「abさんご」黒田夏子

 第148回(2012年度下半期)芥川賞受賞作『abさんご』を読みました。
 前評判は知っていたので、恐る恐る読んだのですが、それほど難しくは思いませんでしたし、格別前衛的であるとも感じませんでした。なにかこう、夢のなかで美しい風景を鑑賞してるようなフワフワした読み心地でしたね。
 読みにくいというなら、医療作家である海堂尊が「医学のたまご」という小説を横書きでやってたのですが、そちらのほうがよほど苦労したかと思います。句読点がドットとコンマになっているのも違和感はありませんでした。
 むしろ、私が一番驚いたのは、横書きの「abさんご」が本の左開きであるのに対し、カップリングの短編3作は縦書きであるので右から読み始めるという、観音開きになっていたことです。こんな本は初めて読みました。
 だから、著者のあとがきというのではなく、左と右の物語に挟まれた“なかがき”というのがありました(笑)
 他にも漢字が少なく平仮名になっていたり、固有名詞を嫌っているような書き方がなされているので、確かに、脳が情報を解析しにくい作りになっているのですが、これはこれで、深くは考えず、こちらも滑るように文字をなぞっていけばいいのではないでしょうか。別にミステリーではありませんのでね。
 カップリングの今から50年前に読売短編小説賞を受賞した「毬」を読めば、作者の黒田夏子が奇をてらってるわけではなく、一流の文芸家であるということがどなたにも理解できると思いますよ。
 右から読む方のタミエの物語は「毬」を筆頭に、いかにも国語の教科書に載りそうなお話でしたが、私好みのいい小説でした。

「abさんご」
 逆説的ですが、横書きでなければ、この物語はなかったと思います。
 記憶の断片が、美しいかけらとなって、言葉によって結晶化されています。
 おそらく作者の半自伝的小説なのでないですか。難しいのは、1そう目と書かれていたことで、これはおそらく家を巻貝にたとえ、1階や3階を1そう(層)目、3そう(層)目としているのでしょう、これに気付いたあたりからすらすら読めるようになりました。
 間違っているかもしれませんが、簡単な時系列でいうと、戦中、5歳のときに主人公はおそらく母親を亡くし、当時43歳の父親と、3階建ての邸宅を出て小さな家で暮らすようになりました。15歳のときにお手伝いさんが住み込むようになり、やがて父とこの女性はできちゃったのでしょう、のちの話ですが、父が70歳のときに結婚したように書かれています。主人公は大学に合格し、22歳の半ばでこの家を出ています。
 15個のチャプターで構成されていて、5歳のとき、15歳のとき、17歳の時、20代半ばのときなどの記憶の断片(いや冒頭はリアルタイムかもしれないが)が美しく描かれています。
 私が好きなのは最後。小さい家から出た主人公とお父さんが散歩するところです。ああ、ここで芥川獲ったなと思えるほどの感動的なノスタルジック。aの道もbの道も、さんごみたいに別れた道の枝も、振り返ればたったひとつの愛情に満ち溢れた真実しかないのだ、ということなんでしょう。

「毬」「タミエの花」「虹」
 こちらの3篇の小編は、いずれも作者が20代半ばである1960年代に書かれたもので、ことさらに出来がいい「毬」は読売短編小説賞を受賞しています。実に、今回の芥川デビューと50年もの開きがあるわけですよ。
 いずれも主人公は、することなすこと身なりから持ち物から食べ物まで一目瞭然劣等である、ひねこびている少女タミエ。おそらく時代は戦後まもなく、3つの物語には小学校入学前から低学年までの時間的な幅があります。
 「毬」はよかったです。ろくに鞠つきが出来ないタミエ。ついに毬が裂けてうまく弾まなくなたっとき、貧乏な彼女は何をしたか。作者も書きながら驚くラスト。やっぱりタミエはひねこびているというか、タフですよね。
 次作では学校に入ってるのですが、サボって山の中に入り込んでいます。どうやら食べるものがないのですね、彼女は。当初はこの小説は戦前かと思っていたのですが、みんなが給食を食べているときに彼女は山の中で野草などを食っているということは、戦後なのでしょう。タミエは山の中で初老の男に出会います、おそらくは植物学者のこの男性とタミエの一期一会の交流。一緒に昼飯を食べているところが私は好きです。手を洗う綿の使い方がわからずに頭をつかうタミエも、水を7回おかわりしたタミエも、非常にかわいらしいですね。
 問題はラストだなあ。タミエがどうして毬を買うお金も与えられず、給食費さえもらえないのか、その謎が明かされるのですが、正直言ってこれはないと思うし、あんまりな最期ですよ。
 大津波の話が出てくるので、最近書いたのかなと思ったんですが大昔の発表です。
 それにしても、東京出身である作者は何をヒントに自然児のタミエを生みだしたのか、私はそれがとても気になりますし、はっきりって美しさと文学性はともかくとしてabよりこちらのほうが断然面白いので、ぜひとも頑張ってタミエの続編を書いて戴きたいと思います。



 
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