「恋しくて」村上春樹編訳

 恋愛というのは長い一連のさして意味のない質問に似ている。
 ただし相手からそれに対する回答が返ってこないことには、うまくやっていくことができない。
 同じように、未来を誰かと分かち合うというのは要するに、反復をより巧妙にこなしていかなくてはならないことを意味している。もしそれができなければ、未来を誰かと分かち合うのは、あまり愉快なこととは言えなくなる。


 欧米(ロシアもあるけど)の、いろんな種類の、いろんなレベルのラブ・ストーリーが集められたアンソロジー。
 編纂も翻訳も村上春樹。おまけで自身も一作書き加えて、全部で10篇。
 それぞれの作品の後には、編訳者によるレベルの高い解説が付いており、嬉しい。
 長いものでも50ページほどだし、知らずに引き込まれる名短編ばかりなので、読むのにストレスはありません。
 今現在熱愛中の方も、失恋中の方も問題なく楽しめると思いますよ。
 私に云わせれば、どっちも幻想ですけどね。
 幻想で胸がドキドキしたり、かきむしらんばかりに苦しんだりするのは、非常に幸せなことだと私は思います。

「愛し合う二人に代わって」マイリー・メロイ
 学生時代、のっぽの痩せっぽちで、内気で不格好だったウィリアムの唯一の特技はピアノが弾けることで、それを通じて知り合ったのがブライディー・テイラーという女の子。ウィリアムは彼女に惹かれていくが、気持ちを打ち明けることはできない。彼女の父親は弁護士で、モンタナ州は合衆国で唯一、二重代理結婚を認めている州だった。イラク戦争たけなわの頃、彼女の父に頼まれてウィリアムとブライディーは出征兵士たちの代理結婚を行うようになる。
 愛し合う二人に代わって結婚式を行っているうちに、やがてブライディーは女優を目指してニューヨークに行き、ウィリアムは彼女に気持ちを伝えられないまま、作曲家を志してインディアナへと、二人は離れ離れになってしまうが・・・
「テレサ」デヴィッド・クレーンズ
 14歳で身長190センチ体重127キロの巨漢・アンジェロは、ここ2ヶ月の授業中、二列前に座っているテレサを見つめ続けていた。想いがつのったアンジェロは、ある日の放課後、帰宅するテレサの後を付ける。
 そこで彼が見たものとは・・・ 村上春樹の解説が秀逸。
「二人の少年と、一人の少女」トバイアス・ウルフ
 その夏、レイフとメロリ・アンが付き合いだしてから、ふたりにレイフの友達ギルバートを加えた3人はどこに行くにも一緒だったが、レイフが父親と釣り旅行に出かけ、ギルバートとメロリ・アンは二人きりで会うようになる。
 やがて根からの皮肉屋ギルバートは、単純だが純粋で素朴なメロリ・アンに心を惹かれていく。
 ラストの意味は、厳格な父親に支配されがちなメロリ・アンに、自分の頭で考えて一歩踏み出すことを教えた、ということだと思います。
「甘い夢を」ペーター・シュタム
 暮らし始めて4ヶ月のララとシモン。ある日、二人の乗ったバスに黒いコートを着た男がいた。
 近所で不気味な事件が続く中、ララはテレビの中にあのときの黒いコートの男を発見する。
「L・デバードとアリエット――愛の物語」ローレン・グロフ
 20世紀初頭。元オリンピック金メダリストの水泳選手で、今は貧しい詩人である43歳のL・デバードは、さる富豪からポリオの後遺症に悩む16歳の娘アリエットのリハビリのため、水泳レッスンを頼まれる。
 レッスン中、あろうことかアリエットはLを誘惑し、急激にふたりはお互いを愛し合うようになる。
 周囲の誰にも知られずに愛を育んできたふたりだったが、やがてアリエットは妊娠し、そして1万9千人のニューヨーカーの命を奪うことになるスペイン風邪が猛威をふるいはじめる・・・
「薄暗い運命」リュドミラ・ペトルシェフスカヤ
 デブでハゲで先行きのきわめてあやしい仕事に就いている、42歳の不健康な既婚男を、母親を一晩追い出してまで自宅に呼んで情事に耽った30代未婚の女。彼女にとって彼は宝だった。
 こういう作品を作れるところが、ロシア文学の理解できない凄さです。
「ジャック・ランダ・ホテル」アリス・マンロー
 これが一番面白かったかと思います。
 カナダで中年の恋人同士だったゲイルとウィル。ゲイルは自分の店で仕立てた服を売っていましたが、演劇家だったウィルは歳が半分ほども違う女性と、駆け落ち同然にオーストラリアに去っていきました。
 彼の母親と仲良くしていたゲイルは、彼のオーストラリアの住所を偶然に教えてもらうのですが・・・
 すべてを捨てて、オーストラリアにやってきたゲイルを待つ、恐怖と期待。
 彼らがどんなところに住んでいるのか見たいと思う一方、そこから逃げ出したいという矛盾した想い。
「恋と水素」ジム・シェパード
 1937年、700万立法フィートの水素を支える巨大なガス袋を持った、ドイツの誇る全長804フィートの飛行船「ヒンデンブルク号」。航海中の飛行船内で働くエンジニアのマイネルトとグニュッスは、極秘裏に愛し合う仲。年齢差のある同性愛である。ニューヨーク航路で、マイネルトが旅客の女の子といちゃついているのを目撃したグニュッスは、嫉妬でメンテナンスに身が入らなくなり・・・
 恋愛で凹んでいるときに、ろくな仕事ができないか完璧な仕事ができるかで人間の値打ちが決まります。
 同性愛は関係ありません。
「モントリオールの恋人」リチャード・フォード
 これは男と女を描いた小説としてレベルが高いですし、アメリカとカナダの人間気質を知る上でも良作かと思います。
 仕事でチームを組んでいたアメリカ人弁護士のヘンリー・ロスマンとカナダ人公認会計士のマデレインは、この2年間友達以上の関係だった。ロスマンは49歳のバツイチ独身、マデレインは33歳で夫と息子がいた。
 関係に終止符を打つべく、モントリオールのホテルで最後の一夜を過ごしたふたり。
 しかし次の日の朝、マデレインの夫を名乗る男から部屋に電話がかかってきて・・・
「恋するザムザ」村上春樹
 目を覚ましたとき、自分がベッドの上で“グレゴール・ザムザ”に変身しているのを彼は発見した――
 カフカの「変身」のパロディー。ザムザに変身したのはおそらく逆に毒虫でしょうか。鳥を気にしていますし。
 あるいは毒虫に変身したザムザが、再び元の人間の姿に戻ったのかもしれません。
 そうだとしても彼は、人間としての生活を思い出すことができませんでした。
 彼は、錠前を直しにやってきた、せむしで蓮っ葉な鍵師の女性に恋をしてしまいます。
 ブラがかゆくて体をくねらしたその姿が、虫だったザムザの琴線に触れたのです(笑)


 
 
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