「非写真」高橋克彦

 “写真”をテーマにした、ホラー短篇集(ひとつだけホラーじゃないのもアリ)。
 20~40ページほどの、読み頃サイズが9篇。
 クラス写真に写った誰の記憶にもない少女の正体を追う「あの子はだあれ」は、ありがちながらも最恐。
 個人的にツボは、20センチの隙間で踊る謎のピエロをレンズが捉えた「ゆがみ」。
 ※注 この2篇は、よい子が寝る前に読んではいけません。トイレにいけなくなります。

 で、テーマである写真以外ですべてのお話に共通しているのは、なぜか岩手県の盛岡。
 それもそのはず、釜石市出身の作者は盛岡に在住しており、しかも写真の腕前はプロはだし、盛岡の風景を撮影した写真展も開催されているらしいです。9篇の話の中には盛岡在住の小説家、つまり作者自身を主人公というか、語り手にしたような作品も見受けられます。もちろんフィクションでしょうが、あんがい楽しんでやられた仕事だったのではないでしょうか。
 というのは、それぞれの物語の筋は格別怖かったりとか、反対につまらないのもあるのですが、“写真”に対する情熱が共通項になっており、完全にストーリーを離れて作者の写真語りになっている場面もあります。私はまったく光学機器や写真には興味ないのですが、これがまた、けっこう面白いのですよ。
 “写真”とはなんでしょうか。芸術として小説や絵画、音楽とどう違うのか。写真はただの現実の切り取りなのか。
 たとえば、写真というのは春でなければ桜は撮れませんが、絵画だといつでも描けますわね。
 別に偽物の桜を撮ればいいじゃんと云われても、写真で偽物を桜を撮るとそれ自体安っぽいまがい物になりませんか。
 一方、小説がすべて作者がコントロールしているのに対して、写真というのは、撮影者が意図していないものを被写体として収めたりすることがあります。風景を撮ったつもりが、未確認飛行物体が写っていたとかね。
 映画の筋は限定されてしまいますが、写真は見るもの一人一人によって無限に物語が広がるという考え方もあります。
 道具の進歩もハンパありません。少し前まで30万画素だった世界が今は3千万画素とかになっています。
 やはり、芸術は芸術なのでしょうが、他と比べても、“写真”とは特異な世界なのですよ。
 そして、物語を通して述べられてきた作者の“写真”に対する考えや思い入れは、表題作であり最後の作品である「非写真」において、一応の完結といいますか結論が下されたように思います。
 それは、写真は小説とは反対のもの、という答えでした。その心は、嘘からはじまる小説が現実に近づけて書かなくてはならないのに比べて、写真は現実そのものを切り取るものであるからこそ、そこには平凡な現実を遥かに超越した非現実がなくてはならぬ、というのです。確かに、事件や事故の決定的瞬間は、現実でありながら現実ではありませんよね。
 それが写真というものの、ある意味、本道かもしれません。ロバート・キャパとか報道写真はその範疇ですし、ヌード写真だって考えてみれば非現実な世界と云えるでしょう。

「さるの湯」
 東北沿岸部を襲った大津波。車で2時間の盛岡に住む男は、朝から夕方まで何百枚と被災地の写真を撮った。そして、割合にして百枚に2,3枚、遺族を写した写真に、津波で亡くなった家族が写っているというので話題になった。男は、地元の青年団のメンバーに、山奥にあるという“さるの湯”に連れて行かれる。さるの湯は、この世からあの世へうつるために死人が最期に入る湯であると云われてきた。
「合掌点」
 旧知の編集者が、3ヶ月前に三陸海岸で行方不明になった。大津波で中学や高校の仲間を大勢亡くした彼は、出版社を退職し、故郷の遠野に引っ込んで、被災地をずっと撮影していた。彼の部屋に残された数々のカメラ、レンズ、そしてマウントアダプターに込められた秘密とは・・・
「モノクローム」
 色がないからこそモノクロームは、この世界の美を際立たせる。そして、人間を含む類人猿以外の動物は、モノクロームの世界に生きている。モノクロームは光に敏感であり、かえって色彩で豊かな世界よりも危険をいち早く察知できるのである。色彩は邪魔なのだ。モノクロームでしか捉えられないものがあるのだ。
「約束」
 ホラーではありません。ヌード写真家が30年以上前の恋人と交わした約束を果たす話。
「遠く離れて」
 自分じゃなきゃ撮れない写真がなくなったと、東京から故郷の盛岡へ帰ってきた有名なカメラマン。彼は、ずっと留守にしていた実家で、古いアルバムを見つける。そこには、よく夢にでてくる屋敷の写真があったのだが・・・
 ネタバレ=自分は自分ではありませんでした。溺れて死んだ少年のなかに入ったのです。入っているあいだは何もできません。少年はカメラマンとなり、少女を殺害するような猟奇的殺人者となってしまいました。今度は少年から抜け出て、少年が殺した肩にタトゥーがある少女の中に入りました。
「ゆがみ」
 これは個人的にツボにはまって怖い。エプロンした母親っていったい何? 怖い。意味不明の怖さ。
 魚眼レンズを覗いたまま、盛岡の街なかを撮影していた主人公が、猫程度しか通れない20センチほどの隙間の路地へ迷い込んでしまうお話。
「あの子はだあれ」
 これも怖い。ラストはほっこりするけど、誰の記憶にもない子供がクラスの写真に写っているという状況が、ありがちなんだけど想像してしまえるだけに、超コワい。母校の小学校で展示会をすることになった小説家が、、現代の高性能スキャナーで古い写真を整理中に、写ってないはずのものを見つけてしまうというストーリー。
「遠野九相図」
 しばしば遠野を訪れた経験があったために、遠野で講演をすることになった主人公の元へ、謎の男が訪ねてくる。男との会話は、昭和31年に行方不明になった母方の叔父と、キャノンのセレナーのレンズの行方を示唆していたのだが・・・
 キャノンは、昭和23年に社運をかけてセレナーという交換レンズを製造したそうです。そして、安かろう悪かろうと云われながら、ライカの半額の値段で安売り攻勢をかけ、現代の巨大企業にまで成長しました。こんな歴史があったなんて。
「非写真」
 表題作は、ストーリーがどうと言うより、作者の写真語りですね。これでお腹いっぱいです。ストーリーに特別見るべきものはありません。ただ、ここで何点かの写真の存在が紹介されており、それをネットで検索してみれば、予想外の恐怖に出会うことになるでしょう。


 
 
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