「鉄底海峡」高橋雄次

 「全軍突撃せよ」の命令はすでに発せられた。
 右にガダルカナル島、左にサボ島の島影が見える。“鉄底海峡”には微雨が降っていた。
 突然、青白い光が走った。さきに進発した味方の偵察機が、敵の上空に吊光投弾を投下したのだ。
 「発射目標 右5度巡洋艦 右魚雷戦」「右砲戦 右5度 巡洋艦」
 全艦の大砲と魚雷発射管が目標のほうを向いた。私は、直ちにつぎの号令をかけた。
 「魚雷発射ハジメッ!」
 「発射魚雷数4 方位角左35度 照準距離3.500 深度4メートル 第一雷速 射角零」水雷長が報告する。
 射角零は、このとき敵が停止しているか直向してくることを意味する。第一雷速は魚雷の速度は36ノット、つまり1分間に1.112メートル進む、敵艦の舷側に到達するまで2分か3分であろう。はたして2,3分経ったとき、私の右側にいた若い見張員が叫んだ。
 「敵艦、魚雷発射!」
 これは、おかしかった。私は7倍双眼鏡で魚雷命中爆発の水柱を見ていたので、心地よい腹立ちを感じて、見張員の水兵の頭を軽くたたいた。
 「バカヤロウ、あれはうちの魚雷があたったんだい!」


 タイトルの鉄底海峡とは、ソロモン群島ガダルカナル島の北からフロリダ島ツラギの南にいたる海峡のことです。
 昭和17年8月以来1年以上にわたるガ島争奪戦の間に、この海峡に沈んだ彼我多数の艦船は、海底を文字通り鉄と化しました。ゆえに米海軍は海図にこの海峡の名を「IRON BOTTOM SOUND」と記入したのです。

 著者の高橋雄次氏は元重巡「加古」艦長。
 潜水艦はそうでもないんですが水上艦の艦長の手になる戦記は多くありません。
 しかも、「加古」は第1次ソロモン海戦の帰路、米潜水艦の雷撃によって轟沈しましたからね。
 日本の海軍艦長は、艦を沈めた責任をとって船と一緒に沈む方も多くいらっしゃいました。
 しかし、この元「加古」艦長である著者は、生き残った乗員に向かって、「艦が沈没し生き残っても腑甲斐ないと思うな。艦は沈んでも沈んでも、いのちあるかぎり最後まで粘って奉公せよ」といったそうです。
 これは正しいですよね。沈没後、同じ第6戦隊僚艦の艦長と顔を合わせたり、指揮下にある第8艦隊司令部に出頭したりと恥を忍んだ場面もあったと思いますが、著者はひたすら耐えて胸を張って生き抜いたのです。
 輸送船で内地に帰還して何も知らせず自宅に向かい、「ただいま!今回はキンタマひとつで帰ってきた!」と奥さんに言うと、奥さんは「キンタマがあれば結構です」と返したと書かれています。
 思わず笑ってしまいましたが、この方が強く生き残っていればこそ、本書のような「加古」の栄光と悲劇の航跡が後世に残されたわけですから、沈没時に死亡された68名の乗組員の御霊のためにも、船が沈んだってこれからまた頑張る!という著者の姿勢は正しかったのです。戦うものにとって殉死など、無意味なのです。

 加古の栄光は一瞬で暗転しました。
 昭和17年8月7日のDデー(連合軍反抗開始日)によって、これまでMO作戦支援のほかはドサ回りをしてきた重巡加古属する第6戦隊は、初めて戦争の矢面に立つことになり、第8艦隊旗艦重巡「鳥海」を先頭に敵艦隊の泊地であるツラギ海峡夜襲に進発したのです。
 途中、米潜水艦S38に南下を発見されるものの近すぎたために雷撃されず、オーストラリア軍の偵察機は艦隊を発見しましたが、報告が遅れたばかりか艦種を誤って伝えたために、ツラギの連合軍艦隊は8日夜半から9日未明にかけての日本軍の夜襲はないだろうと推測し、米機動部隊もはるか南に南下退避していました。
 さらに泊地の入り口で哨戒していた米駆逐艦ブルーは艦隊を発見できず、艦隊に2千メートルまで近づいた米駆逐艦ジャービスは昼間の日本海軍航空隊の攻撃で大破し、わずかに推進機関が可動しているだけで戦闘機能も通信機能も失われていたので、日本艦隊の泊地侵入を通報することができませんでした。
 著者が書いているように、この海戦「第1次ソロモン海戦」の完勝は、指揮官の果断、実行力とならんで何重もの偶然に恵まれていたというのが、真相のようです。
 わずか数十分の戦闘で、連合軍の重巡洋艦を4隻も撃沈したばかりか、こちらの被害は微々たるものでした。
 「加古」は、五島第6戦隊司令官によって豪軍巡洋艦「キャンベラ」への雷撃撃沈が認められ、被害は12.7センチ砲弾の破片が1番砲塔の右側防熱板を貫通しただけでした。
 しかし、搭載している水上偵察機が1機、戦闘前に行方不明になっていましたが・・・

 このときの艦隊が余勢をかって敵のガ島輸送船団を襲撃していたらという、有名な「タラレバ」について著者は、なぜ再突入しなかったのかという疑問はもっともであると答えています。
 さらに、海峡への突入が浅かった(もう少し深くはいっていればもっと敵艦を叩けた)、26ノットという速度が速すぎた(あと4ノットでも遅ければもっと砲撃出来たし戦果は上がった)、艦隊間の開距離1200メートルは長すぎた(古鷹はおそらくこのために前艦を見失い艦隊の行動が崩れた)などの当事者らしい疑問点を挙げておられました。

 海戦の帰路、8月10日午前7時過ぎ、意気揚々と凱旋中の「加古」を雷跡が襲いました。
 シンベリ島沖で対潜警戒を五島司令官が解いて、之字運動もしておらず16ノットで航海していたときのことです。
 「加古」は改装を重ねたとはいえ大正15年竣工の最旧型の重巡であり、舵の効きがよろしくなく、しかも外二軸の推進器で航行していたためになおさら回頭が遅れました。艦首に1発被雷したあと、続けて2発が中後部に命中爆発。
 被雷から約5分、瞬く間に沈没しました。その割には生存者は多く650名、戦死者68名。
 艦長をふくむ生存者はシンベリ島に漂着し、救助を待つことになります。
 余談ですが、戦後著者が横須賀で水先案内人をしているときに、このとき「加古」を雷撃した米潜水艦Sー44の艦長だったムーア大佐と再会しています。大佐から「お前は今私をどう思うか」と訊ねられ、著者は「野球の試合をして負けた同様に思っている」と答えたそうです。
 
 この他無念ながらの沈没後の事後整理(船とともに沈んだ乗組員の給与やら戦死者の弔辞なども)がこれほど詳しく書かれている本は他にないでしょうが、昭和16年9月15日に著者が「加古」の艦長として赴任して以来の日々も楽しく書かれています。開戦を控えて南洋に行く前に艦内の酒保で扱うミカンを大量に買わせたこと、士官の結婚問題、航海中は禁酒していたがたまにひそかにビール一本を艦長休憩室で飲んだことなど、面白かったですよ、大変いい本でした。
 以下はウェーキ島攻略作戦中、僚艦の水兵が海上に転落したことを皮肉った短歌
 ウェーキとアウェイクをかけるなんて、さすが艦長(笑)

 戦闘の用意をよそに居眠り坊 どぶんと落ちてやっとアウェーク   元「加古」艦長・高橋雄次



 
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