「幻の翼」逢坂剛

 百舌(もず)。
 それは彼が弟につけたコードネームだった。弟に異常が発現したとき、彼自身もまた弟の影となって生きる決心をした。
 彼の人生は弟のためにあり、弟の人生は彼のためにあった。それは単に血を分けた兄弟だからではない。
 もっと次元の高いものだった。弟と彼とはいわば《一心異体》の関係にあったのだ。
 百舌。口に出してそうつぶやく。弟を失った今、その名を使う人間は自分しかいない。
 そうだ。今やおれが百舌なのだ。


 百舌(MOZU)シリーズ第2弾。「百舌の叫ぶ夜」(カテゴリー冒険ロマン・ミステリー参照)の続編です。
 前作、凄惨なラストを迎えた稜徳会事件。警視庁公安部長や公安三課長、組織暴力団豊明興業の幹部ら数人の人間が殺害され、闇の暗殺者“百舌”もまた、その命を落としました。
 公安が絡んだ警察の不祥事が明白なこの事件ですが、真相は闇から闇へ葬られることになります。
 実は、この事件の背景には、中南米の右翼政権の首領の来日を契機とした、公安省設置を巡って展開された森原法務大臣と一部の高級警察官僚を巻き込む陰謀がありましたが、その真相を知るのは生き残りの4人。
 すなわち、特別監察官の津城俊輔警視正、公安の倉木尚武と明星美希、刑事の大杉良太でした。
 そして稜徳会事件から1年3ヶ月。
 倉木は警視に昇進、警察局警務局に転出し、津城と同じ特別監察官になりました。
 明星は巡査部長のまま、公安三課から外事二課へ。倉木への想いは抑えきれなくなっています。
 一方、刑事畑の大杉は長年勤めた警視庁捜査一課から、警部補のまま所轄である新宿大久保署の防犯課係長へ。
 大杉だけは左遷人事です。実はこれには裏があるのですが・・・妻と娘のめぐみとは半年前から別居状態。
 時機は到来しました。倉木ら4人は、ついに行動を起こします。
 ついに、警察権力を自らの手中に収めようとしている森原法務大臣を政治の表舞台から引きずり下ろすための戦いが始まるのです。
 しかし、事は簡単には運びません。倉木は稜徳会病院に拉致され、人間を廃人に追いやるロボトミー手術を施術されそうになり、さらに大杉の一人娘めぐみが何者かに連れ去られ、行方不明に・・・
 すべて、森原を筆頭とした警察内勢力、そして異母弟である稜徳会理事長桐生正隆の司る闇のコンツェルンの陰謀でした。
 さらに、前作の稜徳会事件で確実に死んだ百舌こと新谷宏美の兄である新谷和彦が生きているとの情報が。
 彼は豊明興業の連中に、能登岬の突端から突き落とされましたが死体は発見されていませんでした。
 なんと彼は北朝鮮の工作船に拾われており、生きるためにそのまま北朝鮮で工作員の訓練を受けていたのです。
 日本に逆潜入した彼もまた、弟を巻き込み命を奪った稜徳会事件の真相を知ることになるのですが・・・

 1988年の小説になります。
 あとがきで作者が書いている、小説のネタが実際に起ってしまったという事件は、おそらく昭和63年の「渋谷事件」のことでしょうか。これは北朝鮮の工作機関が対韓工作のため人材を獲得し北朝鮮に送っていたという事案らしいです。
 なるほど、北朝鮮による拉致事件が公に追求されることになったのは、小泉政権が誕生した最近ですからねえ。
 時代を感じるといいますか、これほど非道なアンダーグラウンドが表沙汰になったのが最近というのは、情けないね。
 1988年の当時は、この小説も「夢物語」みたいな感覚で一般市民に読まれていたのでしょうか。
 なんともはや・・・
 文章というか構成にも昭和臭いバタ臭さというのかな、垢ぬけてない感じがします。スマートではありません。
 たとえば明星が監禁されて小便漏らしたところを極悪な看護人がイタズラする場面とか、今風な小説ではありえませんね。倉木と明星の心の通わせ方もそうですね。なにかこう、芝居がクサいといいますかドギツイといいますか。
 しかしもちろん、そんなのは物語全般に通底するスリル感と、素晴らしい展開力、ミステリーによって相殺され、末永く読み続けられているロングセラーになっています。


 
 
 
 
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