「ジェイコブを守るため」ウィリアム・ランデイ

 作中にレッドソックスという単語が何度か出てくるように、物語の舞台は、マサチューセッツ州(ニューヨークの北)ボストンの近郊にあるニュートンという、裕福な町。犯罪らしい犯罪もなく、子育てに適しているという評判のこの郊外の町で、恐ろしい殺人事件が起きました。
 被害者は、地元のミドルスクールに通う14歳の少年、ベンジャミン・リフケン。
 2007年4月12日の朝、彼はいつも通っている森林公園で、通学途中に何者かに胸を3回刺され殺されました。
 凶器のナイフは発見されず、前科者の小児性愛者が捜査線上に浮かんだものの、地元検察局ナンバーツーであるアンディ・バーバー主席地区検事補率いる司法の捜査は難航します。
 アンディ自身が乗り込んだベンの学校の生徒たちへの事情聴取も、徹底的に交友関係を否定されるなど、なにかはぐらかされている感じに終始し、彼らが何を隠しているのか暴くことはできませんでした。
 そんな中、アンディは、事件のあとにフェイスブックに驚くべき情報が書き込まれていたのを知ります。
 それは「ジェイク、おまえの仕業なのはみんな知ってる。ナイフを持ってるよな?」というものでした。
 ジェイク。ジェイクとはジェイコブ・バーバーのことであり、それは他ならぬアンディのひとり息子でした。
 さらに、アンディは息子の部屋で禍々しいナイフを発見してしまうのです。
 絶対的に息子を信じている、しかし真実を追求する検察官の立場の一方で、もう片方の父親としての自分は怯えます。
 結局、被害者の少年のトレーナーについていた指紋がジェイコブのものだったことが明らかとなり、殺人容疑で14歳のジェイコブは逮捕されてしまうのです。
 捜査当初から被害者と同じ学校の同学年に息子がいるため、利害の衝突ではないかと危惧されていたにも拘らず、事態は最悪の結果となって、アンディは停職処分を受け検察局を追われました。
 しかし、アンディと妻のローリーは、ひとり息子ジェイコブの無実を強く信じていました。
 家計の破たん、夫婦生活の危機、住み慣れたコミュニティからの村八分、かつての司法仲間を敵に回しながら、バーバー家の3人はしぶとく戦いますが、今度はなんとアンディの曽祖父まで遡る“犯罪者の血統”が暴かれてしまうのです。曽祖父、祖父、そして今も刑務所に無期刑で服役している父とアンディの家系は三代続いての殺人者でした。
 はたして遺伝的な暴力性向は科学的証拠となり得るのでしょうか?
 ブラッディ・バーバーの呪われた血がジェイコブに発露し、恐るべき事件を引き起こしたのか、それとも真犯人は罪を逃れてほくそ笑んでいるのか、真相が追求される運命の裁判は10月に開かれる――

 この物語、無実の少年が不当にも告発され、巨大な権力に立ち向かったという、胸のすくような逆転ドラマではありません。ある意味、非常に不気味な物語です。
 チラチラッと評判を見たところでは、リーガルサスペンスやらスリラーというふうに作品ジャンルが紹介されているようですが、そうとばかりは思いませんねえ、ミステリーであり、またヒューマンドラマという面も強く感じました。
 確かに作者のウィリアム・ランディは元検事補として司法の専門家でしたから、日本とは様子が若干異なってわかりにくいですけども、法廷での検察側と弁護側の対決がリアルすぎるほどに書かれています。
 刑事事件の評決における誤審率は考えれているよりもずっと高く、偽陰性(犯人でありながら無罪放免となるケース)よりも、偽陽性(無実でありながら有罪とされるケース)のほうが多いってなことが書かれていますが、司法制度が実はそれほど信用ならないと元検事に言われると、怖いですよねー。
 MAOAノックアウトという、DNAの突然変異が遺伝すると暴力的になるというネタも作者自身の体験談かもしれません。これも、これが事実だとすると、犯罪者の子孫は秘密裏に警察にマークされる事態もあり得ますね。
 でもまあ、一番怖いのは、無実なのに逮捕されることですよ。
 日本でも最近ありましたよね。昔からもあります。おそらく世界中にあふれている問題なのでしょう。
 バーバー家のように、裁判が終わってからも絶対に人前で大声で笑ったりほほえんだりすることができない。
 インターネットには、自分が真犯人だったかのように履歴が残ってしまう。
 痴漢に間違われるのも怖いですけど、殺人容疑で捕まったりなんかしたら人生めちゃくちゃです。
 だから、この小説は冤罪の恐怖と、それに打ち勝った家族愛の物語・・・
 
 では、ありません。
 この物語の主旨を要約すると、ローリーの起こした自動車事故に行き着きます。
 なぜなら、そこにこそ『ジェイコブを守るため』というタイトルそのものが集約されているからです。
 だからベンを殺害した真犯人は誰か、ということは問題にならないのです。
 もちろん私はJBがすべてやったと思いますけど、事件の謎を追求するミステリー要素が本作の主題でないところに、一筋縄ではいかないこの作品のレベルの高さがうかがえると思うのです。


 
 
 
 
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