「軍艦防波堤へ」澤章

 福岡県北九州市若松区の洞海湾を望む岸壁に、3隻の駆逐艦が防波堤となって眠っています。
 終戦直後の昭和23年、物質が乏しい時分に、戦争で使われていた軍艦を防波堤代わりに港に埋めたものです。
 3隻のうち、もっとも古くて小型の駆逐艦「柳」だけはかろうじて船体の格好がわかりますが、あとの2隻はコンクリートで固められ、かつて軍艦であったことはほぼわかりません。
 コンクリートを身にまとい、波に洗われるまま眠りにつくこの2隻の名前は、駆逐艦「涼月(すずつき)」と「冬月」。
 ほぼ同型艦であるこの2隻の駆逐艦は、長10センチ高角砲という垂直発射(90度真上の敵機が撃てる)が可能な上、高度1万3千メートルの射程を誇る最新式の高角砲を装備した防空駆逐艦で、同じ「第41駆逐隊」に属して活躍、そして2隻は昭和20年4月の戦艦大和を中心とする第2艦隊の沖縄水上特攻作戦に参加しました。
 上空掩護機のない特攻艦隊は鹿児島坊ノ岬沖で敵航空機の大編隊に捕捉され、集中攻撃を受けた戦艦「大和」、軽巡「矢矧」らが健闘むなしく沈没。「冬月」は敵航空機の猛攻にさらされながらも、大和などの負傷者を救助して無事佐世保に帰還、「涼月」は敵爆撃機の直撃弾を受けて大破しましたが、後進微速のまま敵潜水艦の雷撃をかわして佐世保港に奇跡の帰還を果たしました。沈んだとばかり思っていた「涼月」が帰ってきたので、戦場で姿を消した「涼月」の行方を懸命に捜索した僚艦の「冬月」の乗組員をはじめ、佐世保港は歓喜で沸き上がったそうです。

 著者は、この駆逐艦「涼月」の艦長であった平山敏夫中佐の孫に当たられる方です。
 平山敏夫艦長は、奄美大島出身、海兵55期。駆逐艦「早霜」の艦長を経て、沖縄水上特攻作戦のわずか1ヶ月前の昭和20年3月10日に、「涼月」の艦長として着任しました。
 物語は、平山艦長の曾孫にあたる小学校6年生の男の子が、親子旅行で縁のある軍艦防波堤を見学しているときに、謎の青白い影の男に引っ張られて、特攻出撃前日の「涼月」にタイムスリップしてしまうというもの。
 男の子の姿は、男の子を海から引き上げた2番砲塔員の4人のほかは、曾祖父である平山艦長にしか見えません。
 そしてそのまま、「涼月」とともに壮絶極まりない戦場を駆け巡り、戦争の実態を目にするのです。

 著者は別に作家というわけではなく、平山艦長の孫であったために書かれた本だと思います。
 あとがきで触れられているように、「涼月」の砲術長だった倉橋友二郎氏の著作を参考にされています。
 私は「激闘駆逐艦隊」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)を読んだばかりなので、よくわかります。
 言うまでもなく本作に出てくる倉本砲術長とは、先任将校で艦長につぐナンバー2だった倉橋氏のことです。
 出撃前に記録係の主計中尉が退艦することや、夜中に倉橋氏が酔った平山艦長に叩き起こされたことなど、ラッキョー踊り(笑)以外は、「激闘駆逐艦隊」で私が読んだような事実が下書きされています。
 しかし、ただの焼き回しではありません。
 敵戦闘機の機銃攻撃によって切り取られた船体の断片が凶器となって人間を襲う場面や、完全停電してしまった窓のない鉄の箱である機械室の奮闘や壊れて手動で油圧を作らなければならなくなった舵動力などの、縁の下の力持ちが大破した「涼月」をなんとか支え続けた様子は真に迫っています。あと少しで沈没するとこですから。
 そして、「手の届かない遠くの戦争はどこか美しく、それを美しいと感じる人間はどこまでも矛盾に満ちた存在である」など、文学的な表現もなかには見受けられます。
 また、「大和」が沈み、「涼月」も瀕死の大破となって、このまま作戦を続行するか撤退するか、乗組員の胸の内が2つに割れる場面があるのですが、このときも平山艦長の口を借りて、著者自身の特攻観、戦争観を表現しているように思います。
 特攻は下の下の作戦で、本来は絶対にやってはならないことは兵学校出の士官なら誰にでもわかります。しかし、それをやらなければならない時もある。これこそ、出撃時に「涼月」の乗組員が感じたことだったでしょう。しかし、作戦は半ばで失敗し、とても沖縄にはたどり着けないとなったとき、すでに百名近い乗組員が死んでいるわけですから、このまま自分たちが生きて帰ることに葛藤が生まれるわけですね。そしていざ帰れるとなったら、逆に命が無性に惜しくなってくる。死ぬ気で戦っているときは死の恐怖を感じないそうです。こんなものなのでしょう。実際に、平山艦長や乗組員の心を去来したであろうことを、うまくまとめられていると思いました。
 
 まあしかし、「涼月」は不死身でしたね。昭和19年に日本近海で2度、敵潜に雷撃されてぶっ壊されていますから。
 同じような伝説の不沈駆逐艦「雪風」もそうですが、“もっている艦”というのは、あります。


 
 
 
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