「われレパルスに投弾命中せり」岩崎嘉秋

いよいよ着陸態勢に入る。飛行機は真っ暗な大地に吸い込まれるように降下してゆく。
偵察員は私のうしろに立って、高度計を読んで知らせてくれるが、第六感に頼る無灯火着陸以外の何物でもない。
「七十メートル、五十メートル、三十、二十、十……」と呼称した声が、ひときわ高く耳を打った。
とみるや、無意識のうちに機体を引き起こす操作に移っていた。鈍いショックが機体が大地に触れたことを知らす。
私は前方の小さな目標灯に向かって、無心に直進をつづけた。そして、それは着陸完了と同時に消された。
私は暗闇の中で、エンジンのスイッチを切った。そこには静かな夜だけがあった。
やがて暗闇の中から現れた海軍地上部隊の兵隊に台湾から運んできた土産品を渡すことにした。
暗くて彼らの喜ぶ顔を見ることはできなかったが、「ああっ、日本の水だ、水だ……」と呼ぶ声がした。
「機長、ありがとうございます。おかげで日本の水をたんまり飲めます。こんなぜいたくはありませんよ……」


日支事変以来、マレー、ソロモン、フィリピンと硝煙の中を駆けたベテラン中攻操縦員の9年にわたる海軍生活の記録です。紹介した上記のエピソードは、昭和20年2月28日、丸腰のダグラス輸送機で米軍、現地ゲリラに包囲された比島ツゲカラオ基地に最後となる将兵救出便として飛び、31名の人員を救出輸送したときのものです。
爆弾が当たったかどうか定かでないタイトルの「レパルス……」うんぬんよりも、本書の後半に現れるこうした人員救出、輸送、また第一航艦司令部付として大西瀧治郎中将を運んだエピソードなどのほうが、著者自身が率直に表現されているようで面白かったです。敵の命を奪うだけが戦争ではありません。味方の命を救うことが戦争です。

岩崎嘉秋は、大正7年生まれ、福島県出身。昭和12年6月横須賀海兵団入隊。
この人が変わっているしすごいなと思うのは、はじめ当時の連合艦隊旗艦であった戦艦「陸奥」の主砲砲員でありながら砲術学校に入らずに、スマートさに引かれ飛行機整備を志し第48期普通科整備術練習生となって卒業、昭和14年6月新設の父島航空隊に整備兵として配属されながら、わずか2ヶ月でその道に嫌気がさし、飛行機の操縦士を目指したことですね。嫌がらせもされたようですが、その違う意味での意思の固さはすごいと思いました。
第51期操縦練習生となり、岩国航空隊に入隊、厳しい選抜をくぐりぬけ卒業(同期56名)。艦攻操縦員として宇佐空で訓練、このとき分隊長友永丈市大尉に心酔し薫陶を受けます。昭和15年12月実施部隊として大湊空に配属、このときのエピソードに訓練先の千歳空で雪上飛行の実験として車輪の代わりに木製の雪橇を付けた九六陸攻の記述あり。昭和16年4月、木更津空で九六陸攻の教育を受け、中攻操縦員として支那戦線で活躍中の美幌空に転勤。初陣は昭和16年6月28日の萬縣爆撃。いったん内地帰還後、11月には仏印サイゴンのツドウム基地に移駐、日米開戦後の12月10日には高度3千メートルから英軍戦艦レパルスを爆撃しました。
その後、マレー半島、ボルネオ、スマトラを転戦、17年春には千島列島幌筵島で哨戒任務などをこなしていますが、いつのまに副操縦員から主操縦員になったのか記述がないのが残念です。ただ、書き方から明らかに著者は日記をつけており、残存しているそれをもとに執筆しているので事象は正確かもしれません。
昭和17年11月、美幌空改称701空として九六陸攻36機でラバウルに進出。幸か不幸か雷撃に参加はかないませんでしたが、死の索敵線といわれたガダルカナル島が線上にあるCコース哨戒任務を無事にこなしています。
昭和18年3月15日、美幌空として発足した中攻隊の名門である701空は九六陸攻6機を残して解隊。
著者は内地に帰り、意外なことに豊橋空で初めて一式陸攻の操縦訓練を受けます。身体検査不合格で特修科飛行術練習生になることはかないませんでしたが、これが後々よかったんじゃないでしょうか。
昭和18年6月25日第1航空輸送隊(7月1日付で1001空に改称)に先任搭乗員として配属され、前線への新機材の空輸、人員の輸送、落下傘降下訓練の協力、グライダーの曳航にいそしみます。このあいだに夜間戦闘機「月光」の領収飛行で死にそうになったり硫黄島で空襲にあったり興味深いエピソードはありますが、書ききれませんね。昭和20年1月、はっきりとは書かれていませんが、半ば引き抜かれる形で、1021空(鳩部隊)へ転属し、主に台湾から米軍の猛攻を受けつつあるルソン島への人員救出任務に就きます。上でも書きましたが、レパルスよりも人員救出、こっちのほうが著者らしく思いました。だから本書も俄然後半のほうが面白いです。
神風特攻を指揮した大西瀧治郎にしても、実際に長官機のパイロットとして身近に従事した著者の見た通りなら、私は瀧治郎観が変わりましたね。自分ら高官よりも、著者ら輸送機搭乗員を休ませるために車に先に乗せてやれと言ったとか、搭乗後には長官用の夜食を「みなでつまんでくれ」と渡すために機長である著者が降りてくるのを待っていたとか、ちょっと読みながら私、びっくりしました。

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