油断があったからにしても、大失敗でしたね。
 革命には血がつきものとはいえ、これだけの優秀な人材があたら若き命を落としていたのかと思うと、池田屋事件というものをどうしてこれまで勉強しなかったのかという後ろめたさと、派手なものにばかり引きつけられるという人の目の節穴さに、歴史にはまだまだ深い謎がたくさん隠されていると確信した次第です。



 
 
 
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この記事へのコメント

- 犬伏正樹 - 2015年01月12日 13:21:31

「池田屋事件の研究」が参考文献のようです。

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