「予科練一代」大多和達也

「飛行長! つぎの攻撃には、行かせてもらえるんでしょうね?」
「まあ、落ち着け。大多和飛曹長は、わが“隼鷹”艦攻隊のトラの子だからなあ。最後の最後にトドメを刺してもらうから・・・だが、そのときは夜間雷撃になると思うが、いいな?」
 真珠湾、ミッドウェーと、開戦以来何十回となく攻撃に加わった私が、たった二回だけ不参加のときがあった。
 つまり“お茶を挽いた”のであった。その一つは「南太平洋海戦」の第一次攻撃で、いま一回は「ガダルカナル島の飛行場攻撃」であった。そしてこの戦いが、私をしていまだに生き長らえている要因をなしたのである。
 人の生命ほど、はかないものはない。その人の定められた運命だといってしまえばそれまでだが、生と死は紙一重である。


 とても、いい本でした。
 真珠湾奇襲はもとより、ミッドウェー海戦などの太平洋戦争の雌雄を決した瞬間瞬間が、その場にいた当事者として詳しく丁寧に書かれています。また、空母への着艦作業の手順もこれほど詳しく書かれたものは初めて読みました。
 著者は、名機・九七式艦攻で知られる艦上攻撃機のパイロットです。艦上攻撃機とは、航空母艦に搭載して洋上作戦に使用される飛行機で、装備を換えることにより、水平爆撃に、魚雷攻撃に、または哨戒、索敵などに使い分けることができます。日支事変以来の歴戦の操縦士であった著者は、空母艦攻隊において爆撃嚮導機を務めていました。嚮導機とは、リーダー・パイロットのことで、不馴れな分隊長機にかわって編隊の爆撃コースの入り方や攻撃後の避退法をリードする役目を負っています。格好では編隊の先頭を切る分隊長機ですが、目標に近づくと、海千山千のベテラン操縦員と偵察員が乗った嚮導機に先頭を讓るのです。

 著者の大多和達也は、大正8年千葉県生まれ。
 父の経営する食堂が倒産して進学を諦めた14歳の彼は、印鑑を盗用して海軍第5期予科練習生を受験します。
 ちょうど陸軍少年飛行兵が第1期の募集を始めたところでしたが、海軍の服装のスマートさに惹かれたのでした。
 このへんは今も昔も一緒ですねえ(笑)いや、昔のほうがそういう傾向は強かったかもしれません。
 昭和9年6月6日、80人に1人という難関を突破して199名の同期生とともに合格(卒154名内操縦75)。
 3年余の基礎訓練の後、7ヶ月の霞ヶ浦航空隊での飛行訓練では、横須賀鎮守府付でトップの成績を修めました。同時期には、操縦練習生第38期の撃墜王・坂井三郎も霞ヶ浦で訓練をしています。
 しかし、成績はトップでしたが、なぜか著者に与えられたのは戦闘機ではなく艦攻の道でした。
 実用機教程を館山空で終えた著者は、昭和13年8月13日中支派遣第12航空隊付となり、最前線へ。
 当時の最新鋭機であった九七艦攻がデビューしたときでした。著者の月給が66円のとき、九七艦攻は一機7万円したそうです。漢口、宣昌、長沙、南昌攻略戦など爆撃行120回を数え、功六級金鵄勲章を授与。
 昭和14年5月、内地帰還し、横須賀航空隊において最年少弱冠20歳で教官になります。このとき二等空曹。
 太平洋戦争開戦時には、第2航空戦隊空母『蒼龍』に乗組んでいました。はっきり書かれていませんが、分隊士ではなかったでしょうか。真珠湾攻撃には爆撃嚮導機として攻撃参加。進撃中、無線機をハワイのラジオ局に合わせてハワイアン音楽を聴いていたそうです。
 ウェーキ島攻撃、ポートダーウィン奇襲、インド洋作戦を経て、運命のミッドウェー作戦に参加。
 6月2日の夜、飛曹長に昇格して副直士官を勤めていたとき、『蒼龍』艦長の柳本柳作大佐が「それにしても、今度はだいぶやられるぞ」と口にしたのを聞いています。
 6月5日、たびかさなる装備変更の末、著者の機は陸用800キロ爆弾を抱えてミッドウェー島基地を攻撃。帰投後、艦橋下の搭乗員待機室で握り飯を食べている時、蒼龍が被弾しました。飛行甲板に飛び出た著者は、3発目の爆弾の命中によって、甲板から16メートル下の海に投げ出され、駆逐艦『浜風』に救助されました。
 内地に帰還すると、鹿屋空に“運び込まれ”、ミッドウェーの敗戦隠蔽のため3週間軟禁されたそうです。
 ほとぼりが冷めると、新設された第2航空戦隊の旗艦空母『隼鷹』に乗り組んで一路、ソロモンへ。
 昭和17年10月26日の南太平洋海戦、11月12日のガダルカナル島ヘンダーソン飛行場攻撃で隼鷹の艦攻隊は全滅しました(森拾三上飛曹など不時着数名はのちに帰還)。著者の機はオイルが漏れて引き返したのです。
 昭和17年11月15日付で、横須賀航空隊教官兼第3飛行隊所属。最前線からの転進でした。
 第3飛行隊(著者配属当初は隊長江草隆繁少佐)は、艦爆と艦攻に関する新兵器、新機種の実験、開発を行う場所で、当時の帝国海軍の粋が集められていました。テストパイロットを勤めた著者が携わったのは、天山や流星などの新型艦攻の実用実験や、飛行機搭載のレーダー、B29攻撃用の3号爆弾、反跳爆弾など。中でも出色は、度重なる実験により、新型艦上攻撃機『流星』で高度150メートル,航速330ノットでの雷撃に成功したことでしょう。
 新型機や新兵器の実用実験に携わる傍ら、著者は若年パイロットの夜間雷撃の指導も行なっていました。
 関東が空襲されるようになり第3飛行隊が大分へ移ると、西日本の艦攻隊や陸軍の重爆隊にまで雷撃の指導を行いました。また、第13期予備学生の空母着艦訓練も担当していました。
 まさに、帝国海軍における艦攻の生き字引であったと言っても過言ではないでしょう。終戦時、海軍中尉。

 敗戦後、向こう5年の公職追放により陸に上がったカッパ状態となった著者は家族を養うのに苦労しました。
 しかし、昭和29年、海上自衛隊の二等海尉として採用されたことから、再び大空での活躍が始まります。
 1年近いアメリカ海軍への留学後、対潜哨戒隊編成に尽力し、パイロットの指導教官となりました。
 昭和40年に12年の自衛隊生活に終止符を打ち、民間の全日空でラインパイロットの育成に手腕を発揮。
 飛行船会社に転職すると、昭和4年の少年時代、大空を志す端緒となった飛行船ツェッペリン号を観てから40数年後、戦後初の飛行船『飛龍号』の操縦桿を日本人として初めて握ることになりました。
 大多和達也の夢、青春、生活、希望はすべて“大空”にありました。
 その清々しいまでの一途な想いの裏には、本人の見えざる努力と類まれなる操縦者としての才能があったに違いありません。いったい、人生での総飛行時間はいくらになるのでしょう。ひょっとしたら陸上での生活の時間に対する空中での割合が一番多い日本人は、彼だったかもしれません。

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この記事へのコメント

- 通りすがり - 2016年12月29日 15:52:07

祖父が海軍のパイロットでした。自分は祖父の軍歴についてあまり詳しくないのですが父が老後祖父の軌跡をいろいろと辿るようになり、自分も父を手伝うつもりで何か戦争に関する本を読んでみようかと思っておりました。ブログ主様は軍記のみならず本当に多くの本を読んでおられ素晴らしいですね。そちら様がこちらの本をいい本だ、と書いておられたのもあって完全なる軍記ビギナーの私がこの本を手に取る気になりました。すごく読みやすく引き込まれて読んでいきました。結果、こちらの本に祖父の死に際が書いておりびっくり致しました。なぜ祖父は戦闘中ではない死を迎えたのか。亡くなった祖母も詳しくは知らなかったようです。父も父から話を聞いたおば達も喜んでいたとのこと。お陰様でいい本と巡り合うことができました。ありがとうございました。

Re - 焼酎太郎 - 2016年12月30日 11:07:07

はじめまして
 
本作に御祖父のことが書いてありましたか・・・
ものすごい偶然ですね。本当に驚きました。
そうですかあ・・・
戦争初期ではパイロットはある意味特権階級であり、今のオリンピック候補選手なみの
スターであるので、本に名前が載っていても不思議ではないのですが、
それにしても、こんな引き寄せられるような偶然があるのですねえ。

ありがとうございました。

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