「護衛なき輸送船団」神波賀人

 「あれっ、おい見ろよ、北斗七星が南の水平線の上に見えるよ、オレたち遠くへきたもんだなあ」
 と、戦友が頓狂な声で叫んだので見ると、無数の星のなかで一際あかるく輝く北斗七星が、南方水平線上に輝いていた。南方航路では北方水平線上に見た星がいままた南方水平線上に見るとはと、南冥の果てから北遡の果てまで、太平洋をかけめぐって、いまこの北海の洋上に立っている自分の運命が不思議に思われ感慨ひとしお深かった。


 開戦わずか23日目でやって来た陸軍からの召集令状。
 貧困生活の苦労と心痛のなか女手一つで育ててくれた母、涙ぐむ妻と長女を残し、凍てつく早朝の東京を発った著者は、輸送船の高射砲兵として、南は灼熱のラングーンからガダルカナル、北は凍てつくキスカ、アッツと駆け巡った。
 太平洋上で戦ったのは独り海軍だけではない!
 身を隠す遮蔽物一つなく、全身を砲座にさらし、生死のことなど忘れたまま、敵機に立ち向かう。
 知られざる輸送船甲板上の死闘。幾多の死線を乗り越えた歴戦の船舶砲兵による貴重な実録戦記。

 戦前戦後を通じて、この世にまったく知られていない船舶砲兵。
 この兵科の主任務は、輸送中の防空防潜、上陸戦闘の掩護、泊地の防空です。
 太平洋戦争は、何十何百万の将兵、兵器、糧秣物質を前線へ輸送し、海外からは重要資源を国内へ還送する船舶輸送大戦争でしたが、陸軍216万トン、海軍174万トンを輸送船として民間から徴用したものの、海軍にはこれを護衛する能力がなかったのです。連合軍側はコルヴェット艦などを大量に作って海上補給路を確保していたのに比べると、バカでしょう? 開戦当初は艦隊の進撃と輸送船が合同していたのでなんとかなりましたが、次第に護衛に当たる船が足らなくなりました。ですから、陸軍は護衛艦の不足を補うために、自ら輸送中の陸軍兵士を守るべく、輸送船そのものに大砲を搭載し、船舶高射砲部隊を急設して、直接船団防衛にあたらせることにしたのです。これが船舶砲兵です。大体において1万トン級の優秀船には中隊主力編成(約70名)で、高射砲4~6門、高射機関砲4~8門、野砲なども装備していました。
 しかし、場当たり的な急設であったために、海上における対空、対潜戦法に関する統一的な教範もなく、当初、各隊は陸上における砲兵戦法を応用しつつ、それぞれの実戦経験にもとづいて工夫しながら船団防衛に従事していました。
 たとえば、著者は予備役のベテラン陸軍兵でしたが専門は高射砲兵であり、スピードが速く変化自在の戦闘機に対しては、陸兵が長く訓練してきた照準射撃などまったく洋上では役に立たず、分隊長に進言して弾をどんどん速射的に撃ちまくる信管射撃を行ったそうです。それでも、弾が当たることなど稀なことで、追っ払うのがせいぜいであったそうです。
 しかも、使用した高射砲は時代遅れの旧式兵器であり、船舶砲兵は粗悪な武器でもって、不慣れな洋上において、未知の近代的対空戦、対潜戦に挑むことになったのです。真っ先に狙われる危険な任務にもかかわらず。
 太平洋戦争中、約1万名におよぶ船舶砲兵が犠牲になったと云われています。
 
 著者は戦後大蔵省国税局で勤務された神波賀人(こうなみよしんど)さん。
 光人社の「海防艦『占守』電探室異状なし」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)にも短編が載せられていますが、こちらは戦後30年経ってから思いついて出来上がるまで10年かかったという、オリジナルの完全版。圧倒的な実録です。
 裏に校長室の額縁のような著者の写真も載せられていますが、戦後はこんな上品な老紳士でも戦時中には「オラオラオラ!死ね!」と高射砲をぶっ放すのが、戦争の実態なのです。すぐ狙われる輸送船でビルマやソロモン、アリューシャン列島まで敵航空機や潜水艦の脅威のなかを奇跡的に生き長らえたばかりか、終戦前には宇品の船舶砲兵教導隊にいたので数キロの近さで原爆に被曝しながら無事であり、本当に幸運な方だなあというのが実感ですね。
 強いて理由があるなら、乗っていた輸送船が崎戸丸(9,425総トン)という最速19ノットの高速輸送船だったことでしょうか。それでも著者の担当は艦尾の高射砲ですが、艦首の高射砲隊は敵機の攻撃で全滅していますからね。
 
 玉砕したアッツ島への最後の輸送などアリューシャン作戦も興味深かったですが、一番すごかったのは、ガダルカナル島への第1次強行輸送作戦でしょうか。10月13日、第2師団などの主力を搭載し、ショートランド島からガ島のタサファロング泊地へ殴り込み輸送。このときの、敵機の攻撃は飛行場が近いために繰り返し繰り返し執拗なまでに行われ、著者ら船舶砲兵は寝る間もなく必死に戦いました。その模様は非常に迫力がありました。特に、高空から当たらない爆弾を落とす爆撃機はともかく、こちらの兵隊の顔を舐めるように飛んできて機銃射撃する戦闘機は凶暴ですね。
 しかし、こうまでして送り込んだ兵団も、結局はガダルカナルの密林に散っていったわけです。
 前半は、ラングーンやシンガポールなど勝ち戦の便乗で、著者もなかば観光気分でした。たとえば、ビルマで立派な寺を見物したとか、月給18円(当時兵長)の著者が内地は配給制度で大変なのでマニラで子供服(1円25銭)子供靴3足(5円40銭)セーター2着(7円30銭)チョッキ(1円50銭)を買ったとか平和であったのに、やはりソロモンを転機として雰囲気は変わってくるんですよね。そういや、初めて潜水艦に雷撃されたのは北方だったと思いますが、同じ艦に2回撃たれているので、免れたのは本当に奇跡だったと思います。
 危険水域の前になるときまって「航行の無事を祈る」と信号を送ってきて消える護衛の第5艦隊(笑)
 護衛なき輸送船団というタイトルには、第5艦隊のような著者から見た主観的な面もあるでしょうが、太平洋戦争における日本軍の敗因および軍隊のセンスの悪さが言い表せられているような気がしますね。
 この本を読めば、ひょっとしたら日本は勝てていたのではないかなんて夢にも思えません。

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