「暁の珊瑚海」森史朗

 ロジャー・ウッドハル大尉を指揮官とするSBD爆撃機16機は、戦闘機不足をおぎなうために派出されたものだが、彼は日本軍の雷撃機が彼らの頭上を魚雷を抱いたまま180ノットの高速で飛び越していくのをみて茫然となっていた。米軍雷撃機は、低空からノロノロと100ノット(約時速185キロ)程度の速力で魚雷を発射するからである。
「二隻のアメリカ空母でそれをみていた者は肝をつぶした」と、米側記録は伝えている。
「魚雷をぶらさげたまま、こんなに速く飛べるとは、果たしてどんな機種だろうか?彼らはいったいどんな魚雷を運んでいるのだろう??」



 The Coral Sea at dawn.暁の珊瑚海。昭和17年5月8日。
 珊瑚海とは、ブーゲンビル島やガダルカナル島があるソロモン群島やパプアニューギニアと、オーストラリアの間の海のことです。ここで、日本海軍と連合軍の間で、世界史上かつて誰も経験したことのない新しい形式の戦闘が行われました。それは、互いに敵を見ず水上艦艇としては一弾も砲火を交えないという、航空母艦同士の戦いでした。
 それが激烈であり、凄惨であり、思わぬ椿事もありながら、兵力集中という原則において誤ちを犯した日本の作戦、それを救った米側の致命的な失策が目立つのは、空母対空母という戦闘形式がお互いに初であったからでしょう。
 
 珊瑚海海戦が勃発した背景は、日本側の企画したニューギニア島東南岸ポートモレスビー攻略作戦(MO作戦)です。陸軍南海支隊と海軍呉特殊陸戦隊の約2千名の将兵が、11隻の船団に分乗してラバウルを発ち、珊瑚海を6日間、8ノットの鈍足で航行し、ポートモレスビーに上陸占領するというこの作戦の目的は、南東方面の要衝ラバウルの防衛と同時に、連合軍反攻の根拠地オーストラリアと米国の交通連絡船遮断にありました。
 そして、この作戦の企画を、米側が暗号解読によって捕捉したために、空母2隻(ヨークタウン、レキシントン)を急行させた米機動部隊と日本のMO攻略部隊、MO機動部隊(瑞鶴、翔鶴)の間に戦闘が勃発したのです。
 いざ、空母同士で睨み合ってみると、ポートモレスビー攻略という陸軍部隊を敵前上陸させる最初の大命題は、いつのまにか忘れ去られたかのような感があります。それほど、敵の空母を叩くということは戦略上最重要だったのです。
 日本側主な戦力 第4艦隊司令長官 井上成美中将(在ラバウルにて指揮)
             MO主隊(五島存知少将) 重巡4(青葉 加古 衣笠 古鷹) 空母(祥凰) 駆逐艦1
            ツラギ攻略部隊(志摩清英少将) 敷設艦1 駆逐艦2 輸送船2
            モレスビー攻略部隊(梶岡定道少将) 軽巡1(夕張) 駆逐艦6 輸送船9
            掩護部隊(丸茂邦則少将) 軽巡2(天龍 龍田) 特設水上機母艦1 潜水艦2
            MO機動部隊(高木武雄中将) 重巡2(妙高 羽黒) 駆逐艦4 給油船1
            第5航空戦隊(原忠一少将) 空母2(瑞鶴 翔鶴 計114機)駆逐艦2
 
 連合国側主な戦力 第17機動部隊総指揮官 フランク・J・フレッチャー少将(在空母ヨークタウン)
             第5群(フィッチ少将) 空母2(レキシントン ヨークタウン計128機) 駆逐艦4
             第2群(キンケード少将) 重巡5 駆逐艦5
             第3群(英海軍クレース少将) 重巡2 軽巡1 駆逐艦2
             第6群(フィリップス大佐) 油槽艦2 駆逐艦2
     
 主な戦闘経過時系列
     4月29日 ツラギ攻略部隊、ラバウル発ツラギ攻略へ出撃 5月3日 ツラギ無血占領
     5月4日午前8時 ヨークタウン艦載機40機がツラギの日本軍攻撃計3波 駆逐艦菊月沈没
     5月4日午後6時 MO攻略部隊ラバウル出撃 5日正午 瑞鶴、翔鶴ソロモン群島南端到着
     5月6日午前6時30分 在ツラギ横浜航空隊九七式大艇、米機動部隊に触接
     5月7日午前7時35分 索敵機米機動部隊発見の報 艦載機78機出撃(油槽艦の誤認)
     同   午前9時15分 ラバウル4空一式陸攻雷撃12機 零戦12 96式陸攻20機爆装出撃
     同   午前9時26分 アメリカ艦載機92機出撃 ヨークタウン索敵機誤報
     同   午前10時51分 翔鶴索敵機敵艦の誤りを打電 
     同   午前11時すぎ 艦爆隊が油槽艦ネオショー、シムズを攻撃、撃沈
     同   午前11時20分 空母祥凰、被爆13発被雷7本 沈没
     同   午後2時30分 ラバウル部隊 クレース部隊を攻撃 ほぼ成果なし
     同   午後4時15分 瑞鶴、翔鶴計27機(戦闘機0)、薄暮攻撃出撃 敵戦闘機により被害大
     5月8日午前8時20分 米側索敵機 日本機動部隊を発見
     同   午前8時30分 翔鶴索敵機菅野兼蔵飛曹長機、敵機動部隊発見
     同   午前9時    日本側攻撃隊出撃69機
     同   午前9時15分 米側攻撃隊出撃82機  両軍の距離180カイリ
     同   午前10時32分 米攻撃隊日本空母を発見 午前11時すぎ 日本攻撃隊米空母を発見
     同   午前11時18分 レキシントン魚雷連続命中 翔鶴雷撃隊 のち30分までに爆弾2発命中
     同   同        ヨークタウン 爆弾1発命中
     同   同        翔鶴1000ポンド(454キロ)爆弾2発命中 ヨークタウン攻撃隊
     同   午前11時45分 翔鶴爆弾3発目命中 レキシントン攻撃隊
     日本側 帰投69機中46機 うち12機被害甚大 海中投棄処分
     5月8日午後8時    レキシントン航行不能 沈没処分

 戦術的には日本が勝ち、戦略的にはアメリカが勝ったと、のちの戦史では云われている戦いです。
 一ヶ月後のミッドウェー海戦で日本は大敗しますが、アメリカのレーダーの進歩といい、すでにこの戦いにおいて日本側に対する不吉な前兆は現れているような気がしました。
 文章はさすが森史朗と思わせる迫力に満ち溢れていましたね。決死の雷撃には手に汗握りましたよ。
 岩本徹三、小町定、岡嶋清熊、高橋赫一、江間保、帆足工ら著名なパイロットもたくさん登場しますが、第4艦隊の指揮官である井上成美の描き方が光っていたと思います。
 米内光政、山本五十六と並び左派トリオと呼ばれて日独同盟、対米開戦に反対し続けた井上成美。
 戦後はいっさいの公職につかず、近所の子供達に英語を教えて極貧のつましい老後を送りました。
 学者と呼ばれ艦隊派に馬鹿にされた井上成美が遭遇した、世界初の空母対空母の空中戦。
 彼が反対し続けた戦争の、その無残な中味とはいかばかりであったでしょうか。

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