「最後の輸送船」竹内いさむ

 「福寿丸」(5500トン・岡田商船)という陸軍輸送船の通信長の方の実録です。
 なかなか、新鮮な角度からの追憶もあって面白かったです。
 たとえば、外地で見た「戦時中の日本人の野暮ったさ」について書かれていました。商船員は仕事で世界各地を回りますから、常に白人の振舞いなどを見ておりスマートになりますよね。でも戦争によって初めて海を渡ってきた、徴兵された田舎者の日本兵がそんなことわかるわけがありません。飲み屋の女の子などから日本人は嫌われていたそうです。
 どうせ汚い服着て、口が臭くて、声が大きくて、ケチだったんでしょう(笑)
 そして、戦前戦時中の船員の良くない因習についても書かれていました。初めて読みましたよ。
 そのことにも少し関係するのですが、「福寿丸」は南方開発金庫の宰領により、現地への軍票の輸送もしていましたが、最後の航海のとき、シンガポールに到着してみると、2千万分(約2億円)の軍票が一箱なかったのです。
 出発地の神戸で積荷の記載を間違ったのだろう、┐(´∀`)┌ヤレヤレということで処理されましたが、戦後わかったところによると、実は船の中に軍票を盗んだ奴がいたようなのです。とんでもないことですよ。
 昭和19年といえば日本の敗色が濃くなっていますから、軍票の価値は下がっていましたが、それでも2億円分ですから。しかも、あまりにも多すぎて処理に困って、船のボイラー(石炭)で焼いたというんだから呆れる・・・
 とまあ、迫真の戦記としてはもちろん、読む価値のある一冊だったと思っています。
 「福寿丸」の船長(大下船長39歳)は、逃げずに船と共に沈みましたが、軍艦長ではなく商船長の殉死もまた珍しい。
 私が読んだかぎり、戦争中、逃げずに船と一緒に死んだのは、海運国である日本人とイギリス人だけです。
 日本人というのは、ともすれば自分の生命よりも責任感のほうが上回る、非常に格調高き国民性を持っています。
 間違っても、日本人の船長は船に人命を残したまま、逃げたりしません。
 もちろん、逃げることが悪いと言っているのではありません。巡洋艦加古の艦長みたく、撃沈されて「キンタマひとつで帰ってきた!」と奥さんに話すと「キンタマさえあればようございます」と切り返された話がありましたが、生きている限り何度でも逃げ延びて国に忠孝を尽くすというのこそ、本当は正しいと私は思います。
 その一方で、船を失くした、部下が死んだという責任感のあまり殉死してしまう艦長の気持ちもわかるということです。
 でも、軍艦はともかく商船は珍しいと。著者も、このときの大下船長の気持ちを推し量っていましたが、まだ39歳ですからね・・・

 では、そろそろ「福寿丸」の航跡にいきましょう。
 5500トンのこの船、船齢二十数年の老朽船で、蒸気機関車のように機関員がスコップで釜に石炭を放り込んで動力を得るレシプロエンジンでした。速力わずか8ノット半。戦争がなければ、とっくにスクラップになっていました。
 輸送船団は遅い船に速力を合さなければならないので、同行船は「老いぼれと心中はしたくない」と、福寿丸と組むことを嫌がったそうです。福寿丸は、常に船団の最後尾から、老残の姿を晒し、黒煙を上げて喘ぎながらの懸命の追随でした。もう、おじいさんが若者の最後方から、死にそうな咳をしながら追いすがっているような感じですな。
 でも「福寿丸」は本当によく頑張ったのです、中国と室蘭間の石炭輸送に従事していたこの船が、危険極まりない南方に配置替えになったのは昭和18年5月。以来、日本とシンガポール間の輸送を成功すること4回。一発で沈む船が多いのに、これはすごいですよ。残念ながら。5回目で沈みましたが・・・
 昭和19年7月15日、福寿丸を含む「ミ11船団」23隻は神戸を出港しました。護衛艦は駆逐艦「汐風」と海防艦「占守」。高雄でさらに商船4隻、そして特別砲艦「やえぐも丸」や掃海艇などの護衛艦群も加わりました。
 しかし、この大船団は、日本商船隊の墓場と呼ばれて久しいバシー海峡(台湾とルソン島の間)において、7月31日の払暁、船団のまっただ中から四方に敵潜水艦隊の凄まじい魚雷攻撃を受け、わずか2,3時間の間に往時の欧州航路の花形客船である吉野丸など20隻もの輸送船が大破、沈没の被害を受け、輸送中の陸軍の兵隊を含む2万人近い遭難者を出しました。
 無事にフィリピンのパンギー港に着いたのは、福寿丸らたった7隻。救助された遭難者は約4千名。
 生き残りが次に目指したのはリンガエン湾ですが、出港してしばらくすると駆逐艦「汐風」がものすいごいスピードで「福寿丸」を追いかけてきて、「福寿丸は、被雷して航行不能の『だかあ丸』を曳航せよ」と命令を発してきました。
 また危険な海に還ってしかも曳航だと!? 海軍と陸軍の確執、この輸送船団を守れなかった護衛艦への反発から、福寿丸はこの命令を無視して進みますが(まるでおじいさんが耳が悪いみたいに)、「汐風」がいよいよ怒りだしたので、仕方なく福寿丸だけ引き返し、だかあ丸をリンガエン湾まで曳航する羽目になったのでした。
 シンガポールに着いたのは8月25日。ベルトコンベアがあったというピンタン島でボーキサイト鉱を1万トン(!)積み込み、5500トンの船に1万トンでどうみても積載量超過なのですが、よたよたと福寿丸が内地に向けて出港したのは、11月1日。この間、著者はセクター軍港で、レイテに出撃する前の戦艦「武蔵」を見たそうです。
 5日にサイゴン着。ここで5隻の船団になります。護衛は海防艦か駆潜艇?1隻。
 7日に泥棒の町サイゴンを出港し、12日に海南島近くでB-29の水平爆撃と機銃掃射を受けました。無事。
 15日に台湾基隆着。大時化。18日、寧波沖で燃料炭が発火、火災発生。護衛艦ともども懸命の消化活動により鎮火。そして、鵬程1万キロ万難を排して喘ぎながらもなんとか内地までもう少しの朝鮮沖で、11月24日、「福寿丸」は潜水艦に雷撃され、沈没しました。
 近づいてくる雷跡を発見し、船長が「取舵いっぱい」をコーターマスターに命じ、コーターマスターが「取舵いっぱい」を復唱しても、鉱石を限度を超えて積み込んだこの老朽船は、ただちに回頭することはできませんでした。
 ズシーン、と魚雷が腹の底をえぐるような鈍重な音を立てて、船体に命中。
 脱出しなかった大下船長を含む40余名が船と運命を共にし、救助艇に拾われた著者ら生存者は26名。
 2年有半、「福寿丸」と共にした板子一枚下は地獄の生活が、終わりを告げたのでした。



 
 
 
 

 
 
 
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この記事へのコメント

「最後の輸送船」にちなんで - 菊池金雄 - 2016年01月15日 17:16:04

「最後の輸送船」の著者とは間接的に接点があります。それは戦後にお互い海上保安庁に勤務したからですが、直接対面の機会はありませんでした。
 本書に会社を退職したとき、船主から「戦時勤務」への慰労の言葉があった由・・・私が勤めた大同海運株では所属船の戦時記録が乏しく、格別の慰労の言葉なしでした。

Re - 焼酎太郎 - 2016年01月16日 17:50:47

太平洋戦争で一番死亡率が高かったのは、陸軍の兵隊でも海軍の水兵でもなく、商船乗りです。
 そのことが、今ではあまりにも知られていなさ過ぎると私は思います。
 由々しい問題ではないでしょうかね。

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