「回想 海防艦第二〇五号」江口晋

「今日やっつけるか明日やられるか、長くても1ヶ月は浮いていないだろう。半年浮いていれば珍しい。一年浮いていれば奇跡だ」と海防艦乗組員にはこのようなジンクスがあった。
 長くても1ヶ月は浮いていないだろう、と思われるほど消耗の激しい艦であった。
 そして、海防艦の大半は就航半年以内に次々消え去り、船団護衛の任についた海防艦はほとんど全滅したと言っても過言ではなく、実に百有余隻が喪失または損傷し、1万余名が艦と運命をともにした。


 予想をはるかに上回る敵潜水艦による被害により、海外から資源を運んでそれを加工して前線に送らなければ戦争が遂行できないどころか、国民生活も成り立たない日本は窮地にたち、艦隊や船団も護衛艦の不足を訴え、昭和18年も末になってようやく事の重大さに気づいた戦争指導層は、対策として海防艦の急造を計画、全国の造船所をあげて、排水量1000トンにも満たないながら、重厚な対潜装備をもち、航続距離の長い護衛専門の小艦“海防艦”を大量に建造しました。もちろん、遅きに失したのですがね。

 著者の江口晋(えぐちしん)は、新潟県出身。昭和19年2月に舞鶴海兵団に入団した彼は、対潜学校(旧機雷学校)で機雷術(機雷、爆雷、掃海、防潜網)水測術(水中聴音器、水中探信儀)の速成教育を受け、爆雷員として第205号海防艦に乗り組みました。
「人一倍のはにかみ屋で、引っ込み思案の性格は日常の作業でいつも後れをとり、船酔いではまったく戦意喪失におちいり、敵潜に遭遇すれば死を覚悟して入団したはずなのにその雷撃におののく小心、臆病な弱兵であった」と著者は自分のことを評していますが、本書を読めば、彼が雪積もる新潟の故郷に無事還ってくるまでどれだけの死地をくぐり抜けてきたか身にしみてわかると思います。本当に凄い。
 昭和20年の敵制空海権下の外洋で、毎日死の断崖に立たされ、命が削られていく決死の航海。駆逐艦の半分にも満たない、大洋の木の葉である海防艦の死闘を一水兵が綴った、奇跡の戦記です。

 第205号海防艦がどうして沈まなかったのか、戦後防衛庁で話題になったこともあるらしいですが、ひとりの戦死者もださなかった、というのは運だけではなく、名艦長佐竹正男少佐の卓見と、乗組員の決死の奮戦があったこそです。この艦は内地沿岸で遊んでいたわけではありません、むしろこれだけの小艦でありながら南はサイゴンから北は千島列島の北端である占守島まで、およそ総航行距離は1万浬にのぼるまで縦横無尽に活躍しました。
 さらに戦後は、引揚船としてフィリピンへ2度往復し、現地邦人や捕虜を輸送しました。
 乗員二百余名、著者も乗り組み、昭和19年12月23日に台湾の高雄を目指して初出撃した205号は、まさに猫の首に鈴をつけにいくネズミのような決死行でした。レイテ沖海戦で連合艦隊はほぼ壊滅し、日本の制海権はなくなりつつありました。案の定、高雄係留中にハルゼー麾下の第3艦隊艦載機による猛爆撃を受けます。205号が護衛するはずの輸送船やタンカーは港に停泊したままほぼ壊滅しました。
 香港に逃れますが、ここでも敵機による攻撃を受け、必死に奮戦、僚艦が傷つく中、一隻だけ無傷に近い状態で助かります。そして絶望的になった南方航路の油を、特攻精神で強行輸送する「南号作戦」にせりや丸の護衛として参加するため、一路サイゴンまで南下するのです。
 せりや丸(浦部毅船長)は、一万トンクラスのタンカーで、航空燃料を満載(1万7千キロリットル)し、シンガポールから内地へ向かいました。輸送船が壊滅的にやられる中での決死の航海です。
 205号と41号の2隻の海防艦が護衛につきましたが、205号は途中で機関故障により上海へ向かいました。昭和20年2月7日、せりや丸は門司港に無事、到着するのですが、船長の腕もさることながら奇跡的な快挙であったと思います。
 205号は上海から内地へ帰還中、僚艦の9号海防艦がすぐとなりで敵潜の雷撃を受け轟沈。必死の爆雷戦を展開するも仇討ちならず、昭和20年2月15日、門司港に帰り着きました。地獄の南洋でした。
 3月に再び台湾へ出撃し、砂糖を満載した輸送船の内地への航行を護衛した後、朝鮮半島の哨戒活動を経て、北方作戦のために千島列島へ。占守島の陸軍兵の撤収の護衛を務めました。
 このとき室蘭で、敵機による凄まじい爆撃と艦砲射撃を浴びました。航空機による攻撃で、横に係留していた海防艦2隻は奮戦するも沈没。最後に残った205号を標的に敵機は襲い掛かりましたが、勝負強いこの艦は耐え抜きました。
 著者も繰り返し書いていますが、205号の全滅的な死地は3度ありました。高雄、香港、室蘭です。
 死を恐れ、生への欲求に煩悶としながら、人前では弱音を見せまいと強がりの言動で通し、国のために死ぬのだと強く心に言い聞かせ、その大義にすがって無我夢中で、死地をくぐり抜けた205号と200余名の乗員、そして著者。
 戦後の引揚げ業務に携わったため、著者の召集解除は昭和20年12月20日でした。
 そして、この戦記の素晴らしいところは、最後です。
 途中の汽車で引き下げ品を盗まれた著者は、やっとの思いで故郷に帰り着きます。
 厚い布団にもぐりこみ、まったく揺れることのない畳床。
 機関の音もしないあまりにも静寂な大きな部屋。
 休みのなかった輸送船団の護衛艦乗組員の、1年11ヶ月ぶりの休息でした。

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