「凍りのくじら」辻村深月

どうなんだ、これは……ラストのミステリーは必要だったんでしょうか?
少し強引だったんではないですかねえ。それともメフィスト賞作家の意地かな。
そのままの青春小説で十分面白かったと思いますが。たとえて云うなら、そのままで美味しいアイスクリームを名物シェフの沽券でもって天ぷらにしてしまった感があります。
だんだんと頭が変になっていく主人公の元彼の若尾大紀の描き方なんて圧倒的に巧かっただけに、微妙に惜しい。
こういう人物の掘り下げが無駄に深いところがこの作家のいいところでもあるだけに、ファンタジー風味に仕上げるのではなく、サスペンス調の青春ミステリーでよかったと思いますけどねぇ。
ま、本作も他の作品にリンクしているかもしれませんので、その展開を楽しみにしていましょう。

物語の舞台は海のない街で、J2のチームがあるとのこと。
2005年の作品なので、私は勝手にこの物語の舞台を甲府近辺と思って読みました。
ただ、Jリーガーがいくらコンパ好きといえど女子高生とは飲み会しませんよ。昔はともかく今は絶対にありえません。
で、本編はプロローグでは25歳の女性写真家である二代目・芦沢光の高校の頃の物語です。
芦沢理帆子は県内一の名門進学校F高の2年生。
彼女は、今自分が生きている「現実」に対して妙に感覚が鈍い。学校の生活からも飲み会の友達からも浮いている、というより達観している、冷めているという感じでしょうか。
人が自分に対して求める役割をどんな人間にも器用に演じることができ、「どこでもドア」を持ってるみたいにどの世界にも入っていけるし、どのグループの輪にも溶け込めます。八方美人ですよね。しかし、彼女は、場の当事者になることは絶対になくどこにいても自分の居場所だとは思えない。これを彼女は「少し、不在」と自分で表現しています。
そういや、こんなやついたなと誰でも思い出すかもしれません。たとえば理帆子は学校で制服のデザイン変更の要望書の署名には愛想よく応じても実際には制服なんてどうでもいいと思っています。クラスで孤立しているいじめられっ子の立川とは唯一仲良くしてあげることができます。しかし、どこにも自分をさらけ出すことはなく、そっと下界を観察している、達観しています。まぁ、頭がいいんでしょうな。頭がいい人は孤独ですから。
理帆子の家庭は複雑です。写真家だった父・芦沢光は彼女が小学校6年のとき失踪しました。彼は癌に侵されていました。そして、理帆子の母もまた癌を罹病して現在入院しています。余命は2年と宣告され、その期限は近づいています。彼女の生活の面倒をみてくれているのは、両親の同級生で日本でトップクラスの指揮者である松永純也です。
夏休みを控えたある日、図書館で理帆子は写真のモデルをしてくれないかと声をかけられます。
相手は3年生で新聞部の別所あきら。モデルの件はとりあえずは断りましたが、理帆子は彼に親近感を抱きます。そして誰にも言えなかったこと、元彼である若尾大紀との問題まで彼には話してしまうのでした。
若尾大紀は、別れてからも理帆子に執着していました。本作で一番共感できたのは、この気色悪いストーカーの人間描写について。こういう奴いますよねーって酒でも飲みながら感想会でもしたいですわ。
電車で偶然見つけたあきらの行方を追ううちに知り合った、松永純也の私生児である松永郁也、その家政婦である久島多恵も絡んで、若尾大紀はこの物語を絶望の崖っぷちまで追いやるのですが、まあそれはこのミステリーのラストのネタばれも含めて内緒です。
ただ、このストーカー野郎の描き方が巧すぎたため、肝心の物語の展開のほうの印象が薄れてしまったという云い方もできるな、と今思いました。こいつをもっと薄く書いていれば、このファンタジーにもっと感動できていたかもしれません。

各章のタイトルはドラえもんの道具の名前がついており、物語全編を通してドラえもんに溢れているのですが、なぜかタイトルだけは関係なくて「凍りのくじら」という、氷の下に閉じ込められたくじらの親子を意味するものでした。この意味もわかったようでいまいちよくわかりません。
ドラえもんについては、作者自身の経験でしょうかね。ということは、理帆子のいう人生漫画ベスト3であるドラえもんとサイボーグ009と銀河鉄道999は作者の趣味なのかもしれません。銀河鉄道999については私も激しく同意します。
他にも興味深いことを書いてたところがありました。
男のストーカーは自尊心の高さからなる、女のストーカーは相手に対し曲がった愛情からなる。
いじめ、の問題の潮目を変えるには登校を拒否してそれを問題化していくこと。
こんないいことを書いているのに、わざわざミステリーにするのはもったいなかったですよ。


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