「ポースケ」津村記久子

 前作「ポトスライムの舟」(カテゴリー芥川賞受賞作参照)から5年。
 健気でたくましくも不安気な“ポトスたち”は、いかに世間の荒波を乗り越え、育っていったのか。
 “近奈良”そばの商店街にある『カフェ・ハタナカ』を舞台に、再び彼女たちの物語が始まる。

 前作でも登場した「食事・喫茶 ハタナカ」の従業員や常連客にまつわる、ヒューマンドラマ短篇集。
 具体的にはそんな店はないのですが、漠然とした所在地のモデル場所として、近鉄奈良駅東口のほうの商店街のさらに奥の商店街、猿沢の池あたりへんがイメージできるかと思いますね。駅の北側つまり奈良女子大側のイメージではありません。
 なんでそんなに私が詳しいかというと、昔そのあたりでバイクの旅中に転倒し、入院していたんですね。
 なんていう名前の商店街だったかなあ。「もいちどの商店街」だったかな、もちいどの、だったかなあ。
 とにかく、本作を読み始めてその場所がパッと頭に思い浮かびましたから。私の場合は。
 まあ、それはいいですな、あくまでもフィクションですからね。

 前作から刊行5年のブランクはそのまま物語でも当てはまり、ナガセやヨシカは34歳になっています。
 りつ子の娘、よく図鑑を眺めていた恵奈は小学校5年生。
 ヨシカの経営する「カフェ・ハタナカ」は軌道に乗っているようです。古書店の2階に店を開いてもう7年になりました。
 以前はナガセがタダ働き同然で手伝っていましたが、今は朝と夜に1人ずつパートを雇っています。
 そしてナガセ(長瀬由紀子)なんですが、残念ながら今回の短篇集では彼女が主人公になる話はありません。
 でも、ハタナカの中心人物である彼女は、どの短篇にも頻繁に登場するので、客観的に彼女の今の様子が逆に浮き彫りになっており、これはこれで等身大な彼女の現況を表すに役立つ手法でしたね。
 ナガセは、化粧品容器の工場で以前のラインの契約社員という立場から在庫管理の正社員に登用されており、相変わらず週3回はパソコン教室で講師のバイトもしているようですが、カルチャー教室でピアノなんかも習っていたり、業者の男性と浮いた話もあったりして、5年前よりはぼちぼち楽しくやってるような雰囲気です。
 前作では肝の存在だったお母さんが今回出てこなかったのが、少し気にかかりましたが・・・

「ポースケ?」
 ポースケとは、ノルウェーの祭り?のことらしい。
 その力が抜けるような語感に楽しくなったカフェ・ハタナカのメンバーは、ポースケと銘打ったバザー、出し物を兼ねた夕食会のようなものを企画する。34歳になった店主のヨシカ(畑中芳夏)はますます恰幅がよくなった。
「ハンガリーの女王」
 加藤のぞみは、ハタナカの常連客で、肌荒れ、職場の対人関係に悩む社会人5年目。
 80歳代で隣国の王子から求婚されたという、14世紀のハンガリー王妃エルジェッドが使っていたローズマリー抽出の化粧水『ハンガリアンウォーター』を作ろうと思いたち、いきいきしたものが自分の中に芽生えるのを感じる。
「苺の逃避行」
 小学校5年生になった恵奈は、飼育栽培委員になってから周囲に内緒で校庭の隅でイチゴを栽培している。
 世話役である川崎先生は、難しい人物で注意が必要だ。バレたら危険である。恵奈の学校生活模様。
 ちなみに本作にはなんばCITY近くのパン食べ放題のレストランが登場、これこそ噂の作者御用達の店か(笑)
 ほか、改めて思ったのは、恵奈の隣のクラスの斉藤さんみたいな子の描き方が異様に巧いこと。
 「校庭の草木のあるところをうろうろしていて、たまに図書館にも出没する」。これだけでどんな子かわかります。
「歩いて二分」
 ハタナカの朝パート、竹井佳枝28歳は、鬱的な睡眠障害で店から家まで歩いて帰る2分の間に道端で寝たりする。
 彼女は会社で役員の秘書になって以来、モラルハラスメントを受けて、電車にも乗れなくなっていた。
 ここでの津村記久子の鋭いところは、竹井佳枝が、朝3時に起きてBS1の国際ニュースしか観ないことを、自分(佳枝)にとって一番負担のない距離、と表現しているところ。世間と断絶しかかっている彼女にとって、国内の一般社会的な情報が入ってくることは苦痛なのである。
「コップと意志力」
 カフェの常連客、梅本ゆきえの話。彼女は大学を卒業して以来、土質試験の仕事をしている。
 土質試験の仕事? 作者の小説のどこかで見たよね。「ウエストウィング」か??違う??
 ゆきえにはぼんちゃんという、背の低い私大図書館の司書をしている彼氏がいて、仲がいい。
 しかしあるとき、ゆきえのアパート付近で不審な男性を目撃する。それは1年半前に別れた元彼だった。
 うん、これは津村記久子にしては珍しい恋愛小説でして、予想に反してとてもいい仕上がりです。書けるんじゃん。
「亜矢子を助けたい」
 タケナカの夜パートのおばさん、十喜子さんの家庭を巡るお話。
 十喜子さんの家族は、リストラされて配送センターで契約社員をしている夫と、東京に出て結婚している長男、会社を辞めて引きこもりになっている次男、そして一生懸命就職活動に励んでいるのだが、めったに最終面接にも残らない、長女で大学3年の亜矢子の4人。
 就活に疲れきり、追い詰められている亜矢子をなんとか助けてあげたいと思う、十喜子さん。
 亜矢子に変わって、就活に有利になるという、SNSの記事を書くことに・・・
 そして東京の長男が家出したという事件も発生。一難去ってまた一難、十喜子さんはいつ家族のことを考えないで、ひたすらレコーダーの中に録り貯めた海外ドラマを一日中観てのんびりすることができるのか。
「我が家の危機管理」
 ハタナカの客であり、ナガセのピアノの先生でもある林冬美37歳の、ぼんやりほのぼの幸せな生活と、小さなさざ波。
 人当たりが良くて美人と決まって言われる彼女は、物書きの夫・匠さんと借りた一軒家で暮らしているが子供はいない。
 ある日、彼女の担当するピアノ無料体験教室に、陽菜乃ちゃんという可哀想な境遇の女の子がやって来る。
 質素に暮らし、滅多に食べないすき焼きを食べたあとお酒を飲んでいるときに世界が破滅するなら仕方ないと思うような、小さい幸せのなかで暮らしている夫婦に考えの転機が現れる。
「ヨシカ」
 カフェの経営者で、ナガセやりつ子、そよ乃とは大学の同級生であるヨシカこと畑中芳夏の物語。
 前作では触れられていなかったが、彼女は恰幅がよくて貫禄があるらしい。
 いま34歳の大阪生まれの彼女が、奈良で店を始めたのは27歳のとき。ナガセの家に居候していたこともある。
 実はヨシカは、新卒で食品メーカーの総合職として採用され、営業成績も抜群の“できるオンナ”だった。
 しかし、仕事の評価が上がれば上がるほど、彼女は社内で孤立していった。
 たったひとり人間として接してくれた、女性経理部長の篠宮さんが急な事故で亡くなってから、彼女の会社人生が変容していく。会社というところは、どれだけ着実に居場所を作ったようでいても、そんなものは幻なのである。
「ポースケ」
 ハタナカ主催のお祭り・ポースケの日がやってきた。様々なキャラクターが一同に会した大団円となる。
 加藤のぞみはハンガリアンウォーターを、そよ乃はフェルト製のダイオウイカを、恵奈はドライイチゴなどを持ってくる。注目はナガセのピアノ弾き語り。なんとシンディ・ローパーのトゥルー・カラーズ。名曲じゃないですかぁ。
 トリの夕食会は、なぜかアメリカの連続殺人鬼テッド・バンディの最期の晩餐のメニュー。ステーキ、目玉焼き、ハッシュドブラウンポテト、など。これで2500円は安いのか高いのか・・・
 竹井佳枝は、ハタナカを辞めて生駒にある学習塾の代用教員をすることになりました。
 ひとまず、この奈良のカフェものがたりも、メデタシメデタシというところでしょうか。
 私としては、結局、作者は人生はトゥルー・カラーズということが言いたかったんだなあと思いました。
 会社で生きているうちは、社会で人目をうかがって暮らしているうちは、トゥルー・カラーズじゃないのです。
 人生に遅いということはありません。
 いつトゥルー・カラーズで生きていけるか、ということが人間の本当の幸せのカギなんじゃないでしょうかね。


 
 
 
 

 

 
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