「虎と月」柳広司

 隴西の李徴は博学才頴、天宝の末年、若くして虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった・・・
 国語の教科書でお馴染みの中島敦「山月記」。名作です。
 少なくとも、私の中では国語の教科書に載せられている作品で、これか寺田寅彦が1,2を争うほど好きですね。
 今回、「山月記」のオマージュである本作を読むに当って、久しぶりに原典を読んでみました。
 といっても教科書はもう持ってないので、初めてアマゾンのキンドルが役に立った(笑)電子書籍けっこういいかも。
 久しぶりに読んでみると、新しい発見もありました。いや、忘れていただけかもしれませんが・・・
 虎になったというかの李徴、ですが、妻子がいたのですね。
 本作の主人公は、李徴の息子です。彼が虎になった父の謎を巡って冒険というか、旅をするのです。名前もないままに。原典でも故郷の虢略(かくりゃく)に妻子がいるというだけで、名前は載っていません。
 それと、天宝(742年 - 756年)の末年に李徴が科挙に合格したという風に、年代がわかっていたことも知りませんでした。
 755年には唐を根本的に揺るがす、安禄山の乱が起きますが、実は原典にも本書にもこの不穏な時代背景も大きく関わっているのです。李徴が役人になったのは、平和な時代ではなかったのです。
 このことを念頭に置くと、本書の推理というかインスパイヤも、あながち独創に過ぎるとは思えません。
 ああ、山月記とは実はこういう物語だったのか、と納得させられても仕方のない出来になっています。
 あとがきに書かれていますが、作者は「山月記」が大好きだったそうです。
 そんな作者だからこそ、書けた物語。楽しみました。

 必ずしも本作は原典通りではありませんが、適当に原典「山月記」と併せてあらすじ。
 隴西の俊英、李徴は、20歳で超難関の試験に合格し江南尉に補され、前から好意を寄せていた相手と結婚、順風満帆の人生を送るかと思えたが、とつぜん職を辞して故郷の村に帰った。
 妻子を養うために、以前よりだいぶ地位の低い地方官吏になったが、1年後、仕事で旅に出たまま帰らなかった。
 一緒に付いていった下男の話では、ある夜半、急に発狂したようになって外に駆け出したまま行方知らずだという。
 そのとき、息子はまだ4歳。幼い子どもを抱えて残された妻は、実家に帰る。
 そこへ手紙が来た。送り主は、李徴と科挙の同期で唯一の親友だった、袁參(本文ママ)という人物。高級官僚である。
 袁參は出張の途上、長安の南東、如水のほとりにある商於という村で李徴に会ったという。
 李徴は虎になっていた。手紙には、虎になった李徴が吟じた詩も書かれ、李徴から妻子の面倒を見るように頼まれたという。その日から、李徴の残された妻子は、袁參から手厚い援助を受け続けることになる。
 偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃 (思いがけず狂気にみまわれケダモノとなり、逃れることができない)
 今日爪牙誰敢敵 当時声跡共相高 (いまや俺の爪や牙に敵うものなく、思えばあの頃は君も俺も秀才で)
 我為異物蓬茅下 君已乗輙気勢豪 (ところがいまや俺はケダモノとなって、君は役人として立派な車に乗り)
 此夕渓山対名月 不成長嘯但肓嘷 (今夜野山を照らす月の下で会ったのに 俺はケダモノとして吠えるばかりだ)

 これが、有名な李徴の漢詩。
 そして、息子は14歳になったとき、いつか父と同じように自分も虎になるのではないかと恐れを抱き、長安のいる袁參の元へ旅に出る。しかし、このとき袁參は兵部侍郎という軍隊を司る役職に就いており、風雲急を告げる時勢のために多忙で、息子が訪ねたときはいなかった。息子はそれを機会として、袁參が虎になった父と出会ったという商於の村に行くことを決意する。10年前の父のことを知っている人間を探し、どうして父は虎になってしまったのか、今はどうなっているのか、その消息を探る冒険が始まるのだ。はたして少年が冒険の結末に見たものとは・・・

 原典と違っているところですが、原典では李徴は袁參に、妻子には死んだと伝えてくれと言っています。
 本作では、率直に袁參は手紙で「お父上は虎になった」と伝えていますね。
 まあ、この意味は「虎」というのが実はメタファーであった、という解釈に所以するのですがね。
 これが納得しそうになってしまうのは、李徴と袁參が会ったとき、袁參は「観察御史」という役職で、この役職の任務は地方の役人の観察と匪賊の取り締まりであったということです。
 匪賊というのは、山賊みたいなものというか、今で言うとゲリラですね。
 とすると、虎というのは実は匪賊のメタファーであり、袁參が叢の陰で会った旧友の李徴はゲリラの親分ではなかったか、という解釈もあり得るわけですよ。「虎」と呼ばれるゲリラ。スリランカには「タミール・タイガー」という有名な反政府ゲリラがいたことをなぜか思い出しました。中島敦には寝耳に水でしょうが、山月記はこういう読み方もできるのです。
 漢詩の決まり事である押韻を利用したミステリーの謎解きも、見事だったと思います。


 
  
 
 
 
 
 
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