「ポトスライムの舟」津村記久子

 第140回(2008年度下半期)芥川賞受賞作でして、久しぶりの再読です。
 なぜまた読んだかというと、続編が出たのですね、「ポースケ」ってタイトルだったかな。
 近々、読んでみようと思っています。
 しかし、悲しいかな、間隔が5年も空いてしまうと、ろくに前作の内容を覚えておりません。
 私がうっすらと覚えているのは、舞台が奈良だったことと、ユニクロの正露丸のTシャツを着ている女性がキャラクターにいたこと。この2つくらいでした。面白かったという感覚だけは残っているのですが、情けないことですね。
 ちなみに、本作はカップリングで「十二月の窓辺」という短篇も収録されており、これは私がそれまで読んだことのないようなオフィスでのモラルハラスメントをテーマにした小説で、非常に面白かったというか、津村記久子という作家が好きになった作品なのですが、これもまた、「良かった」という感覚だけを残して、脳から消え去っていました。
 おそらく、粗製濫造の低質アルコールの継続的摂取によって脳細胞の電気反応が変異しているのだと思われます。
 でもまあ、忘れていたおかげで再読が出来て、改めて「ポトスライムの舟」という作品世界に入ることができたので良かったです。5年前に読んだときとはまた違う感想を持てたと思っていますから。
 時代変化もありますしね。5年も前なら一昔、というような昨今でしょ。ポトスの登場人物たちも、どういう風に5年を経ているのか、まあ楽しみにしておきます。

「ポトスライムの舟」
 ナガセ(長瀬由紀子)は29歳。奈良市内の築50年の家で母親と二人暮らし。
 新卒で入った会社を上司からの凄まじいモラルハラスメントが原因で退社して数年、今は工場の契約社員をしている。
 他にも大学の同級生で友人のヨシカが経営しているカフェで給仕をしたり、パソコン教室で講師のバイトをしたり、家ではデータ入力の内職もしている。
 貧乏暇なし。男など探している時間も余裕もない。結婚するくらいなら雨漏りがする家の改修をしたい。
 忙しくしなければ生きていけない。毎日ごはんを食べなければならないし、暗い夜には電気をつけ、暑い夜には冷房を、寒い冬にはこたつや電気ストーブを動かせるだけの生活を維持するために。
 時間を金で売っているような気がする。しかし、自分という生の頼りなさと、それを続けていかなければならないことにとてつもなく不安を感じれば感じるほど、ナガセは動き続けなければならなかった。
 あるとき、ナガセは工場の掲示板でNGOの主催する世界一周クルージングのポスターを見かけて愕然とする。
 クルージングの代金は163万円。それはナガセにとって、ほぼ1年分の工場の給料と同額だった。
 働き続けなければならないのに、働き続けることの意味が生活の維持という悲しい現実から逃避したいナガセは、その日から1年間で163万円貯めることを目標に極端な節約生活を始めるのだが、そんな矢先、大学の同級生で友人のりつ子が、夫との不仲で家を飛び出し、娘で幼稚園児の恵奈とともにナガセの家に転がり込んでくる。
 改めて読んでみると、働きながら生きるということの意味を考えさせてくれる名作でした。
 2008年という年はこういう作品がマッチする時代だったのでしょう。ユニクロの正露丸は、りつ子だったか。
 奈良が舞台というのは、確かエッセイによれば作者の友人が奈良にいたような気がするので関係あるかもしれません。
 でも、奈良市から生駒まで自転車で行くのは無謀だと思いますが・・・


「十二月の窓辺」
 ツガワは、休憩室から羨望の想いでトガノタワーを見上げ、ため息を漏らす。
 それは、そこに入っている雇用環境促進事業団に、就職の最終面接で落されたことにも関係がある。
 そのとき、女性社員の笑い声が聞こえてくると、ツガワは慌てて自動販売機の影に隠れる。
 彼女には、この会社に居場所がない。
 ツガワは、郊外に本社のある社員数300人を数えるそこそこ大きな印刷会社に就職した。
 研修が終わると彼女は支所に配属されたが、秋口まで部署が決まらずたらい回しにされたうえ、工場出向まで命じられた。出向が終わると入社10ヶ月が経っており、もともと支社は地元採用の高卒の女の子たちが大部分をしめてる上、職場の先輩のほとんどが3,4つ年下という女の職場で、まったく馴染めない。
 そしてこの職場でのキャリアが16年という、V係長のムラのある態度にツガワは徹底的にイジメられた。
 V係長の怒声は、ツガワの思考力を、判断力を、尊厳を奪っていった。
 ツガワのストレスのほとんどが、V係長に関わることに集中しているといっても過言ではない。
 あるとき、来月分の本社に提出するフィルムの1枚を紛失したという疑いをかけられ、命が縮むほどどやされたツガワは、常に辞表を携帯するようになった。
 さらに、同じビルの薬品会社の営業をしている、ツガワより4つ上でたまに昼食をするほど仲良くなったナガトという女性に、腹いせで狂言自殺をしてやろうと目論んでいることを明かす。
 この話は、ツガワをポトス~のナガセと置き換えて読んでみてもいいかもしれません。
 というより、津村記久子という作者の実体験がけっこうな割合でミックスされていると思って間違いないです。


 去年知ったんですが、津村さんOL辞めたんですよね。びっくりしました。
 この2篇の小説の主人公であるナガセとツガワの、ある意味、窮屈というか追われているような生き方は作者自身の体験が元であると思っていただけに、津村記久子が仕事を辞めて作家一本に絞るというのは、驚きでした。
 ひょっとしたら、結婚するのか!? いやいや・・・痩せたらキレイなのに、パンの食べ放題とか行っているくらいなので、それはないでしょう。パンの食べ放題はキツいですよ、炭水化物ですからねえ。
 何はともあれ、芥川賞作家のなかで私が好きな3人を選べば、金原ひとみ、綿矢りさ、そして津村記久子になります。
 西村賢太もいますが、あれは汚いオッサンだからなあ、別にいらない。
 金原ひとみや綿矢りさは、超人的な才能に恵まれたモンスターですが、津村さんは云うなら凡人の天才。
 この方くらい受賞後も真面目に一生懸命に作品を発表し続けている方は、いません。
 もっとも、平易な書き方をしていますが、本当は巧妙な筆力のある方なので、凡人を装っているのが本性かも。
 何の特徴もないと思うのですが、読むのにストレスを感じさせない、飽きのこない作風がいいのかもしれません。
 OLと作家の二足のわらじを履いているうちは、二度寝をすることが夢だったそうです。
 今は夢がかなったことでしょう。これからの活躍を祈っています。


 
 
 
 
 
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