「日御子」帚木蓬生

稀有なジャンルの小説であると云えます。本当に興味深い。
さすがは帚木蓬生(ははきぎほうせい)。自身の父をモデルにした『逃亡』は日本冒険小説の傑作中の傑作であり、作者の代表作であると思いますが、あれほどの興奮はなくともこの人の書いたものは本当に駄作というのが見当たりません。
本作も馴染みのまったくない日本の黎明期の物語なので、冒頭からとっつきにくい感じがあったのですが、話が進むにつれてページをめくる手が止まらなくなります。徹読みの危険性もありました。それほど中盤のクライマックスは盛り上がります。そして何より勉強になりました。

使譯(しえき)、というのは倭国において通訳をする役人であったようです。
黎明期の日本(倭国)も韓の国、漢の国と交易をしていたのです。当然、言葉が違いますから、通訳がいなくては交渉もできません。ですから、使譯という役職を世襲で累代に継いでいく“あずみ”という一族があったのです。
あずみの一族は遠い昔、西のほうから倭国に渡ってきた人々の子孫であり、西の方から舟で東をめざして来たので、自分たちをあずまの一族と名付けました。あずまが年を経て“あずみ”になりました。あずみの一族は、倭国のあちこちに住み着いて、その国における使譯の役についていました。
当時の日本には文字がありませんでした。使譯の役を継ぐものは子供のうちから、他の家の子供が遊んでいるのを横目で見ながら文字を覚え、文字を綴り、文字を口にする勉強を厳しく躾けられました。
長ずると、韓の国との交易では韓国語を通訳し、漢(魏)の国への朝貢では通訳、倭国王の上奏文の清書も手がけました。
ものすごい大役ですよ。こちらの国の意向を正しく伝えなければなりませんし、向こうの国の帝が言うことを正しく通訳しなければなりません。しかも、本作を読めばわかりますが、当時の日本と中国では文化のレベルの度合いが著しく違うわけですよ。洛陽の街なんて入ったら日本の藁葺き小屋とは比べ物にならぬ大層立派な建物が並んでいて、皇帝との謁見の間も目にしたこともないきらびやかさに包まれ、そんな中でこちらの使者一行は粗末な衣服を着、文身という赤い線の入れ墨を顔にほどこしており、朝貢品は中国では時代錯誤のがらくたばかり。たとえば、漢では鉄の弓(弩)を使っていたのに、木の弓を献上するとかね。建武中元2年(紀元57年)、漢の光武帝に朝貢したときの模様が書かれていますが、「倭の珍しき物の数々ありがとう」なんてさすが光武帝は優しかったですよ。生口(少年少女を献上する奴隷みたいなもの)を10人連れていたとはいえ、当時の漢からすれば倭国なんて赤んぼみたいなもんです。箸という文化がなかったため、日本の一行は宴会で手ずから食べていました。どんな野蛮人かと思われるでしょう。料理にしても当時の倭国では焼くか煮るか、蒸すかしかありませんでした。しかし漢ではそれに加えて炒める、煎る、揚げる、煮詰めるの5種がありました。酒の質も比ぶべくもありません。
他にも、馬車に乗せられて驚いたり、紙を見てびっくりしたり、船の大きさに呆然としたり……
とにかく、建武中元2年(紀元57年)、永初元年(107年)、景初2年(238年)の朝貢の様子が書かれているのが、相当面白いです。物凄いカルチャーショックを受けたはずですよ。おそらく想像以上のものだったでしょう。
ただ、倭国(九州)から漢まで行くのは極めて大変でした。命がけの旅です。首都・洛陽まで往復約1年かかります。壱岐国、対馬国、伽耶国(朝鮮半島の南端。倭人が多く住んでいた)、漢の役所がある楽浪郡を経由して陸路か海路で皇帝のいる洛陽まで向うのですが、永初元年の朝貢では生口を160人も連れていたので特に大変な旅路であったと思います。
漢の皇帝にとっては、ガラクタを携えながらも命がけで海を越えてはるばるやってくる倭国の朝貢使節の存在が嬉しかったのは間違いありません。だからお返しのお土産(回賜品)は大変豪華なものだったようです。

本作は、紀元57年那国から朝貢し金印を授かって帰朝したときに随行した使譯の灰(かい)、その孫であり107年に伊都国から160人もの生口を連れて大規模な朝貢をした使節の使譯を務めた針(しん)、そして238年に弥摩大国(邪馬台国)から魏へ朝貢使節に使譯として随行した在(ざい。灰と針の子孫)のエピソードを中心としながら、古代日本の国家の様子、日御子(卑弥呼)の国づくりなどやや時代が飛びすぎてもったいない感はあるものの、本当に興味深く読める好著です。
邪馬台国は弥摩大国と表され、卑弥呼も日御子となっていますが、これは今も国内でその場所を巡っての論争が尽きぬゆえでしょう。九州と断定して本名で書いたら煩い方がおられるのかもしれません。
2000年近く前といっても、紀元後のことですからね。その王朝の位置さえ未だにわからないなんて日本の学者はどれだけ…が揃っているのでしょう。しかしそれも当時の日本に文字がなかったため記録を書き残すことが出来なかった、そして本作での弥摩大国の場所(現福岡柳川辺り)と規模のようにそれほど大きな国家ではなく周辺の国との連合体制だったとすれば日本各地に同様の規模の宮廓はあったはずであり、場所の特定はほぼ無理であるかもしれません。
しかし、九州在住の作者の贔屓目があったとしても、当時の日本の造船技術の拙さと航海の危険性、そして朝貢の連続性を考慮すれば、邪馬台国は九州ではなかった、というほうが不自然なように思えますけど。


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