「慟哭の海」浅井栄資

 陸海軍の裏方的存在として、地位も名誉もなく、国民的声援も支持もなくして、わが商船隊員は武器なき戦いを強いられ、陸海軍将兵以上の犠牲者を出して国に殉じた。
 彼ら船員はひたすら“オレたちがやらねば国が危ない。前線も国民も飢える”と思いこみ、何度も船を沈められて油と火の海を泳いでも、生きている限り、次の乗船命令で、何度でも戦いの海に出ていかねばならなかった。
 身に寸鉄も帯びず、敵を反撃する武力も持たず、生命がけで前線に糧食や弾薬を運び、祖国に食料や資材を運ぶ船員の労苦を、軍部も官僚も国民も思いやりもせず、ただ国家権力をもって犠牲だけを強いた。
 この海上輸送の軽視、無理解、無準備が、日本の惨敗を招いた一大要因であったことを、日本国民は深く認識し、反省しなければならない。


 著者は戦後、東京商船大学学長を勤められた生粋の“商船乗り”にして、戦中は、海務院・運輸省海運総局で船員教育や船員労務行政に当たられた、まさに近代日本海運史の本流のような方です。
 それだけに、太平洋戦争における無惨な海上輸送作戦の失敗に対する憤りは生半可ではありません。
 およそ日本という国は海に四方を囲まれた島国である上に何の資源もなく、そのような国が戦争を始めれば、資源を日本に運んで加工し、兵隊や兵器、糧食を戦地に運ぶという船による大規模な輸送が必須になります。
 当時の日本には2736隻、638万総トンの外航船舶があり、これは世界第3位の海運規模でしたが、それでもイギリスやアメリカなどの連合国の8分の1にしかなりませんでした。
 実は、これでは海洋が舞台である太平洋戦争を支えるに足らず、少なくとも大東亜共栄圏の維持には1500万総トンの船腹が不可欠であるとされ、船員数も当時の3倍が必要でした。
 といっても、これに日本が気づいたのは開戦後であって、当初、軍部は著しく戦時海上輸送を軽視していたのです。
 輸送船団の護衛艦である海防艦は、開戦時に4隻しかありませんでした。イギリスやアメリカは、第1次世界大戦でのドイツによる通商破壊戦に苦渋を飲まされた経験から、100隻を超す輸送船団護衛艦艇を用意していました。
 早くから日本の急所が海上輸送にあることに気づいていたアメリカは、太平洋の各所で潜水艦による無制限潜水艦戦を実施し、商船隊を破壊、真綿で首を絞めるように、日本の国力を干上がらせていったのです。
 逆に、160隻も保有していた日本の潜水艦は通商破壊戦に消極的であり、また従来の大艦巨砲主義による艦隊決戦、輸送船団など目もくれず狙うなら兜首、といった戦国時代的な気風が日本の海軍には色濃く残っていました。
 戦後、三井造船にやってきたあるアメリカ将校は、日本の飛行機工場が徹底的に爆撃されたのに対して造船所が無傷で残された理由を問われて、「鋼材、資材を使わせて船を造らせ、それに物質、兵員を乗せて出たところを沈めればいい。早く船を造らせ、早く沈めれば、日本の戦力の消耗はそれだけ早くなる」と語ったそうです。
 戦争のプロとアマチュアの違い、と云えるでしょう。
 戦時海上輸送路の確保は国の死命を制する重大事であり、それを軽視していた日本という国家は、戦争をする資格はなかったと言って過言ではありません。

 結局、開戦時638万総トンあった船腹は、戦争期間中に造られた383万総トンの戦時標準船と合わせて1021万総トンとなり、うち喪失船舶はなんと883万総トン、終戦時残ったのはわずかに138万総トン(半分動かず)でした。
 喪失船舶のうち56.5%は雷撃で、30.8%は空爆で、6.7%が機雷によって撃沈されています。
 そして、6万331名の船員が、これら船とともに海没し、今なお海底に眠っているのです。
 6万331名もの被害は、全船員に対する損耗率でいうと実に43%に上り、陸軍の20%、海軍の16%に比べて異常に高く、いかに商船隊員がこの戦争で悲劇的な役割を押し付けられたのかということがよくわかります。
 もちろん、その責任は戦争指導者たる大本営軍令部が負うものですが、著者は日本人全体の海国民的意識の低さにもその責任の一端をもとめています。周囲が海の海洋国家でありながら、日本国民は海運に対する意識が低すぎるのです。石油も食料も運んでいるのは船なのですが、多くの国民はこれを周りに空気があるがごとくに当たり前だと思っているのですね。これは本当にその通りかと思い、認識を新たにしました。

 戦争が終わっても、商船隊員に休息の時間はありませんでした。
 およそ当時のオーストラリアの国民数に等しい約640万人に及ぶ在留邦人の引き揚げ作業があったためです。
 そして樺太からの引揚者を乗せた3隻が、北海道沖で国籍不明の潜水艦に雷撃されて沈没されたのをはじめ、186隻もの商船が機雷で沈没しました。慟哭の海を凌ぎ切って生き残った商船隊員のやるせなさは、いかばかりであったでしょうか。
 なお、本書には著者の教え子である浦部毅船長(当時32歳・戦後日本港湾タグ協会専務理事)の徹底的な指揮の下、昭和20年1月20日、1万7千トンの航空ガソリンを満載して内地に向かった三菱海運「せりあ丸」による奇跡の航海が記されています。

 やすらかに眠れ わが友よ 波静かなれ とこしえに 
 御身らは祖国のために命を捧げた 海のほかにその墓を持たず



 
 
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この記事へのコメント

自分史のきっかけ - 菊池金雄 - 2014年10月10日 09:20:57

お久ぶりです、もう94歳ですが何とか余命を保っています。
 浅井栄資先生の「慟哭の海」は拙著(硝煙の海)上梓の発端でした。何分手元にメモすら無く、難行苦行の駄作ですがアクセスが14万突破しました。v-108

Re - 焼酎太郎 - 2014年10月10日 13:32:33

菊池様
アクセス14万件とは、とんでもない数字ですね。
その中にはもちろん私も入っております(*^_^*)

私も書架に埋もれている戦争時の商船隊の記録を探しては読んでいます。
これからもご指導よろしくお願いいたします。

コメントありがとうございました☆

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