「もしもし、還る。」白河三兎

 泥酔して帰宅した田辺志朗が目を覚ますと、そこは砂漠だった。
 辺り一面、赤っぽい砂しかない。砂漠のど真ん中で、パジャマ姿の彼は寝ていた。
 そして、あまりの出来事に呆然とする彼の真上に、公衆電話ボックスが降ってくる――
 
 で、その砂漠に現れた電話ボックスは過去や異次元に繋がるのですな。
 と、それくらいは読む前に事前知識があったので、乾くるみが書くようなファンタジックミステリーかと思いきや、違いましたね。砂漠で遭難して死ぬまでの夢を見る話は、フジテレビの世にも奇妙な物語にありましたが、それともまったく違いました。白河三兎オリジナルの、どちらかというとエンターテインメント性よりもヒューマンドラマ的な情趣を色濃く反映させたものでした。読む人によれば、その破滅的な“重苦しさ”が鼻につくかもしれませんね。
 私も、もう少しエンタメ系に振ってもよかったと思います。
 それに、ちょっと伏線が多すぎるように思いますね。現在と過去の話が交互に語られるカットバック方式はただでさえ複雑であるのに、やたらめったら伏線を詰め込まれても、わかったようでわからないような、つまりスッキリしません。
 しかも、伏線がすべて回収できたのかといえば、違いましたでしょ、たぶん。
 志朗のギプスに書かれたメッセージは、桐子の筆跡に似せたものだったということですが、ちゃんと桐子がサインする場面がでてくるのはどういうことなんでしょうか。
 文庫本巻末の解説のオッサンは、すべての伏線が鮮やかに回収され、突拍子もない展開が実は必然だったとわかるのだ、エッヘン、と書いていますが、とてもとてもそうは思いませんででしたねえ、私は。

 何かを書けばすべてネタバレになるような小説なので、感想も説明も難しいですが、まあもういいか、要は
田辺志朗が死ぬ直前に言いたかったこと、それは何か? という小説なのですよ。ネタ振りが大げさなだけで。
 本作の主人公である28歳のこの男は、子どものときに両親からほったらかしにされていたこともあって、他人に心を許しません。どこか拗ねて生きているというか、孤独です。人生どこからやり直すかとなると、生まれてきたという根本的なところから間違っているんじゃないか? とまで考える。いつ死んでもいい、とも思っています。
 彼には、大学生時代から付き合っている遠藤桐子という1つ歳上の女性がいました。
 現実逃避的な彼は、桐子と8年間付き合いながらも、正式な恋人という感覚がありませんでした。
 これはひとつには志朗の親代わりだった姉の楓の存在の大きさもあったのでしょうが、やはり気持ちを相手に移入していけば捨てられるという、志朗という人間の自己中心的的な厭世観が根本にあったのでしょうな。
 端折ると、そんな彼が、実は死に瀕してしまう。
 力が抜けてうまく動かせない唇で、彼が桐子に伝えたかったこと、それは「愛している」でした。
 いつ死んでもいいと拗ねて生きてきた彼が、死ぬ直前に、自分はひとりぼっちではなかった、生かされていたのだということに気づいたのです。まあ、詳しくは書きませんが生前の家族にまつわるいろんな誤解も解けた。そして、生きたいと強く思うと同時に、いつも傍らにいた桐子にまっすぐに向かい合うことができたのです。
 もう、遅かったですがね。
 もちろんこの物語はいろんな見方があると思いますが、砂漠の話はすべて脳内だと私は思います。
 いや、9歳のときに溺れかけたときに女性の声がしたことや、幼い桐子と電話で話したことは現実に繋がっているじゃないかと云われても、それだと切ない余韻を残すラストが何となく胡散臭くなってしまいます。
 志朗を刺したのは、実際には楓かもしれないし稲井課長かもしれません。あるいはまったく繋がりのない通り魔かもしれません。泥酔したまま刺された志朗が部屋に還ってきて倒れ、別れを切りだされて慌てて飛んできた桐子に抱きかかえられるまでの・・・数十分間でしょうか。この物語はわずか数十分間に志朗の脳内で起こった幻なのでしょう。こっちのほうが、切ないし美しく思います。

 人生とは、おそらくこんなものなのでしょう。
 死ぬときになってようやく、本当の自分に巡り会えるのかもしれません。感謝できるのかもしれません。
 それでは遅い、とは私は思いません。なぜなら、人間は生きているということ自体がすでに恥。
 ウンコはするし屁はたれる。どんな美男美女も人生に一回は人前で鼻毛を風にそよがせていたことがあるはずです。
 妙に悟ったように生きるよりも、死ぬとき一瞬後悔すればいいと開き直って清々しくやればいいのではないでしょうか。
 生きているときの一万回の「I LOVE YOU」よりも、死ぬ間際の声にならない「愛している」こそ真実なのですから。


 
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