「消えた潜水艦イ52」新延明・佐藤仁志

 冒頭からして引き込まれること必然の本でしたね。
 昭和18年9月にパリのエッフェル塔を見学している日本の軍服を着た集団の写真。この人らは何者だろう?で始まり、次に1995年、アメリカの冒険家たちが大西洋の海底5千メートルに沈んだ潜水艦を捜している場面に移ります。
 彼らが捜している潜水艦は、旧日本海軍の伊号第52潜水艦。時価30億円の金塊を積んでいました。
 徳川の埋蔵金みたいなマユツバではありません。イ52は、金の延べ棒2トンを確実に積んでいました。
 太平洋戦争中の昭和19年(1944)に消息を絶ち、戦後50年間行方がわからなかったイ52の謎。
 なぜイ52は日本と関係のない地球の裏側である大西洋で沈んだのか。そしてなぜ金塊を積んでいたのか?
 吉村昭の名著「深海の使者」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)では詳細が明らかにされていなかった最後の遣独艦“イ52”は果たしてどういう航跡を辿り、5千メートルの深海で鉄の棺となり眠っているのか。
 本書ですべての謎が明らかになるのです。

 イ52は全長108メートル、幅9メートル、水中排水量2644トンの当時世界最大級の最新鋭潜水艦でした。
 昭和19年3月10日、大量の金塊を積んだイ52は、機密任務を帯びて呉軍港を出発します。乗員は、海兵53期の宇野亀雄艦長以下、民間技術者7名、ドイツ語通訳1名含む125名。
 目的地はおよそ3万キロ先のフランスの軍港ロリアン。極秘の訪独任務でした。同じ任務についた潜水艦のうち日本に帰ってこれたのはわずか1隻(イ8内野信二艦長)。しかもイ52が出発した昭和19年は連合国の攻勢が激しさを増し、ドイツの敗色が濃くなってきていました。生還を期し難い困難な任務でした。
 開示されたアメリカ軍の最高機密文書の記録によると、4月23日には寄港地であるシンガポールを出港しています。おそらくそこで積んだのでしょう、イ52の積荷は金の延べ棒146本だけではありません。生ゴム54トン、錫、モリブデン、タングステン計228トン、阿片2トン、キニーネ3トンも積んでいました。実はこれはすべてドイツの技術提供への“対価”だったのです。同盟国へのお土産ではありません。
 日本がドイツから持ち帰りたかった最新技術は主に、対空射撃装置、レーダー(真空管製造技術)、高速魚雷艇用のエンジンであり、他にも音響魚雷やジェットエンジン、ロケットエンジンも含まれていました。
 本書が素晴らしいのは、イ52がドイツに派遣されねばならなかった背景を解説していることです。その背景とは、高いと思われていた日本の工業技術力がドイツやアメリカに対して圧倒的に劣っていたということです。
 過去にイ8が無事持ち帰った時速70キロ以上の性能を誇るダイムラー・ベンツ製の魚雷艇エンジンMB501は、実物を目の前にして日本の最先端の技術者が同じ物を作り得ませんでした。部品を作る装置がなかったのです。
 だからイ52で再び高速魚雷艇用のエンジンの作りかたの基本を教わりに行こうとしていたのですね。
 戦局が悪化し、連合軍が陸海空の包囲網を狭めるなかで、孤立した日本が唯一頼れる技術の入手手段が、海中をいく潜水艦だったのです。イ52の航海には、戦局打開の最後の望みがかけられていたのでした。
 ただし、ドイツも安くありません。技術提供の対価は、日本にとっても貴重な南方の天然資源であり、金ファンド特別口座の純度99・5%の金塊2トン(当時960万円)だったのです。
 これでイ52に金塊が積み込まれていた謎が解けたかと思います。次に彼らの最期の模様です。
 昭和19年8月1日にロリアン港到着予定だったイ52ですが、6月6日に連合軍はノルマンディー上陸作戦を決行、ノルマンディーはロリアンの北東わずか250キロであり、現地は混乱していました。
 そして実は、イ52の航跡は、アメリカに筒抜けだったのです。おそらくシンガポールを出た後でしょうか。
 対潜攻撃機アベンジャーを搭載した護衛空母ボーグと5隻の駆逐艦からなる優秀な対潜専門攻撃部隊が、順調に大西洋にはいったイ52を追跡していたのです。6月23日、イ52は、ドイツのU530と約束地点で会合した直後、ボーグから発進したアベンジャーのソノブイに捉えられ、爆雷攻撃を受けます。これは間一髪でかわし、次の音響追尾魚雷の攻撃にも耐えますが、2本目の魚雷が直撃しました。この模様は音声記録として残されており、大爆発音に続き、金属が水圧で圧壊する音まで録音されていました。
 あくる6月24日、海面を漂う残留物でアメリカの部隊は潜水艦の撃沈を確認しました。

 本書の大まかな内容はここまでですが、実は後日譚があり、テレビでアメリカの冒険家が深海探査船でイ52を調べている様子が放送されました。おそらくユーチューブにあると思います。
 写真が一枚も残っていないイ52の姿が、大西洋の海底において初めて姿を現しました。
 52、という数字も見えましたし、甲板の機銃も弾丸が装填されたまま残っていました。
 残念ながら、金塊の引き上げには成功しませんでしたが(似たようなのを引き上げると錫だった)、彼らが探査船のロボットアームを使って、なんと日本の軍艦旗をイ52の艦橋に掲げたのには、びっくりしたと同時に、ものすごく感動しました。人知れず故郷から遠く離れた真っ暗な海底に眠っていた彼らに、やっと光が届いたのです。
 そして軍艦旗は、彼らの勇気を讃えるがごとく、海流にまけず、大きくたなびいていました。


 
 
 
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この記事へのコメント

- タスウのチョウジャ - 2014年02月01日 12:48:45

私が居た電波関連の個人企業は、親方が元陸軍電探関連で、ドイツから運ばれた、絶縁材料、スチロールを、供出されたダイアモンドで工具を作り、削ったそうです。
その後、加熱によって簡単に整形できることが判ったそうですが、
ドイツからの潜水艦に拠る輸送は、何度か成功していたようです。

Re - 焼酎太郎 - 2014年02月01日 21:01:44

拙ブログにお越しきただき、ありがとうございます。
太平洋戦争時の訪独潜水艦ですが、私のうろ覚えでは、伊8潜だけが往復に成功しています。
ただしその他にも、タスウのチョウジャの仰るとおり、ルーズベルトが満を持して太平洋に送り込んだ正規空母「ワスプ」を、
南太平洋において潜航撃沈した日本潜水戦隊のエース木梨鷹一少佐など、ドイツからほぼ台湾まで帰っていながら
惜しくも撃沈されましたが、寄港地であるシンガポールでドイツからの軍需品を荷揚げしたものもあるはずです。
他にインド洋で活躍したドイツ軍のUボートもありましたし、ドイツが本気で日本に手渡そうとすれば他にも方法はあったことでしょう。
コメントありがとうございました☆

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