「その峰の彼方」笹本稜平

 なぜ人は山に登るのか。
 「それはそこに山があるからさ」というような有名な登山家のセリフに納得されている方は、この本は荷が重いかもしれませんねえ。あれは登山家のオレに対してバカな質問をするな、という半ば世間を見下した答えではないでしょうか。
 彼らは、そこに山があるだけで登っているのではないと思いますよ。
 登山というゲームには、死というペナルティが明確に存在します。世間一般の尺度からしたらクライマーやアルピニストは狂っているとも言えます。一歩足を踏み外せば奈落の底みたいな絶壁を這い登っているでしょ。
 私の住んでいる近辺の、なだらかで雪が滅多に積もらないような夏山でも、この1年で何人も遭難しています。
 私も山は嫌いではありません、ヒマラヤトレッキングだってアンナプルナとランタンの2コースやりましたしね、ただし山歩きは好きですけど本格的な山登りにはまったく興味はなく、根がナチュラリストながら猫にできてるものですから、手がかじかむような雪の積もった山とかもう、死んでも近寄りたくないですね。スキーできませんし。
 だからねえ、本作もそうなんですが、極寒の雪山を登る人間の気持ちだけは理解し難いですね。
 でも「わからんなあ」と思いながら本作をラストまで読んで、実は「少しわかった気がする」に変わりました。
 そりゃクライマーによって思うところはそれぞれなんでしょうけどね。自分自身わかってない方もいるだろうし。
 ちょっとした油断はもちろん、少しの不運に見舞われても命を落とす雪山で、名誉欲にも競争心にも煽られたのでなければ、なぜ人間は山頂を目指すのか。なぜ人は山に登るのか?
 本作のラストは読み手の捉え方次第でしょうが、最後まで読まれた方には、それぞれの捉え方でその答えが出ることだろうと思います。そういう意味では非常に奥の深い作品でした。

 舞台は合衆国最高峰、アラスカのマッキンリー。
 先住民の呼び習わしは、大いなる者を意味する「デナリ」で、誠に気高きこの山に相応しい。
 標高は6194メートルながら、北極圏に近い高緯度のために気候条件は厳しく、冬のマッキンリーの手強さは同じ時期のヒマラヤの7000メートルに匹敵すると云われる。記録された最低気温はなんと、マイナス73度!
 1984年には、著名な日本の冒険家・植村直己がここで命を落としたことでも知られる。
 そしてまたひとり、世界的に有名な孤高のクライマーが厳冬のマッキンリーで消息を絶った。
 彼の名は津田悟。
 津田は、1961年にイタリアのリカルド・カシン隊が初登した“カシンリッジ”という、距離が長く変化に富んだ難ルートを厳冬期に単独登攀する、誰も成し遂げたことのない記録に挑んでいた。
 津田の遭難を知り、大学山岳部で津田と同期生だった吉沢國人は、急ぎ現地に飛ぶ。
 実は彼は去年の秋、今回の津田の挑戦に誘われていたのだ。しかし彼は、理屈を超えた嫌な予感を感じて断った・・・
 日本の登山界を追われるように津田がアラスカに渡って10年。
 かつて狷介な皮肉屋だった山男は、幸せな結婚をし、ガイドビジネスで成功を収め、妻の祥子が研究していたアラスカ・インディアンの部族と交わるうちに角がとれて、競争心も名誉欲もなくなった。
 アルピニストとして成功し、アメリカの永住権も獲得、地元の山岳ガイドの信任も篤かった。
 そんな彼が、どうして命を落とす危険性がある厳冬期のマッキンリーへ無謀なチャレンジをしたのか。
 しかも吉沢がアラスカに到着してから知ったことだが、津田の妻である祥子は妊娠4ヶ月だった。
 そして津田は、アラスカ先住民であるアサバスカ・インディアンの生活向上のために、日本のメガバンクや旅行会社とタッグを組んでマッキンリーの麓にリゾートホテルを建設する壮大な計画の中心人物だったのだ。
 そんな順風満帆で責任的立場にある彼が、厳冬のカシンリッジに何を見、何に引き寄せられたのか??
 ホテル経営に乗り出すという前向きの野心と、死の願望に取り憑かれているとしか思えない困難なチャレンジ。
 普通なら意志とは理性によってコントロールされた合理的な人間行動だが、山に登りたいという意志は制御しがたい本能なのか。謎を解き明かすべく、登山史上稀にみる決死の救出作戦が始まる。

 私がラストで思ったのは、“悟り”かな。
 自分が変わるってことは、何か違うものに変化するんじゃなくて、元から自分の中にあったものに気づくってことだと思うんです。だから周りが違って見える。自分は孤独ではなく、宇宙と融合しているような感覚ですね。
 津田はマッキンリーで死にかけて、そういった悟りを開いた。これが彼の見たもので、知りたかったこと。
 彼が山に登った原因。
 あくまでも私はですよ、そう思いましたね。
 さて、山岳冒険小説ということで色々と興味深いネタもありましたね~
 だいたいイリジウム衛生携帯電話を持っていれば、もっと簡単に救助されていたんですよ津田さん。
 そして重度の低体温症の恐怖 昔、八甲田山で日本の兵隊が死んだときもそうでしたが、寒暖の知覚に異常を来し、氷点下の気温でさえ暑いと感じてしまうんです。だから着ている服を脱いでしまって裸で凍死してしまう・・・
 さらにレスキューデス。重い低体温症の場合、急激に体を暖めたり熱い飲み物を飲ませたりすると、ショック死してしまうことがあるそうです。知りませんでした。
 気をつけて登りましょうね、山は。
 でも遭難しても自己責任なんて言っちゃいけません、それもまた人生なのですから。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
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