「空白の五マイル」角幡唯介

目が覚めてすぐに僕は、早稲田にある四畳半のアパートを出発した。
チベットの奥地に眠る人跡未踏の秘境を目指す、人生最大の冒険の旅に――
2010年度第8回開高健ノンフィクション賞受賞、ダニのかゆみも生々しい冒険ライター角幡唯介のデビュー作。

ええなあ。外宇宙に生命を探し、もはや地球での謎は深海を残すのみではないかという時代に、探険ですよ(笑)
マユツバものでも、血湧き肉踊るじゃないですか。ヒマラヤの上で携帯が通じる時代にどういう探険があり得るのか、そもそも探険記なんて前時代のものを昔話として読むものだとばかり思っていましたけどね。
およそ探険家なんてものは私は信用していません。あれほど商業主義的な功名心を欲する人種はないですよ。
まあ云えば一攫千金を狙う海賊みたいなものと変わりありません。仮にエベレストが未踏峰だとして登頂に成功し、世間に黙っていることができるでしょうか?できるならその人は探険家ではありません、哲学家かスポーツマンでしょう。日記だって探険家はそれを自分がもし死んでしまった後に発見されることを考えてつけていますからね。他人の目を意識して日記をつけているということですよ。いやらしいでしょ?死と隣り合わせながら、それを凌駕する人生の欲がある人間が探険家という人種になりえると私は思っています。
ですから本書も眉に唾して読みはじめたわけですが、この人の本はここでも紹介したしすでに読んだこともあり、わかっていたことですが、やはり面白い(苦笑)
本書の探険の舞台であり、世界最大の規模を誇るチベットのツアンポー峡谷は、中国の公式な発表によると、全長504.6キロ、平均深度2268メートル、最も深いところは6009メートル。有名なグランドキャニオンより規模で相当上回るということですが、まったくピンときませんね。まあ、谷の化け物みたいにでかいやつということでしょうか。
欧米の探険家から地元チベットのラマ僧まで含めて、人跡未踏といわれるこの峡谷の初踏査をやってやろうという野心家は、この100年でざっと20~30人いたそうですが、完全に成功した人間はまだいませんでした。
ただ、大部分は解明されており、著者の冒険より約80年前の1924年、イギリスのプラントハンター、キングドン=ウォードがこの峡谷をつぶさに踏査しています。著者が目指したのは、ツアンポー峡谷のうちで最も辺境であり、ウォードが目にしていない、探険できなかった5マイル(約8キロ)の川の流れ、人よんで「ファイブ・マイルズ・ギャップ」つまり空白の5マイルという部分です。まあ、正確には現代の10万分の1の地図によるとウォードが残したのは実は5マイルではなく22キロくらいあったらしいですが、この前時代から続く伝説には5マイルというきりがよい数字のほうがカッコいいし似合いますわな。そして、この峡谷を探険してきた数々の冒険家は“謎の滝”という、これまた伝説を彩る恰好のネタを語りついできました。実際に、1998年にアメリカのチベット研究家が新しい滝を発見していますしね。
とにかく、1959年に中国がチベットを占領しその後印度との国境近辺ということで、このツアンポー峡谷のあたりは政治的にも微妙な地域であり、いまだ人間が立ち入ることのできない未踏の峻険な地形がある、このようなところを著者は探険したわけです。だから、これはまごうことなき探険です。旅行ではありません。
2002年から2003年にかけて、そして2009年に探訪した模様が書かれています。
興味深いのは、現地のモンパ族という原住民が2002年のときには、種子島みたいな火縄銃を持っていましたが、2009年に来たときはそれが携帯電話に変わっていたらしいことです。だから、この時をへだてた冒険行はわずか数年でぜんぜん違ったものになっていることが、読んでいてよーくわかりました。
結局は、著者は謎の巨大洞穴も発見し(黒い池というのは、謎のままでしたけど)、空白の5マイルのほぼ全域を踏査することに成功するのですが、読んでいて面白いのは死にかけた2009年のほうの探険ですね。
自然が優しいのは遠くから見ているときだけ、これは名言だしその通りですよねー。
虫はうじょうじょしてるし、蛇はいるし、ダニに無数に咬まれて夜も満足に寝れない、これが大自然ですよ。
遠くから見てると「あ、あそこの崖登れる」なんて思って近づいてみたら氷みたいに滑って登れない、目の前にして初めてその険しさに気付き呆然とする、これは人生にもそのまま通用するんじゃないですか。
だけど、
命をかけて取り組んだことを懐かしみ、郷愁にとらわれて同じ土地を踏むことほどみじめな旅はない。
とラストで書くあたりが、やっぱ探険家なんてするやつは信用できねえ、とあらためて思わせてくれたりしました(笑)
どこかで、おまえらと俺とは違うんだよ、ということを主張しなけりゃおさまらないんでしょうね。
ジェヤンの写真を渡すためにもう一回チベットに行くべきでしょう。中国政府が忘れたころに、入れてくれるなら。



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