「エージェント6」トム・ロブ・スミス

読み終えた直後、こんな終わり方でよかったのか?と思いました。
しかし今は、これ以上の終わり方はなかったのだ、これこそが彼の人生じゃないかと思っています。
天才トム・ロブ・スミスによる、レオ・デミドフ三部作“ロシア3”の完結編である本作「エージェント6」は、間違いなくシリーズ一のスリルとサスペンスに満ち溢れ、ページをめくる手はその壮大な冒険とミステリーをこの手につかもうと止まるすべを知りませんでした。
私は一刻も早く知りたかった、ニューヨークで起きたことの真相を。だから本を置けませんでした。
ようやく全容が理解できたときには、うっすらと空が明るくなっていました。
そして、レオ・デミドフ――三部作は通じて彼の人生の走馬灯であった――はすっかり疲れて年老いていました。

1965年。前作「グラーグ57」(下記関連記事参照)から9年経っています。
レオはなんと小さな工場の工場長をしており、スパイ稼業から足を洗ったようです。代わりといっては何ですがライーサはレオと反対に教育界で権力を掴みつつあります。ゾーヤとエレナはようやくレオのことを捜査官ではなく、父親と思うようになっています。つまりようやく家族の情が持てたということでしょう。ちなみに年齢がはっきり明かされているのはエレナだけで彼女は17歳。ということはゾーヤは23,4歳ということになります。レオは40台半ばから後半くらいでしょうか?いずれにしてもこの長い物語が終わるのは1982年(たぶん)のことですが……
教師として教育界で成功しつつあるライーサですが、そのことがこの物語の、いや悲劇の始まりとなります。
1965年といえば、キューバ危機は回避しつつも米ソの関係は険悪でした。その二国間の関係改善のためニューヨークとワシントンでコンサートを開く生徒の親善使節がモスクワから送られることなったのです。米ソの生徒合同で各国の外交官が集う国連本部でのコンサートも企画されていました。そして、その使節団の団長がライーサでした。ゾーヤとエレナも団長の特権でこの使節に参加していました。ただ、レオにだけは参加する権利は与えられませんでした。こうして、レオだけを除いた家族が飛行機にも乗ったことないのにソ連の最新鋭機で大西洋を越え政府がとことん批判し最大の敵と見なしているアメリカへ8日間の予定で旅立ったのでした。
悲劇はニューヨークで起こります。
ソ連を賛美し過去には共産主義の伝道者として世界的に有名だったミュージシャンのジェシー・オースティンが、使節団のコンサート当日、国連本部前で暗殺され、この事件に実はエレナがかんでおり、彼女を心配しつつも巻き込まれたライーサがジェシーの妻であるアンナに警察署で撃たれて死亡するという事件が起きてしまったのです。
レオは悲嘆にくれその人生は変わりました。
なんとかアメリカに渡り妻の事件の真相を知ろうとした彼は、フィンランド国境を突破しようとして逮捕されます。
かつての同僚に政治的に助けられた彼は、秘密警察の顧問として危険地帯アフガニスタンに送られました。
そこからアヘン中毒にまで落ちぶれたレオの反撃のアドベンチャーが始まるわけです。
混沌のアフガニスタンから麗しのニューヨークへ。これしかないという驚天動地のストーリーは、もうラストまで止まることはありません。

前々作でロシアで実際に起きた連続殺人事件、前作でフルシチョフによるスターリン批判とハンガリー動乱を物語の骨子としたこのシリーズですが、今回はアフガニスタン侵攻という局地的なネタもありつつ、もっとグローバルな、いやもっと核心的なテーマを内包していると思います。
それは、このシリーズを通して語られるライーサへのレオの愛によって気付かされるべきものでした。
確かにロシアとアメリカ、KGBとCIA,FBIが絡めば世界を二分する物語にはなりますが、同じように本作では<ハーレム>のジェシー・オースティンとその妻アンナ、それと対比するように<エレベーターが故障した13階のアパート>のレオとライーサ、さらには妻が神経過敏症に苦しむエージェント6、つまりもうひとつの二分する世界である夫婦愛がこのロシア三部作の最後を飾る完結編のテーマになっているのです。
そして各夫婦の姿は、歴史の真相というものも表面からは決してわからないものだということのメタファーになっています。我々が信じている歴史的事実も、真相は全く違った姿を持っているかもしれないのです。
なぜ、ジェシー・オースティンは撃たれ、そのことにライーサはどのように関わっていたのか、あの日の事件の背後にはどんな真実が隠されているのか、レオと同じようにそればかり気にして読んできました。
そしてレオと同じように気付かされるのでした。そこに意味などなかったことを。ただ、どうしようもないことを。けど、やらなければならなかったことを。
レオと同じように、アヘンに浸っていたようなものだったことに。そして、いつか独房で囚われることに。
愛こそ真実、愛こそがすべての真相だったのです。
レオ・デミドフよ、おつかれさん、そして安らかに眠れ。ライーサの元で。






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