「一九五二年日航機『撃墜』事件」松本清張

 昭和27年4月9日午前8時頃、羽田発大阪経由福岡行きの日本航空マーチン202型双発「もく星」号が、伊豆大島の三原山噴火口近くに墜落しました。乗員乗客37名全員が死亡。
 この事故は、戦後に発足した民間航空機の最初の墜落事故です。
 アメリカの占領政策によって日本の航空活動はずっと禁止されていましたが、米ソ対立の激化、中国共産党の全中国制圧の情勢を反映して占領政策が変化し、朝鮮戦争の経験が“基地(不沈空母)”としての日本の重要性を教え、アメリカは日本に対して緩和政策に急転回したのです。
 連合軍総司令部(GHQ)は、日本政府(吉田内閣)に対し、航空機の保有と運航を除く切符販売等の活動に限って、1社のみに日本側の営業権を認めることを許可したのです。つまり平たく言えば、外国の航空会社から飛行機とパイロットを賃借りして、商売だけをやるということなのですが、これが“鶴丸”日本航空株式会社のスタートとなりました。
 ノースウエスト社と運航委託契約した日本航空の初フライトは、昭和26年10月25日(羽田)のことです。
 所長以下13人の東京支所職員の仮事務所は、わずか7坪ほどの掘っ立て小屋でした。
 そして、このときからわずか半年で、凄惨な墜落事故が発生したのです。

 本作は、これより20年前(昭和49年)に刊行された小説の改作で、昭和ミステリーの巨匠・松本清張が亡くなられる直前に上梓されたものです。
 前半はノンフィクション風に実際の墜落事故の具体的傍証を列挙し、後半は架空のジャーナリストが古書店で発見した資料をきっかけに、疑惑の墜落事件の謎に迫るという内容の小説となっています。
 あくまでも“小説”ですが、松本清張本人がどこまで真相に迫るつもりだったのか、それはわからないとしても、この事故というか事件のことを一番よく調査したのは、他ならぬ作者本人ではないでしょうか。
 松本清張といえば推理作家としての顔の他にも、昭和の陰謀史観研究家としての顔もまた有名です。
 私の個人的感想としては、本作のオチは到底考えられないと思うのですが、それは現代人としての感覚で考えるからそうなるのであって、この昭和27年という、日本がまだ占領下にある時代は何があっても不思議ではない時代です。
 そして事故は、サンフランシスコ講和条約が発効する直前のタイミングで起こっているのですね。

 この墜落事故の一番の謎は、機長がとった飛行機の高度にあります。
 運航はノースウエストが担当しているので、機長も副操縦士もアメリカ人です。
 G・スチュワード機長は飛行時間8千時間のベテランで、羽田発大阪経由福岡線の経験もありました。
 途中には、伊豆大島の三原山(高度2千4百フィート)がありますが、日航機は高度2千フィートで飛行しており、山にぶち当たったのです。このときは悪天候で、計器飛行をしていましたが、乗客はシートベルトを装着していなかったことから、機長は運航に不安な点はない、と判断していたことになります。
 なぜ、山があるとわかっていながら機長は2千フィートで飛んでいたのか?
 この事故が陰謀史観化される最大の原因のひとつは、このときの機長と管制を担当していた埼玉県入間のジョンストン基地(当時の日本の航空管制はすべて米軍が担当)の交信記録を、事故調査委員会が再三要望したにもかかわらず、米軍が提出を拒否したからです。また、本書に当時の新聞の一面が載っていますが、墜落当初、米軍は嘘の墜落地点(浜名湖西南16キロの海上)の情報を、当時の国警、日航本社に流していました。これは何故でしょう?
 だいたい、アメリカ側は日本の空をすべて管轄していながら、事故調査委員会のメンバーになることを拒みました。
 このため、航空庁(当時は存在した)長官や、大学の教授、運輸省の官僚などから組織された事故調査委員会の出した結論は、「何らかの間接原因にもとづくパイロットの錯誤」という歯切れの悪いものになっています。
 来日したノースウエストの副社長は、同じアメリカ人だけにどこまで真相を知っていたのか、「何もかもパイロットのせいにされてはたまらない。2人のパイロットにそろって判断を誤らせたものは何だったか」という意味深な言葉を残しています。

 米軍が故意に嘘の墜落地点情報を流したのなら、本当の墜落場所である大島で何かすることがあったということです。
 当時は、本州と大島では電話にしても何時間も連絡が取れなかったそうですから、唯一機動力のある米軍のやりたい放題となります。墜落した散乱機体の証拠の隠滅とかも、やろうと思えばできたでしょう。
 まあ、本作の後半部分は唯一の女性乗客で謎のキャラクターであった、烏丸小路万里子の追跡に多くのページを割かれているわけですが、万一、当時同じ空域を飛んでいたとされる朝鮮戦争帰りの米軍機10機と、「もく星」号の間に、何らかのトラブルがあったとしたならば、どうして乗客にシートベルトを付けさせず巡航速度のまま三原山に当たったのか、不思議だと思うんですね。撃たれたならば、不時着しようとしませんか。いくら米軍が現場を偽装しようと、同じ日の朝には日本の新聞記者も現場に入っているわけです。このとき、こっそり撮られた写真は現存しておりネットでも見られますが、乗客の死体は吹っ飛んでおり、確かにシートベルトをしていなかったように見受けられます。
 撃たれて落ちたというのは、少なくとも私には、いくら小説でも本書の説明では納得いきません。
 でもその一方で、米軍側は交信記録を頑として公表しませんでした。
 何を隠そうとしたのでしょうか、事故から60年超えていますが、未だに謎のままです。


 
 

 
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