「朽ちていった命」NHK『東海村臨界事故』取材班

 きっと多くの方が忘れていることでしょう。
 しかし、これがある種の禍の原点であることは間違いありません。
 どうして忘れられますか?
 国内の原子力関連施設で初めて起こった、重大な臨界事故であり被曝事故。
 臨界とは、核分裂連鎖反応が持続して起こる状態のことで、大量の放射線や熱を発生させてしまいます。
 この結果、致死量を超える中性子線を浴びた作業員2人が、懸命の治療の甲斐なく死亡しました。
 本書は、事故そのものの取材報告および原子力行政に対する提言という観点からではなく、高線量の中性子被曝をした作業員が身体の臓器・組織・機能にどのようなダメージを受け、それに対し東京大学医学部附属病院に集まった前川和彦教授(当時)を中心とする最高の医療班が、どのように苦闘したかについて詳細に追跡取材をした記録であり、作業員とその家族、そして医療チームの83日間にわたる戦いのドキュメントです。
 いまさらながら、この治療経過を公開することを承諾した御遺族の方の判断は崇高であり、原子力行政の岐路に立っている現在の日本社会に対してどのような意見を持っているのだろうかとも思います。
 致死量の放射線は、人間を酷たらしく破壊します。
 原子力発電に対する賛否はともかく、それをああだこうだ言うならば、知識を積み重ねる努力を怠るべきではありません。私は元より頭が悪いうえにアルコールで脳が萎縮しており、いくら読んでも核分裂やら原子力発電のところは理解ができません。しかし、だからといってただの感覚でもって原子力発電が賛成だの反対だのは言えないと思うのです。ひたすら本を読んで真相に近づいて自分なりに考えるしかないでしょうね。

 1999年9月30日。
 茨城県東海村の核燃料加工施設「JCO東海事業所」で、ウラン燃料の加工作業中に臨界事故が発生。
 チェレンコフの光という青い発光があった瞬間、放射線のなかでもっともエネルギーの大きい中性子線が作業員の体を突き抜けた。事故は、安全性を軽視した裏マニュアルという簡略化された工程の途中で起こった。
 放射線を閉じ込める防護措置もない裸の原子炉が出現したのである。この事態に、東海村は事故現場近隣住民に避難を要請、茨城県も半径10キロメートル圏内の住民31万人に屋内退避を勧告。現場ではJCO社員による決死隊が組織され、臨界を収束させる作戦を展開、成功するまで19時間40分にわたってこの裸の原子炉は放射線を出し続けた。
 被曝した作業員は、千葉県にある放射線医学総合研究所に運ばれた。
 もっとも被曝量の多かった作業員Oさんの被曝量は、20シーベルト以上と推測された。
 8シーベルトでも致死率は100%であり、一般の人が1年間に浴びる限度とされる量のおよそ2万倍であった。
 2年前から被曝医療の施策に関わっていた東京大学医学部教授の前川和彦(専門は救急医療)は、自身が委員長を務める「緊急被ばく医療ネットワーク会議」を召集、治療の中心を担うことになる。それは、世界中の文献を見ても前例のない、まさに海図のない航海に等しい、五里霧中の被ばく治療だった。

 当初、Oさんはどこから見ても重症患者には見えず、元気で落ち着いていたそうです。
 前川教授も「これはいけるんじゃないか」と思ったそうで、この前例のない患者に対する治療方針として、悪化が予想される全身状態の集中管理、体を外敵から守る免疫力を取り戻させることが検討され、病院を挙げての総合診療が可能である東大病院へと転院することになります。
 しかし、このときにはもう、すべての遺伝情報が集められた生命の設計図である染色体が、分子を鋭く貫く中性子線によってバラバラに破壊されていました。これはどういうことかというと、今後新しい細胞が作れないということです。
 人間の体は、古い細胞が死んで新しい細胞へと交代する新陳代謝が行われていますが、これがなくなるのです。
 しかも、転院初日にはリンパ球がまったくなくなり、白血球も急激に減少していきました。
 被ばくから7日目、妹さんからの末梢血幹細胞移植が実施され、10日後には白血球も増加、脊髄細胞には女性であるXXの染色体があり、Oさんの体のなかで妹の細胞が息づいたことが確認されました。成功です。
 しかし・・・妹さんの染色体もやがて傷ついていきました。これは、バイスタンダー効果といって、中性子線に被曝したことによって体内の細胞が活性酸素を出すようになり、妹の細胞から生み出された骨髄細胞の染色体を傷つけたのではないかと考えられています。
 被ばくから27日目、大量の下痢。そして、中性子線を直接浴びた体前面の皮膚が完全に剥がれ落ちました。
 放射線障害は、腸壁や皮膚など細胞活動の活発な箇所に顕著に現れるのです。
 50日目、下血。体から失われる水分は一日なんと10リットル。水分を失われただけ補給し、大量の鎮痛剤と鎮静剤を投入。塩酸モルヒネの100倍の効果があるという合成麻薬「フェンタニール」が使用されていました。医療スタッフには、この治療がどこまでいくのか、Oさんの苦痛を長引かせているだけではないのかという煩悶が起こってきましたが、しかしこの頃はまだ、Oさんは完全に意識がありました。
 状態が急変したのは、被ばくから59日目のことでした。突然の心停止。
 スタッフの懸命の蘇生措置で鼓動は再開しましたが、腎臓機能はほぼ廃絶し、肝不全などの多臓器不全を起こしました。Oさんの反応も、まったくなくなりました。
 昇圧剤の大量投与などで止まろうとする心臓を保たせましたが、ついに状態は回復することなく、被ばくから83日目の12月21日午後11時21分、Oさんと家族、そして医療チームの壮絶な戦いは幕を閉じたのです。
 事故は茨城県で発生したため、三澤省吾・筑波大学法医学教室教授が司法解剖を実施。
 体中の粘膜という粘膜が失われ、筋肉の細胞の繊維がなくなり、臓器もボロボロになっていましたが、心臓の筋肉だけは放射線に破壊されておらずキレイなままでした。それは懸命に生きようとしたOさんの強い意志を改めて感じさせるものだったと、解剖スタッフは語っています。どうして心臓だけが無事だったのか、謎のままです。
 JCOという会社は、いっさいのウラン加工事業を停止しましたが、ウラン廃棄物の保管管理や施設の維持管理を細々と行いながら存続しています。


 
 
 
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