「サムライ零戦隊」島川正明

私(島川正明)にとって今次大戦は、大別して、第一が日華事変(1空、漢口における上空哨戒のみで戦争とはいえないが)、第二が勝利の戦(台南空)、第三が大敗の戦(6空、ミッドウェー海戦。私は便乗組であった)、第四が互角の戦(6空、204空におけるガダルカナル奪回ならびに撤退作戦)、第五が敗戦(343空戦闘407)の5つに区分される。当然とはいえ、戦争は人間をして、極限の苦難に立ち向かわせる。いや、追い込むといった方が正しいかもしれないが、ソロモンにおける戦闘は、ほかの多くの人々にとってもそうであるように、私たちパイロット、とくに私にとっては、一時期、死のどん底まで追い込まれたミッドウェー海戦に勝るとも劣らぬ苦難に満ちた戦闘の日々であった。
私は最近、ときどき夢を見る。あの広域な空を、そして海を、また激しい戦火の中を、この小さな生命が生きぬいて、なお現存していることに奇蹟を感じ、思わず頬をつねってみるのである。


撃墜王・坂井三郎の列機として東南アジアの空にデビューし、ミッドウェーの死地より脱出、ソロモンでは最前線のブーゲンビル島ブイン基地で決死線をくぐりぬけ、エースの集まる紫電改本土防空隊で先任搭乗員を務めながら生き残った、太平洋戦争の最前線における歴戦の海軍戦闘機搭乗員、島川正明の自伝です。
島川正明は徳島県出身、昭和14年6月佐世保海兵団入団。第53期操縦練習生に採用(同期70名中生存5名)。
戦闘機補習生として大分航空隊で延長教育を受けました。徳島の山村で子供のころより鳥撃ちをしており、射撃には自信があった一方、航法は大変苦手にしていました。
横山保大尉率いる第1空で中国大陸漢口基地上空哨戒を2ヶ月こなした後、台南空に配属されます。
巻末に両氏の対談が載っていますが、ここで坂井三郎と出会うのです。
昭和16年12月8日、日米開戦の時、洋上が大半を占めるフィリピンへの長途の零戦による無着陸陸攻直掩に参加。
クラークフィールド上空で、敵P40戦闘機を撃墜。初陣にして初撃墜とは凄い。
12月12日、フィリピンレガスピ基地で台南空の零戦隊が着陸直後敵機による攻撃で大被害を受け、それまでは各自の愛用する零戦の機体が決まっていたのですが、以後どの機体に乗ってもよくなったと書いてあります。
インドネシアを転戦、バリ島で坂井ら台南空と別れ、内地帰還し昭和17年四月第6空(後の204空)に転属。
宮野善次郎大尉(この人も有名な戦闘機指揮官ですよね)に出会いますが、6空は二手に分かれ、島川らは第一機動部隊第一航空戦隊空母『加賀』に乗組み、一路、ミッドウェーの決戦場へ向います。
これまで読んできた戦闘機パイロットの戦記でミッドウェー海戦参加は極めて稀でした。だから島川の戦記は貴重ですよ。でも、彼は飛ぶ暇もないまま加賀に直撃した敵艦爆の爆弾によって海に吹き飛ばされるのですが……
6時間ほど海面を漂流し、駆逐艦『萩風』に救助され、後に戦艦『霧島』に収容されました。この艦橋下に張った天幕の中に生き残りのパイロット連中が集められましたが、そこでの会話では、フィリピンにおける陸攻搭乗員の捕虜の件(我自爆す天候晴れ)もあり、我々パイロットもこの不名誉な作戦に参加したため日陰者となりどこかに監禁されるのではないか、という話で持ちきりだったようです。
昭和17年10月、宮野大尉指揮の下、空母『瑞鳳』に便乗、ラバウルに進出。いよいよ地獄のソロモンです。
ただしラバウルには1日いただけでブカを経てブーゲンビル島ブイン基地という地獄の最前線へ移動します。
飛行場の横に市街地があったラバウルとは異なり、ここにはなんの遊びもなく、またラバウルにはあった搭乗員の休みもなく、連日のガダルカナルへの遠征と敵機の空襲で神経の休まる暇はありませんでした。
巻末の対談で坂井三郎も言ってますが、あの当時のブインで半年頑張ったというのは物凄いことだったらしいです。
昭和18年3月、疲労の蓄積により悪性マラリアを発症、痔ろうも併発。最前線のブインでは治らぬためにラバウルの野戦病院へ運ばれましたが、歴戦の搭乗員だったからでしょうか、院長は直々の診断のあと、「どうしてこんなに重症になるまでほっといたのだ」と付き添いの軍医を叱り飛ばし、即刻手術しました。
その後病院船で内地送還され、大村空、221空、徳島空、171空で教員を務めた後、松山343空401飛行隊の先任搭乗員(のちに407へ)で終戦。
本土防空隊であった343空での経験がほとんど書かれていないのは残念でした。ラバウルよりも相当きつかったであろうブインでの半年の激戦に比べれば内地の迎撃戦など取り立てて話もなかったのかもしれません。
宮崎勇著「還って来た紫電改」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)に書かれていた、終戦後、徳島の島川君と汽車に乗って帰ったとあるのは、島川正明のことだったんでしょうね。
対談で坂井三郎は「一番最後の松山航空隊で部隊は違うけれども、おなじ基地でいっしょになった。そのときにはすでに、私の三番機どころではなくてベテラン中のベテランになっていて……戦闘401の先任搭乗員で威張っていた(笑)」
読んでるとわかりますが、島川正明は昇進が非常に遅く、ブインで歴戦のパイロットとなりながらも階級が低いため食卓番をしていました。上官にもしつこいくらい殴られてますしね。だから、唯一の威張れた松山の思い出をあまり書きたくなかったのかもしれません。


関連記事
スポンサーサイト

この記事へのコメント

トラックバック

URL :

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
カテゴリ
ミステリー (94)
ミステリー短編集 (17)
歴史ロマン・ミステリー (17)
冒険ロマン・ミステリー (15)
サイコホラー・ミステリー (15)
学園ホラー・ミステリー (14)
民俗ホラー・ミステリー (10)
政経・金融ミステリー (18)
ファンタジックミステリー (22)
近代・昭和ミステリー (14)
オカルティックミステリー (7)
青春・恋愛ミステリー (21)
医療小説・ミステリー (22)
伝奇小説・ミステリー (15)
時代人情小説・ミステリー (18)
時代冒険小説・ミステリー (19)
社会小説・ミステリー (15)
スポーツ小説・ミステリー (10)
アーティスティックミステリー (12)
海外ミステリー (28)
海外冒険小説・スリラー (17)
SF・FT・ホラー (27)
SF・FT・ホラー短編集 (14)
海外SF・FT・ホラー (18)
クライシス・パニックサスペンス (12)
警察・諜報サスペンス (32)
悪漢・犯罪サスペンス (30)
中間小説 (24)
青春・恋愛小説 (33)
家族小説・ヒューマンドラマ (31)
背徳小説・情痴文学 (14)
戦記小説・戦争文学 (19)
政経・金融小説 (14)
歴史・伝記小説 (23)
芥川賞受賞作 (19)
直木賞受賞作 (20)
文学文芸・私小説 (24)
海外小説・文学 (13)
文学アンソロジー (55)
歴史・伝記 (30)
戦史・戦記 (31)
海軍戦史・戦記 (153)
物理・宇宙 (26)
生命・生物 (38)
アンダーグラウンド (47)
事件・事故 (40)
世界情勢・国際関係 (25)
スポーツ・武術 (24)
探検・旅行記 (25)
随筆・エッセイ (30)
月別アーカイブ
プロフィール

焼酎太郎

Author:焼酎太郎
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
最新トラックバック
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示