「疒の歌」西村賢太

 西村賢太先生初の長編「“やまいだれ”の歌」を読みました。
 作者自身を投影した、ご存知ローンウルフこと北町貫多の物語です。
 父が性犯罪で逮捕され、母子家庭で家庭内暴力を繰り返しながら登校を拒否し、中卒で社会に飛び出した貫多の来歴を振り返る序盤こそ冗長だと思われましたが、いざ本筋に入ると、面白すぎて一気読み!
 どうしてこんなにおもしろいことが書けるのか。
 作者自身のあとがきによれば、この初の長編は執筆に7ヶ月ほどかかっているらしいのですがね。
 一貫して悲惨なストーリーも澱みがなく、孤狼を気取りながら酒が抜けると綿羊になる貫多を形容する表現も思わず屁が漏れるほど笑わされ、よくぞまあ思いつきますねと感心するばかり。仕事を終えた貫多が自室で古本を読みながら棚落ちのカレーパンを肴に宝焼酎を飲んで手淫を繰り返すことを“廃人的レクリエーション”と表現していたのには爆笑しました。
 廃人的レクリエーション\(^o^)/ ちょっと凡人では考え付かないネーミングセンス。
 西村賢太の作品を大別すると、この「貫多もの」と「秋恵もの」になると思いますが、わたし的には話が陰湿で同じネタの繰り返しになっている「秋恵もの」より「貫多もの」のほうが断然好きです。
 しかも、今回の貫多は、相当頑張りましたよ。これは今作が特に読みやすくて素晴らしかった一面。
 結果的には僅か2ヶ月で新しく入った職場の全員から嫌われるという悲惨極まりない終わりを迎えましたが、女子事務員への岡惚れのせいもあれど、ちゃんと7時に起きてサボらずに連続勤務のうえ残業までこなし、何より風俗などへの射精遊戯を封印しましたからね。
 忘年会で、一同解散の形をとった後、貫多だけ誘われずにみんなで二次会を企画していたばかりか、彼が岡惚れしていた女子事務員もはかりごとに加わって大恥をかかされても、年明けの仕事に顔を出したのは偉かったですよ。
 ちょっとひと味違う北町貫多20歳前の仄暗い青春物語。
 誰もが楽しめると思います。

 簡単にあらすじ。
 昭和61年。北町貫多19歳と4ヶ月。
 小学校5年生のときに父が性犯罪で逮捕されてから、北町貫多の人生は大きく狂った。
 3年前、病的なヒステリー持ちで人一倍癇性の強い母克子から金をふんだくって中卒で母子家庭のアパートを飛び出すまで、母と姉への暴力と登校拒否を繰り返していた彼は、社会に出たもののまともな職にはありつけず、日雇い5千5百円の港湾人足で糊口をしのぎながら、根が極めて怠惰で色狂いにできてるために、仕事は続かず買淫で有り金をはたき、最初に借りた鶯谷の三畳間から現在住んでいる板橋の三畳間までの計7室に及ぶ住居変遷中、まともに室料を払い続けたことは一度もなかった。すべての室を滞納につぐ滞納でいずれも強制的に追い出されてきたのだ。
 しかし、ここにきて20歳を前にした貫多は、容易く怠惰の泥沼にはまり込み、余りにもそこから抜け出す一切の努力をしなさすぎた己の人生に思いつめた果てに、人生の修正ともいうべき生活全般の新規蒔き直しを期したのである。
 その第一歩が、一度東京から離れてみることだった。
 横浜桜木町周辺で、1万6千円と賃料は少し高いが六畳一間トタン張り2階家の階上を見つけた貫多は、そこをねぐらとし、有限会社垣之内造園というアルバイト含め総勢15人ばかりの造園会社に採用される。
 社長の垣之内の態度をはじめ当初は嫌悪感が勝り2ヶ月ほどの腰掛けのつもりであり、植樹作業は港湾荷役の冷凍ダコ一塊30キロを運び続けた貫多にとっても筋肉の使い所が違うのか予想以上にきつかったが、しだいにこの会社にそう居心地の悪くないものを感じてくる。孤独であった貫多にとってチームワークというものも初めて実感することだった。
 サボらずに働き続けながら、居室に帰ると唯一の賑やかしであるトランジスターラジオをかけ、3冊百円也の古本を読みふけり、棚落ちのカレーパンを食べながら宝焼酎を飲む。たまさか道を挟んだ向かい側の家のベランダに女性が下着を干しているのをカーテン代わりに貼った黒のポリ袋の隙間から見つけると、思わず怒張して手淫を施す廃人的レクリエーション。しかし、週一日の休みは風俗に出入りすることもなく、公私ともに珍しく落ち着いた日々を過ごす貫多だった。
 が・・・
 ある日、19歳の女子事務員が新しく会社に採用された。
 油井佐由加というこの女性を初めて見たときには60点だと思った貫多であったが、1回見るごとに点数が跳ね上がり、久しく恋に恋する感覚から遠ざかっていた分、何か抑圧されていたものが一気に奔出するがごとくに恋に落ちてしまう。
 しかし、これが悲劇の幕開けになろうとは・・・

 追記というわけでもないんですが、西村賢太が藤澤清造に出会う前に影響を受けたという私小説家田中英光のことについて、本作では詳述されています。結局、痛手を被った貫多を、己の不様な姿を客観的に面白おかしく描いた田中英光の作品が救ったのですね。この流れで、彼は生涯の師匠となる藤澤清造を知ることになるのです。
 あと、作者自身が熱望したという村山槐多の表紙カバー、確かに西村賢太を装丁するには合っています。


 
 
 
 
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