「鬼と三日月」乾緑郎

 神州・出雲。
 秋口の神無月(10月)は八百万の神が出雲に集まる月。ゆえに出雲に限っては神在月と呼ばれる。
 しかし、そもそも神が幸だけをもたらすとは限らない。人智を越えたものが神であるなら、悪鬼も神の一つの形なのかもしれない。尼子家の呪われた日々、それは文明18年(1486)に尼子経久が月山富田城を奪い返してから始まった。
 手勢が不足した経久は、かつて京を追われ月山北方の山中に根を張る謎の漂泊の一族、鉢屋賀麻党(鉢屋衆)の助けを借り、秘密の盟約を交わしていたのである。
 それからおよそ80年。経久の死後も、鉢屋衆は獅子身中の虫として歴代の尼子家当主に取り入り、武辺で鳴らし隣国にその名を知られた尼子氏の分家筋である新宮党を謀略によって滅亡させた。内紛である。
 しかし、飯母呂一族の末裔である鉢屋衆の狙いは、はなから雲州一国の宰領ではなかった。かつて追われた京に上り朝廷を滅ぼすこと、これが数百年来の悲願であったのだ。そのためには、神の国である出雲で是非とも行わねばならぬ秘儀があった。それは、しんのう様、つまり新しき皇(すめらぎ)、今は冥界に堕ち、業火に焼かれ続けているある魂を、再びこの世に復活させることだった。すなわち新皇託身の儀式の準備を積年、進めていたのである。
 一方、月山の北嶺にある新宮谷の生まれで山中家の次男だった山中甚次郎は、家中のいざこざで何者かに殺されたという父が、尼子家の触れてはならぬ秘事を探っていたことを知り、父の意志を継いで尼子本家と鉢屋衆の秘事を明るみに出し、尼子家を正道に導くことを志す。
 永禄5年(1562)尼子晴久が死去し、父山中三河守満幸の鹿角の兜を譲り受けた甚次郎は、名を山中鹿之介幸盛と改める。しかし新たに尼子義久を当主に戴いた尼子家は毛利家に敗れ、月山富田城は落城、鹿之助も流浪の身となる・・・我に七難八苦を与え給え。三日月に念じた鹿之助は、尼子家再興に奔走する。新宮党の忘れ形見であり、出家していた吏部誠久の末子を還俗させ尼子勝久として担ぎあげたのだ。
 また、隆盛著しい織田信長に拝謁し、尼子家再興月山富田城奪還の助力を請う。天正5年(1577)羽柴秀吉が毛利征伐軍の総大将になると、鹿之介率いる尼子残党は播磨国上月城を攻略、守備役として鹿之助は駐留する。
 しかし、まさかここが尼子家の巨大な棺となろうとは・・・
 鹿之助の苦難の行軍を横目に進行する鉢屋衆の秘儀。雲州の彼方に、地獄の釜が開こうとしていた。
 はたして、鋼板のように無骨な名刀・荒身国行を引っさげて鹿之助は冥界の悪鬼を叩き斬ること能うのか。
 相州風魔衆の女乱波・井筒は因縁の敵である鉢屋衆に一矢を報い、阿国と小次郎を救い出すことが出来るだろうか・・・

 後に行くほど面白いですね。始めは、今までの乾緑郎の作品の中でもっとも不出来であることを覚悟しながら読んでいました。しかし、ラストにかけての疾走感も良かったし、読み終えて俯瞰すると壮大な伝奇スケールであったことがわかりました。よくぞこの物語のバックグラウンドに山中鹿之介を選んで書き切れたな、と思います。
 山中鹿之介というと、七難八苦を与え給えというセリフが有名ですが、作中には鹿之助が七難八苦とはなんぞやと尼子勝久に尋ねられ、それを知らないという笑えそうで笑えないような話も書かれています。
 でも七難八苦の意味は知らなくても、鹿之介はそれを十分に体感していました。この人の尼子家再興の戦いは、井筒曰く「またひどい戦いをしている(笑)」という通り、苦戦の連続でした。けっして能力の極めて高い武将ではありません。しかし毛利に囚われて厠に入り込み、汲取口からクソまみれで抜け出すという圧巻の冒険譚が実話として知られているように、人の記憶に残る人間なのですね。本作でもそれほど格好よく書かれていません。剣の腕だって吏部誠久のほうが格段に上でしょう。そこが描き方としてまたいいところなのかもしれないです。
 途中で薄々気付いてましたけど、お国が阿国になったのも可愛らしいオチでした。
 最後に、では、記載されている七難八苦を披露しておきましょう。
 七難=大火の難、大水の難、羅刹難、刀杖難、悪鬼難、枷鎖難、怨賊難  (いずれも『欲』に関することらしい)
 八苦=生、老、病、死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦(求めるものが得られぬ)、五蘊盛苦

 八苦に生が含まれていることに注目。つまり生きていることだけですでに人間は苦しいということです。
 鹿之助に限らず、我々は生まれながらに七難八苦を背負いながら息をしています。要は考え方ひとつですね。


 
 
 
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