「ルポ 電王戦」松本博文

 人間とコンピュータの真剣勝負!
 プロ棋士5人と将棋ソフト5本が団体戦で戦う「電王戦」の全貌を伝える、迫真のルポルタージュ。
 実際の棋戦の模様はもちろん、人間の尊厳をかけて戦うことになったプロ棋士や、我が子を慈しむように将棋ソフトを育ててきたプログラマーなど関係者の素顔、そして「電王戦」に至ることになった経緯が詳細に描き出されています。
 著者は、ネットでの棋譜中継を先駆けたことで知られる、将棋観戦記者の松本博文氏。
 東京大学将棋部OBである著者は、記者として日本将棋連盟に近く、東大将棋部OBとしてソフト開発者にも近いので、本書を著すには適任だったのではないでしょうか。
 人間とコンピュータの関係性とその未来を考える上でも、非常に興味の尽きない一冊であると思います。

 盤上の小宇宙と云われる将棋。
 9✕9,81マスのマス目に、使われるのは全部で40枚の駒。チェスと違って獲った駒は使えます。
 将棋の一局面において指すことのできる候補手の数は、平均して80手。勝負がつくまでの平均手数は115手ほどなので、80を150乗した数が一局における候補手の総数となりますが、それは億や兆、京、なんと無量大数まで軽く超えた阿伽羅(10の224乗)というもはや想像することすらできない単位に近づくものです。
 将棋は、あの小さい盤のなかに、およそ無限とも思われる変化を秘めているゲームなのです。
 現在の形の将棋ルールが明文化されたのは、400年近く前のことで、それ以前から現在まで多くの人にプレーし続けられているにもかかわらず、いまだに解明されていません。
 こう打てば絶対に勝てるという筋が確立されていない、ということです。
 ちなみに、オセロは解明されています。

 1967年、日立製作所が開発した大型コンピュータHITAC5020Fが、世界で初めて詰将棋を解きました。
 それから、およそ40年。遅かったのか、早かったのか。
 長年信じられていた、人間より機械が強くなることなどあり得ないという時代は2005年をもって激変することになります。
 この年、強豪ソフトの「激指」が、アマチュア竜王戦全国大会に出場、ベスト16になりました。
 同じ年、北陸先端大の開発した「TACOS」に、プロの橋本崇載5段があわや負けかけるという事件が発生。
 そして2007年3月21日、著者も開催に関わった、「Bonanza」という画期的な機械学習のメソッドをもつ将棋ソフトと現役竜王の渡辺明との対戦で、「Bonanza」は渡辺竜王に冷や汗をかかせるほど迫ったのです。
 この様子は、私もNHKBSのドキュメンタリーで観ました。だから本書を読んだといってもいいですわ。
 さらに、コンピュータ側の進撃は止まりません。ついに“善戦した、おつかれ”という壁を破ることになるのです。
 2010年10月、女流棋界の第一人者である清水市代に、「あから2010」が勝利。
 そして2012年1月14日、第1回目の電王戦で、2011年度コンピュータ将棋チャンピオンソフトの「ボンクラーズ」が、米長邦雄連盟会長にあっさり勝ってしまいました。しかしまあ、現役時代にさわやか流で名を馳せた米長邦雄さんも、引退して実戦から遠ざかっていましたからね・・・という言い訳は1年後に、スポンサーもついて装いも新たにプロ棋士とコンピュータの5対5の団体戦として開催された第2回電王戦であっさり覆されることになります。
 棋士側の先勝を受けた第2局で、佐藤慎一4段が、本書の主人公とも云える「Ponanza」に負けたのを皮切りに、船江恒平5段、大将の三浦弘行8段が相次いで敗れました。結局、第2回電王戦の結果はコンピュータ側の3勝1敗1分。現役棋士が公開の場で初めてコンピュータに負けたのでした。
 そして2014年3月15日。第3回電王戦。
 デンソーが開発した「電王手くん」というロボットアームが、コンピュータ側の代指しを務めることになったほか、対戦するソフトの事前提供が義務付けられました。ソフトは癖があります。これによって棋士側が、ソフトの弱点の研究を事前に行えることになったのです。ソフトは人間が実際に戦った棋譜を参考に学習しているわけですから、この処置は当たり前かもしれません。そしてこれによって、今度ばかりは棋士側の勝利を予想する声が多かったそうなんですが・・・
 結果は、事前に「YSS」と千回指してその弱点を徹底的に研究した豊島将之7段の爽快な勝利がありましたが、トップ棋士である大将の屋敷伸之9段のよもやの敗戦もあって、コンピュータ側の4勝1敗の圧勝に終わりました。
 屋敷9段と「Ponanza」の棋譜は、私もさきほどユーチューブで観ましたけどね。
 コンピュータにしか指すことのできない奇手というのが、どんなのかと思ってね。
 私は、たまに新聞の棋譜やNHKの対局を見たりしますので、なるほど人間の指し方とは違うなあと感じましたが、将棋は初心者だからそう見えるのか、屋敷9段の完敗だと思いましたけど。勝てるチャンスがなかったような。
 本書はこの第3回電王戦の記事で終わっているのですが、将棋連盟のHPを見ますと、来年の春に電王戦はまた開催されることになっており、出場する棋士もソフトも決まっているようです。羽生、渡辺、森内の3トップはもちろん出ません。そして、「電王戦FINAL」と銘打たれていたので、おそらく来年が最後になるのかもしれないですね。

 読んだ後だから云えるのかもしれませんが、コンピュータに負けるのはプロといえど恥ではありませんよ。
 大山康晴15世名人は、「機械に将棋をやらせたら人間が負けるに決まってる。将棋はミスをしたほうが負けるんだから」と予言したそうです。人間はミスをします。対戦の前に緊張はするし、前日から下痢をしている可能性もある。ヒューマンエラーは防止することができません。対してコンピュータは動揺するということがありません。ミスをして「シマッた!」と負の連鎖が重なることもありません。よく強い人のことをコンピュータやマシンのようだとか形容しますが、それそのものですよ。
 将棋で人間がコンピュータに負けることをどう解釈すべきか、などは問題にならないですね。
 人間が負けるに決まっています。プロ棋士といえど人間なのです。

 亡くなった米長邦雄元将棋連盟会長は、「駅伝やマラソンと、クルマのような関係」とおっしゃったらしいですが、なるほどクルマは人間が作ったもので人間がどれだけ速く走ろうとかないませんが、だからといってマラソンや陸上競技が世界からなくなることはありません。
 いくらコンピュータが強くなったからといって、棋士が廃業するとはとても思えません。
 人間がやるものは面白いのです。ミスをするから面白いのです。
 将棋とはエンターテインメントでもありますから、それでいいんじゃないでしょうか。
 ただ、あまりにもコンピュータの解析が進んで解明されてしまうと、それだけは困りますけど。

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