「『黄金のバンタム』を破った男」百田尚樹

 海外で「狂った風車」と呼ばれたファイティング原田のボクシングスタイル。
 無尽蔵のスタミナを武器に、全ラウンド(当時は15ラウンド)にわたって打ちまくる。
 相手は少々テクニックに優っていたとしても、最終的に原田の休むことのないラッシュ戦法に屈してしまう。
 かのマイク・タイソンが若い頃、原田のビデオを繰り返し見て、原田の戦法を真似たのは有名だ。
 私(百田尚樹)は、原田のビデオを何試合も見ながら、現代のボクサーが当時のルールで原田に勝つのは至難のような気がした。12ラウンド制で、しかもわずかな差でもポイントをつける現代のルールなら、もしかしたら原田を攻略できるボクサーがいるかもしれないが、15ラウンド制で、どちらかが完全に倒れるまでやらせる昔のルールなら、原田に勝てるボクサーは想像がつかない。


  

 百田尚樹の作品で、高校のボクシング部を題材にした「ボックス!」(カテゴリー・スポーツ小説参照)というのがありまして、これがまたとてつもなく面白い。はっきり言って永遠のゼロなんて目じゃありません。
 さすが読者がハマるツボを心得ている構成作家だなあ、と思っていたのですが、自身も大学のボクシング部だったということが本書を読んでわかりました。もともとボクシングが好きだったのです。
 本書は日本ボクシング史上に偉大な足跡を残した原田政彦(ファイティング原田)にスポットを当てたボクシングノンフィクションで小説ではありませんが、冒頭から白井義男(日本人初のボクシング世界チャンピオン)の話でぐいぐい引き込まれることといい、勝者と敗者は紙一重というリング上の運命の交錯は、フィクション以上の面白さが味わえると思います。
 また、昭和20~30年代の日本ボクシング隆盛期には、ボクシングは8階級しかなく、世界には8人のチャンピオンしかいませんでしたが、現在は17階級、団体も分裂して4団体(WBA、WBC、IBF、WBO)に70人以上のチャンピオンが乱立しています。これがわかりにくいというか、チャンピオンの値打ちは低くなってますし、ボクシング人気が盛り上がらない原因でもあると思うのですが、どうしてそうなっているのかという世界ボクシング史の変遷も垣間見ることができます。
 とにかく、ファイティング原田の活躍していた時代は、毎日テレビのゴールデンタイムにボクシングが放送されるような、空前のボクシングブームだったのです。その熱気は、ワールドカップやWBC以上だったといいます。

 原田政彦は、昭和18年4月東京の世田谷に生まれました。
 中学生のとき、植木職人だった父が事故で働けなくなり、高校進学を諦めて近所の精米店で働きだした原田は、うっ屈した思いを抱いて近所のボクシングジム(笹崎ジム)に入門しました。
 ボクシングで強くなれば、チャンピオンにもなれ、大金をつかむことができる。若者の間でボクシングブームが起きていました。ブームの火付け人は、白井義男。昭和29年、日本人で初めて世界フライ級のチャンピオンになった白井の快挙は、敗戦で自信を失った日本人に、多くの勇気と喜びを与えたのです。
 引退間近のロートルボクサーだった白井とその秘められた才能を見出したアメリカ人トレーナーの話は、本筋である原田の物語の前座のごとく冒頭に添えられているのですが、非常に感動します。
 そして、白井義男が5度目の防衛戦に敗れてタイトルを失い、世界タイトルを取り返すことは日本人の悲願となり、ようやく8年ぶりにタイトルを奪い返したのが、ファイティング原田でした。昭和37年のことです。
 昭和35年2月にプロテストに合格した原田は、東日本新人王戦決勝で海老原博幸(明日のジョーのモデルと云われる。生涯で喫したダウンはこのときの原田戦だけ)を破り優勝、デビュー以来破竹の25連勝を記録し、天才ボクサー矢尾板貞雄の突然の引退で降ってわいたタイトルマッチの挑戦権をなんと19歳でモノにしたのです。
 残念ながらリターンマッチで敗れた原田ですが、バンタム級に転向してから原田の本当の物語は始まります。
 当時は8階級しかありませんでしたので、フライ級(50.8㌔)とバンタム級(53.5㌔)の2階級制覇はとてつもない難事でしたが、毎回10キロほどの減量に苦しんでいた原田にとって最大の壁は、“黄金のバンタム”と呼ばれるバンタム級史上最強のチャンピオン、エデル・ジョフレでした。
 本書の影の主人公とでもいうべき、エデル・ジョフレ。まさにミスターパーフェクトなボクサー。人格も紳士。
 なんとデビュー以来8年間無敗。王者になってからの5年間はすべてKOで17連勝。
 この人の本当の凄さは、この後、つまり原田と対戦してから数年後に始まるのですが、それはおいておきましょう。
 絶対に勝てそうにもないジョフレに対し、原田は臆することなく敢然と戦いました。
 昭和40年5月18日名古屋、世界バンタム級タイトルマッチで原田はジョフレを判定で破りました。
 これは日本ボクシング史上最も偉大な勝利と云われています。
 そして昭和41年5月31日の再戦でも、原田はジョフレを返り討ちにしました。このときのテレビ視聴率は63,7%で、ビデオリサーチの歴代視聴率第5位という、ものすごいものでした。
 白井義男のときはなかったテレビが、この時は各家庭にようやく行き渡っていたことも、ファイティング原田人気、そしてボクシング人気に火を付けたのです。
 昭和43年の5度目の防衛戦に敗れて2年9ヶ月保持したタイトルを失った原田は、さらに階級を上げてフェザー級に挑戦します。WBCですが(このときくらいからWBAと分裂)、オーストラリアでのタイトルマッチで悪辣ともいえる地元判定がなければ、原田は3階級制覇という前人未踏の快挙を成し遂げていたと思われます。
 
 昭和45年1月27日に引退を表明した原田。このとき26歳と9ヶ月。
 ボクシングに悪影響になるからといまだ童貞で、どれだけ金を稼いでもジムの2階にひっそり暮らしていました。
 「他のことはいつでもできる。でも、ボクシングは今しかできない」
 けっして才能に満ち溢れたボクサーではなく、地味でキツいトレーニングを日々繰り返した原田の人生。
 原田こそはまさに時代を象徴するボクサーであり、高度成長期を迎える国民の希望の星でした。
 原田引退後、日本ボクシングコミッション(JBC)は、「ファイティング」というリングネームを神聖なるものとし、今後誰も使ってはいけないこととしました。永久欠番になったのです。


 
 
 
 
 
 
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