「雷撃深度一九・五」池上司

1945年7月末、長崎と広島に落とされた原爆を、投下機の基地であるテニアンまで輸送した米重巡洋艦インディアナポリスは、輸送後フィリピンのレイテに向かう途中で日本海軍の潜水艦伊58(橋本以行艦長)に雷撃を受け撃沈されました。
これは太平洋戦争における艦艇同士の最後の戦闘であり、日本海軍における最後の大型艦撃沈記録となりました。
インディアナポリスの沈没により800余名の乗組員の命が失われ、漂流中サメの襲撃を受けたという悲惨な体験談はテレビのドキュメントでも放映され、私も観た記憶があります。
艦長のマックベイ三世は、被雷時の操艦行動の責任を問われ、軍事法廷で有罪となり、後に自殺しました。
ここまでは史実です。

本作は、史実である伊58潜とインディアナポリスの死闘に、作者の推測と虚構を交え創作された戦記エンターテインメントです。作者あとがきによれば、その割合は史実半分、推測半分とのこと。
艦船諸元や戦闘行動中の艦内の様子などはリアルに思われ、輸送船団が潜水艦に襲われる様などはとても迫力があり、戦記・戦史読みの私も非常に満足な出来栄えでした。
ただ難を云えば、少し人間描写が浅かったかなと。ボリューム的に仕方なかったのかもしれませんが、永井少将が伊58に乗船してからの人間関係の転回が早すぎましたね。マックベイ三世と永井の因縁も、もう少し深く描かれていれば感動も増しただろうと思いました。
というのは、実は本作は歴史上の事実を元にした作品でありながらもう一方で映画の原作になっているのです。
「真夏のオリオン」。だいぶ前に私も観ました。主人公は忘れましたが、北川景子とケミストリーの堂珍(案外うまかった)が出演していました。主人公の搭乗する潜水艦は伊77という架空の艦となっており、相手が駆逐艦となっているなど内容は原作とかけ離れているのですが、ただ女っ気の全くない本作と違って、人間関係がふんだんに織り込まれており、楽しく鑑賞することができました。
ただ、物語の核となる、ラストで潜水艦が敵艦を欺いた方法は映画も小説も同じであり、すでに映画を観ていてそのカラクリに想像がついていた私は、こうむる衝撃度がかなり相殺されてしまいました。
もしも知らずに読んでいたなら、読後感もだいぶ違っていたように思います。
特攻兵器回天を空舟のまま囮に使用することは、敵艦をあっさりと欺いたことの他にも、一度発射されてしまえば必死である回天特攻隊員の尊い命を救うという、永井少将の一石二鳥的な会心の作戦でしたからね。
それはこの物語の核心的な読みどころでした。
そして、潜航中は盲目状態となり常に忍耐を強いられる潜水艦の戦闘の息苦しさ、洋上に浮上したときに“空気の刺身”と感じられるほどのそれは、読みながら実際の潜水艦搭乗員の気持ちを何十分の一かは体験させてくれるものだったと思います。貴重でしたね。

昭和20年7月16日、呉軍港。
排気量2140トン、艦長倉本孝行少佐以下乗員105名、回天搭乗員6名を載せた伊号58潜水艦は出港した。
士官の半分は速成訓練の予備学生上がり、兵の三分の二は潜水艦に初めて乗ったという新兵である。
それでも、もはやこの国を守るべき海軍は潜水艦を除いてほぼ壊滅したというときに、彼らは一死を報いるべく、制空権も制海権も握られた外洋に進出したのである。果たすべき任務はあった。
同じ頃、排気量9950トンの米重巡洋艦インディアナポリスは、一都市を丸ごと吹っ飛ばせるほどの破壊力を秘めた新型爆弾の本体を3個、シリンダーを3個載せてサンフランシスコ軍港を出港しつつあった。
目指すはテニアン、レイテである。しかし、艦長チャールズ・バトラー・マックベイ三世海軍大佐は、一抹の不安を感じていた。それは、アーネスト・キング作戦部長をはじめとする海軍司令部の冷ややかな態度だった。
テニアンで原爆を2セット降ろし、グアムに寄港したときにそれは確信に変わる。
レイテのマッカーサーに届けるべくもう一組の原爆を載せたまま出港したインディアナポリスに護衛の駆逐艦は一隻も付かなかったのである。
これは、海軍内部のマッカーサーの反対勢力とマックベイ三世の父であるマックベイ二世に恨みをもっていたキング提督の陰謀だったのである。彼らは、原爆を積んだインディアナポリスの航路の情報を日本軍に故意に漏洩していた。
伊59潜の任務は、このインディアナポリスの撃沈であった。
アモイから輸送船団を指揮していた海軍予備役少将永井稔は、敵潜水艦の雷撃と航空機の攻撃により、船団は壊滅したったひとり生き残ったところを伊58に救助される。
そこからまた新たな人間ドラマが生まれる。永井とマックベイ三世は、17年前アメリカの水雷学校で会っていたのだ。当時駐在武官だった永井は表敬訪問した水雷学校で、教官だったマックベイを図上演習で木っ端微塵に破ったのだ。そればかりか、交通事故を起こしたマックベイの妻を永井は行動規定を無視して救助した。
輸送船団全滅の仇を討つべく倉本艦長を補佐し、伊59潜の戦闘指揮をとる永井。上層部の陰謀を感じながらも懸命に任務を果たし生き残ろうとするマックベイ三世。
両者の想いは、いま、グアムーレイテ間に交錯する。火花を散らす一点を目指して。




関連記事
スポンサーサイト

この記事へのコメント

トラックバック

URL :

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
カテゴリ
ミステリー (94)
ミステリー短編集 (17)
歴史ロマン・ミステリー (17)
冒険ロマン・ミステリー (15)
サイコホラー・ミステリー (15)
学園ホラー・ミステリー (14)
民俗ホラー・ミステリー (10)
政経・金融ミステリー (18)
ファンタジックミステリー (22)
近代・昭和ミステリー (14)
オカルティックミステリー (7)
青春・恋愛ミステリー (21)
医療小説・ミステリー (22)
伝奇小説・ミステリー (15)
時代人情小説・ミステリー (18)
時代冒険小説・ミステリー (19)
社会小説・ミステリー (15)
スポーツ小説・ミステリー (10)
アーティスティックミステリー (12)
海外ミステリー (28)
海外冒険小説・スリラー (17)
SF・FT・ホラー (26)
SF・FT・ホラー短編集 (14)
海外SF・FT・ホラー (18)
クライシス・パニックサスペンス (12)
警察・諜報サスペンス (31)
悪漢・犯罪サスペンス (30)
中間小説 (24)
青春・恋愛小説 (33)
家族小説・ヒューマンドラマ (31)
背徳小説・情痴文学 (14)
戦記小説・戦争文学 (19)
政経・金融小説 (14)
歴史・伝記小説 (23)
芥川賞受賞作 (19)
直木賞受賞作 (20)
文学文芸・私小説 (24)
海外小説・文学 (13)
文学アンソロジー (55)
歴史・伝記 (30)
戦史・戦記 (31)
海軍戦史・戦記 (153)
物理・宇宙 (26)
生命・生物 (38)
アンダーグラウンド (47)
事件・事故 (40)
世界情勢・国際関係 (25)
スポーツ・武術 (24)
探検・旅行記 (25)
随筆・エッセイ (30)
月別アーカイブ
プロフィール

焼酎太郎

Author:焼酎太郎
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
最新トラックバック
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示