「楽園」花房観音

 名前のない男たちは、偽りの名を語る私たちに精を放ち、去っていく。
 こういう場所を非難する人たちや、私たちを侮蔑したり、逆に見当違いの同情をよせる人たちはたくさんいる。
 しかし、それはどれもこれも違うのだ。
 法律とか理屈とか常識とか、そういうもので判断されるのではなく、ただ溢れる欲望を抱く人間が生きていくために、こういう場所が必要で、そこでしか生きられない女たちもいる、それだけの話だ。
 人間は引き裂かれている。欲望がある限りは、理性と本能、あるいは心と身体が引き裂かれ続けている生き物だ。
 それでも生きていくために、溢れた欲望を受け止める場所を人々はつくってきた。
 そしてセックスは生殖や欲望のためだけのものではない。孤独を知る人間が人間の温かさを手に入れ、生きていることを思い出すためのものだ。
 ここでは、男たちは社会から押し付けられてきた鎧を一瞬の間だけでも脱ぎ捨て、開放され自由になることができる。
 だから男には女が必要で、女は男が愛おしい。


 花房観音さんの「楽園」を読みました。
 この方、京都でバスガイドもされている中年の女性で、昨夜本作を読み終えた後にツイッターを覗いてみると、
 「日本の夏、ハメ撮りの夏。」と短く一言つぶやいておられたのが、非常に印象的でしたねえ(爆笑)
 団鬼六賞を受賞していますが、本作は官能小説ではありません。性の直接的表現はありません。
 ただし、表現や言葉こそありませんが、物語の裏側に進行する怪しげな雰囲気は、暑い夏のせいもあって生物学的な本能を刺激するに十分であり、これは間接的情痴文学とでも云えるかと思います。
 直接的情痴表現を隠すと、背徳小説は文学へと昇華しえると初めて知りました。
 それはきっと本能に直接語りかける下世話で下品な言葉がないせいで、男と女の性交の世界およびその背景というものを、己の人生を顧みながら真剣に考えることができるせいなのでしょう。
 これも読み終えると、不思議に自分の価値観が変えられたような気がします。
 気のせいでしょうか。それとも、今まで本能におもむくままで真剣に考えてこなかった男と女の性のことを、初めて考えてみると、そこに知らなかった世界の可能性が見えたのかもしれません。
 男にとって楽園の世界とは、必ずしも女にとって地獄とは限らないのかもしれません。
 太陽の下で皆に祝福される人生が誰にとっても幸せとは限らないのです。
 闇の中で、後ろめたさや罪を背負うことで生きていられる人間もこの世にはいるのです。
 とりあえず、人間は生きていかなくてはなりません。恥も外聞も捨てて開かなきゃならない時はあります。
 情痴文学の御大・渡辺淳一が亡くなり、村山由佳が路線をまともに戻しつつある今、しばらくは花房観音に注目してみたいと思います。ちょっとこれは物語のシメが緩かったようには思いますけどね。

 さて、ストーリーなんですが、京都の「楽園ハイツ」という2LDK2階建てのアパートが舞台です。
 五条通りから高瀬川沿いに南に行くとあるこの場所、実は3年前まで「楽園」という名の遊郭地帯でした。
 といっても飛田新地や雄琴のように、いかにもそれらしいケバケバした場所ではありませんでした。
 お茶屋と呼ばれる上品だが暗くてひっそりした置屋が軒を連ねていたのです。
 その一帯が潰され、今では新しい住宅やアパートが建てられていました。
 ちなみに「楽園ハイツ」のオーナーは元はお茶屋を経営していた老女です。
 彼女は、顔の左目上から頬にかけて大きな傷があります。
 ハイツの住人は、独身女性含む5世帯。1階部分には管理人を兼ねる喫茶店があります。
 この喫茶店の主人が鏡林吾という30代半ばの謎の男で、彼がアパートの女性たちの性を刺激するのです。
 チャプターごとに、ハイツに住んでいる5人の女性の性を巡る物語が綴られています。
 そして、終章ではすべてに行き着く先というか、結論が出るようになっています。
 冒頭の序章は、おそらく(ほぼ間違いなく)傷ばあさんと☆君の情事です。

 温井朝乃(47歳) ハイツで一番年長。夫しか男を知らず、その夫とは20年以上セックスがない。
 唐沢マキ(38歳) 夫の単身赴任中、一回りも年下の男を深夜に部屋に引きずり込んでいる。
 寺嶋蘭子(42歳) バツイチの薬剤師。ハイツ一の美人だが、まるっきり男縁がない。
 和田伊佐子(44歳) 昔、楽園で働いていた。その過去を知らない夫と今は楽園ハイツに二人で住んでいる。
 田中芽以奈(17歳) 父が死んでから援助交際をしている。30歳までに死にたいが口癖。
 田中みつ子(45歳) 半年前に夫を事故で亡くしてから、人が変わったように若作りするようになった。

 「好きな男と寝るのは地獄です。けれど好きじゃない男となら楽園にいける」・・・意味深(-_-;)


 
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