「渇きの女王」トム・ホランド

時は、1887年の夏の終わり。
当時イギリスとロシアの政治的緩衝地帯だったインドのヒマラヤ国境山岳地帯に、ロシア軍が侵入した。
場所は謎に包まれた伝説的な秘境、カーリークシュートラ。
ウィリアム・ムアフィールド陸軍大尉は精兵を引き連れて調査に向かうが、そこで見たものは、打ち捨てられた寺院と廃墟の街、不気味な女神像と吸血鬼の群れだった。
当地で奇妙な風土病の調査をしていたイギリス人医師ジョン・エリオットと、吸血鬼に造詣の深いインド人教授フレー・ジョティー・ナヴァルカの助力で、イギリス軍は窮地を脱したが……
それはすべての始まりだったのである。

失意のままに母国イギリスに帰り、貧民街の診療所を切り盛りしていたエリオット。
しかし、それは束の間の休息というべきもので、彼を待ち受けていたものは親友の死、そして失踪だった。
高級外交官アーサー・ルースヴェン卿はテムズ川で怪死を遂げ、インド政務次官ジョージ・モーバリーは妻であるロザモンド・モーバリーの元を去った。ふたりに共通しているのは、インド国境に関する法案の作成に従事していたということである。そう、かの呪われた地カーリークシュートラを含んでいる。
場末のアヘン窟でジョージを救い出したエリオットは、その場所で世にも稀な美女リラと、少女セゼットに出会う。
さらに、亡くなったアーサー・ルースヴェンの妹である舞台女優のルーシーを訪ねた際に、従兄弟であるというルースヴェン卿の知己を得る。彼からは資金提供の見返りに、ある研究をしてくれるように頼まれる。
その研究とは、吸血鬼に関する病理的な考察というべきものだった。採血したルースヴェン卿の血液は、白血球がいつまでたっても死滅せず、他人の血液を混ぜると赤血球まで蘇った。他人の血色素を取り込んで生き延びるという細胞学レベルの話を拡大すれば、ヒトを殺して血を吸うことになる。
そう、ルースヴェン卿の正体は恐るべき吸血鬼で、1824年にギリシャで死亡したとされる大詩人バイロンだった。
彼の屋敷にはヘイデと呼ばれる腰の曲がった小柄な老婆がいた。吸血鬼になりながらも清廉な人格を崩さないヘイデと彼女を愛するバイロンの唯一の望みは、他人を殺して血を吸うことなく永遠の命を生きることができないかというものだったのだ。
ただ、その恐るべき稀有な存在が、このときロンドンにいたのである。
それこそ、ジョージが美しさに溺れたリラという女だった。彼女の正体は、人間を動物に変えてしまう魔女キルケであり、エデンから追放された悪魔の女王リリスであり、カーリークシュートラの血塗られた大吸血鬼だったのだ。
実は、時も場所も超越することが出来るリラによって、エリオットはインドにいたときから、彼女の壮大な謀略の道具になっていた。彼がどれほど推理して動きまわってもすべて彼女の掌の上だったのだ。
さらにリラによって切り裂きジャックに変身されられたエリオットは、ついにバイロンとともに彼女を倒すべく立ち上がる。

前作「真紅の呪縛」(カテゴリー海外SF・FT・ホラー参照)から格段にスケールアップしていました!
冒頭から息を呑むスペクタクルあり、前作の細かいところ(バイロンとポリドリの関係やヘイデのことなど)も忠実に引き継いだ上で、悪魔の女王リリスの登場によって吸血鬼のみならず異界であるアンダーグラウンドの世界観が飛躍的にレベルアップしていました。相当面白かったですね。
吸血鬼の血液を調べるという科学的考察も良かったです。
キャラクター描写も素晴らしかったですね。バイロンも前作より輪郭が際立っていたように思います。
例えば、ラストでポリドリにチップを投げて外套を受け取るシーン、あそこは本作で最高に輝いていましたな。
本当は悪人たる吸血鬼なんですが、リリスみたいにもっと悪いのが出てくると、正義のヒーローたりえますし、何かこう、バイロンは憎めませんね。短かったですが、バイロンとリリスの血闘は迫力ありました。
結局、ムアフィールドが呪われた塔で見たのは、リリスとエリオットとバイロンだったのですね。
つまり、最初からすべて仕組まれていた、と。シャーロットが誘拐されたのもそれより前だし。
唯一わからなかったのはアーサー・ルースヴェンが誰に殺されたのか、ということくらいでしょうか。
ポリドリかな??違う?

非常に残念ですが、本作でもってトム・ホランドのヴァンパイアシリーズが止まっています。
文庫本のそでに「三作目のDeliver Us from Evilを今年上梓したばかり(1997)」と書かれているので、日本語訳がされていないだけなのだと思いますが、これほどスケールがあってレベルの高いヴァンパイア小説だけに、非常にもったいないですね。残念。バイロン卿よ、またいつか……






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この記事へのコメント

相当な悪役 - タケゾウ - 2013年01月15日 15:35:52

《本当は悪人たる吸血鬼なんですが、リリスみたいにもっと悪いのが出てくると、正義のヒーローたりえますし、何かこう、バイロンは憎めませんね。短かったですが、バイロンとリリスの血闘は迫力ありました。》

 もっと悪いのが出てきて、正義のヒーローになったというのは面白いですね!
バイロンも相当悪そうだったので、リリスはどれだけの悪役なのでしょうか!

Re - 焼酎太郎 - 2013年01月15日 20:45:14

なんでも本文には、ユダヤの伝説によるところの、イブがまだ創られていなかったときのアダムの最初の妻だそうです。
その後、罪を犯してエデンの園から追放されました。
わたし的には、FFの召喚獣のごとき凶悪な強さと美しさを感じましたね!
この小説なかなか楽しめました☆

コメントありがとうございました☆彡

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