「氷平線」桜木紫乃

 直木賞作家・桜木紫乃のデビュー作品集。
 2002年のオール讀物新人賞受賞作「雪虫」を含む50ページ前後の作品が6篇。
 ジャンルは、そうですね、恋愛小説ほど爽やかではなく情痴小説ほどドロドロはしていない、ヒューマンドラマ。
 ラストの表題作「氷平線」はミステリーとしても、十分読めます。
 全作品に共通しているのは、舞台が北海道であること、しかも帯広より向こうの道東です。
 桜木紫乃という作家に対する私のイメージは、北海道の情景を基軸とした北海作家というべきものですが、札幌や函館が舞台の作品は読んだことありません。丸太一本通せば持ち運べるようなトタン屋根の漁師小屋の集落があるオホーツク海沿いや、十勝平野の牧場、開拓小屋を舞台とした作品がやはりこの作家らしい、と思います。
 『ラブレス』こそこの方の会心の代表作だと思いますが、あの貧しい北海道開拓民の辛苦に満ちた物語は、魂がふるえました。読み終えたときに涙が止まりませんでした。あれこそ本当の直木賞受賞作だったと思います。
 調べてみると、桜木さん、釧路出身だったのですね。だからこそ書ける世界なのかもしれません。

「雪虫」
 これがデビュー作です。ここから一冊の本を世に出すのに5年かかったそうです。
 札幌で自己破産した達郎は、十勝平野で和牛農家をしている実家に帰ります。高校のときから付き合って一緒に札幌に出た四季子は、別れたあと一足先に帰っており、すでに結婚していました。しかし、牛舎の二階でその関係は復活します。生きながら腐っていくような田舎の毎日で、同じような速度で発酵し腐って土になるはずだったふたり。
 達郎の父が世話をしたフィリピン人の少女マリーがやって来たことにより、時間の流れは少しずつ変わりだしますが・・・

「霧繭」
 人口20万人に満たない北海道の地方都市で針を持って20年、和裁師の島田真紀は、85歳になる師匠から代替わりを告げられます。引き継いだのは、やり手の女将が仕切る呉服屋「かのこ屋」の仕事一切と、やよいという何を考えているのかよくわからない若い弟子ひとり。実は真紀は、かのこ屋の顧客部長である山本と3回ほど逢瀬を重ねたことがありました。そしてその時まで、山本が、かのこ屋の女将であるひな子と以前に男女の仲であったことを知りませんでした。真紀はかのこ屋のトップ職人として、ひな子は街の職人を束ねるかのこ屋の女将として、山本は女将の片腕として、それぞれの思いだけではどうにもならない立場が3人を取り巻いていく・・・

「夏の稜線」
 久保京子は22歳で農業研修先の酪農家に嫁いで9年。真由という娘がひとり、男が生まれないことに口やかましい姑、時間が経つごとに牛のようになった夫とともに、学校の全校生徒は20人、隣町の大型スーパーまで50キロという牧場に住んでいます。
 牧場農家の口うるさい姑と、牛のように愚鈍で母親に従順な夫、そして窮屈な田舎の暮らし。まさに、桜木作品のひな形とでもいうべき物語ですね。実際はどうなんでしょう、十勝の酪農家のみなさんが北海道を代表する作家である桜木紫乃を読んでも、怒るだけなんじゃないかと思うんですが・・・

「海に帰る」
 これは面白い作品。昭和49年の釧路が舞台になっています。
 25歳の理容職人・寺町圭介は、親方から店を譲られて独立します。叩きこまれた技術は親方を超えていた圭介ですが、はたして店についていた客がそのまま離れないでいてくれるものか気が気でありません。
 そんな独立して間もない大雪の日、赤いロングコートの女が偶然店にやって来るのです。
 女は大雪で馴染みの店が閉まっており、圭介の店を見つけたのです。彼女は歓楽街でトップクラスのキャバレーに勤めている夜の女で、出勤前に毛剃を頼みにきたのでした。これが縁となって、絹子と名乗った女は真夜中に度々圭介のもとに訪れるようになるのですが・・・
 「人の気持なんて死んだって手に入るようなもんじゃない。欲しい男をいっとき手に入れて、それが悪いっていうならそれでも構わない。わたしを責める人は自分も同じことをしたい人たちよ」は名セリフでした。
 圭介の子でしょうね。

「水の棺」
 釧路の西出歯科クリニックで歯科医師として勤める関口良子は35歳。院長で15歳上の西出とは、ほぼ勤めだした5年前から男女の仲で、ふたりの関係は周囲の誰もが知っていました。
 派手にインプラントと審美、矯正治療を宣伝して万単位の治療費がかかるクリニックは、釧路の経済衰退とともに経営が苦しくなり、西出との関係の精算という意味もあって、良子は10年ものあいだ歯科医師不在で歯科医師を熱望していた、人口2千人のオホーツク海に面したあさひ町への赴任を決めました。
 いざ着任して施療を開始してみると、町に向かうまでの絶望感からは浮上するのですが・・・
 男と女は田舎にいったほうが負けますね。でも、結末はわかりません。

「氷平線」
 桜木名物、海に面したトタン屋根の掘っ立て小屋が舞台。
 オホーツク海を望む集落に10年ぶりに帰ってきた遠野誠一郎。彼は、貧しい漁師の家に生まれ、アル中の父親の目から逃れるように必死に勉強に励み、東大に合格しました。
 財務省の官僚になった彼は、若くして岩見沢税務署長に補され、故郷に錦を飾ります。
 両親には10年のあいだ会っていない誠一郎ですが、故郷の集落には忘れられない女性がいました。
 5歳上の友江という女性で、病気の祖父と二人でトタン小屋で暮らしていた彼女は、村人に体を売って生計を立てていました。誠一郎にとっては初めての女性でした。
 変わらぬ場所に変わらぬ姿で彼女が住んでいることを知った誠一郎は、友江を連れ出し、自分の宿舎で同棲をするのですが・・・息子が税務署長であることを利用した父が、脱税コンサルタントと偽って騒ぎを起こすのです。
 マイナス15度の氷平線の世界で勃発するミステリー。
 いかにも桜木紫乃らしい、救いのない作品。


 
 
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