「二・二六事件蹶起将校 最後の手記」山本又

 磯部曰ク、「村中サン、オトナクシテオレハ陸大ヲ出テ、今頃参謀デスナー」
 村中曰ク、「勤皇道楽ノナレノ果カ」
 一同呵々大笑。
 栗原曰ク、「アスノ朝ハ雪ノ中ニ昼寝カ」
 林曰ク、「永劫未来起キマセンナ」
 栗原曰ク、「起ルヨ。コノ次ノ世ニ青年将校ト生レテ又尊皇討奸ダ」

 いい会話でしょ。負けを自覚してからも、彼らはこんな冗談を交わしていたのです。
 その場にいた生き証人だからこそ書けた、真実の記憶、ノンフィクションですよ。
 昭和11年2月26日、雪積もる帝都を震わせた、大事件。日本に激震が走った4日間、昭和維新という革命。
 「蹶起(けっき)」という漢字が使われるのは、私の知っている限り、この二・二六事件をおいてありません。
 日本の歴史を180度変えていたかもしれない、クーデター。その参加者である山本又予備役少尉の獄中手記「二・二六日本革命史」が、2008年に発見されたのです。まさに「最後の手記」に違いありません。

 発見の経緯は、60年前に蹶起将校の首魁である安藤輝三大尉の母、すえさんの家に下宿していたという、郷土史家の鈴木俊彦氏が、山本又を調べるうちに、遺族と出会い、資料を託されたことによります。
 山本又は特異でした。20代から30代の青年将校たちの中で、山本は42歳で事件に参加しました。しかも、彼は一兵卒から叩き上げの少尉で、予備役となってから6年、すでに民間人(中学の体育教師)だったのです。そして4人の子供の父親でした。熱烈な法華経信徒で、事件鎮圧後は唯一人逃走し、日蓮宗の総本山である身延山で犠牲者の冥福を祈ったあと、3月4日東京憲兵隊に出頭するという、特別な行動もしています。
 禁錮10年(恩赦で5年に減刑)の判決を受け、昭和15年11月に釈放、昭和27年、57歳で亡くなりました。
 同時に発見された日記では、「日独伊三国同盟を結ぶ 大馬鹿」「アメリカ、中国と同盟を結ぶべき」などと書かれている他、釈放後、故郷の静岡で農作業をしていたときには太平洋戦争開戦に「この戦争は必ず負ける。馬鹿なことをするもんだ」「もし私たちの革命が成功していたなら、こんな戦争はしなかったし、こんな日本になることはなかった」と言っていたそうです。
 結論から先に云えば、私は読み終えて、闇のフィクサー北一輝の思想と一線を画した山本又は、二・二六蹶起部隊における、唯一の絶対的な良心ではなかったか、と思いました。この人は、磯部浅一と親交があったので、その場の流れ的に一連の事件に参画することになりましたが、ただのひとつも私心がなかったように見受けられます。

 本書は、発見者である鈴木俊彦氏の序文と、山本又が安藤大尉から「事件の記録を残してほしい」と請われて獄中で書いた「二・二六日本革命史」の現代語訳、同じく原文のママ、そして昭和史研究家の保阪正康による解説から成り立っています。原文は原文で味があり、私は飛ばすことなく、じっくりと読ませてもらいました。
 山本は、若い将校が気が回らない蹶起部隊の食糧や衣服の補給を行ったほか、蹶起趣意書を原紙に書き写しました。このとき、もはや山本しか存在を知らない「削除された22文字」があって、保阪正康は誠に興味深いと書いていますが、それはここでは触れません。
 私はそれよりも、殺害すべき人名リストに陸軍第一の戦略家石原莞爾(同じ熱心な法華経信徒ということもあり山本は味方にしようとした)のほかに、辻政信大尉の名があったことに関心をひかれました。
 辻政信みたいな人間のカスこそ草の根分けて探し出し、真っ先に殺すべきだったんじゃありませんか?
 ほかにも、マレーの虎こと山下少将やら疑惑の真崎甚三郎大将やらのこと、事件は忠魂の爆発にいたるまで十数年を経過し、一朝一夕の偶然に突発した事態ではないこと、他からの了解(皇族など)や扇動はいっさいなかったこと、やむにやまれぬ国体擁護、尊皇討奸のために起ち上がったことなどが、書かれています。
 部隊行動中、ソビエトロシアの駐在武官か大使館員が日本語で「革命ですか、戦争しますか」と山本に訊ねてきたらしいです。山本は危険な場に勇敢にも出てきたこの男に「革命です」と正直に答えると、ソ連の男は慌てて駈け出したそうです。
 あとは……法華経の熱烈な信徒だった山本の中で、尊皇がどう体系づけられていたかも気になりましたが、王法と仏法の冥合という名文句でもって説明されていました。宗教の苦手な私にはよくわかりませんでしたが。
 当日の帝都は積雪だったからでしょうか、事件の性格のせいもあるのでしょうが、赤穂浪士の討ち入りを比喩した記述が多かったように思います。吉良上野介は炭小屋に逃げたが、岡田啓介首相は女中部屋に逃げた、とかいう感じですね。

 二・二六事件こそ、日本昭和史の一大事件であり、日本の開戦に直接繋がる出来事であるとする歴史書もありますが、私もどちらかというと、昭和天皇も激怒なされたことだし、青年将校がやり過ぎたのではないかという印象がありました。あまり事件のことは知らないくせに、ですよ。もっとも、現代人ばかりか、歴史家はいうに及ばず当の蹶起将校までも、この事件については「よくわからない」というのが本当のところでしょう。
 それだけに、磯部や栗原の軽口の会話や、釈放後の山本の非戦的な思想、辻政伸が殺害リストにあったこと、などの事実が非常に気になります。
 ひょっとしたら、歴史は間違っているのじゃありませんか?
 ただ云えるのは、言うは易し行うは難し。これに尽きるのではないでしょうか。
 
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